金糸雀は囀れないの




ぼーっとすることが増えた。

溜め息を吐くことも増えた。締め付けられる胸に苦しむことも。

恋をしていると気づくのに、ひどく時間がかかった。

今まで、人並みに恋はしてきた。けれどこんな小説みたいな典型的で古典的な事象に遭遇したことはない。

だから余計に苦しくて痛くて、内側にわだかまる熱を吐き出そうと息をこぼす。

人並みに恋はしてきた。けれど恋が苦しいものだと知るのは、初めてだった。













「ほんとに、すみません」

「……気にしないで」

電車の中で彼に出逢ったのは偶然で、それがいいことだったのか悪いことだったのかはわからない。

それから混雑に流され身を固くしていた彼を壁側へ導いて人混みの盾になったのは自然なことだ。彼じゃなくても、例えば監督やOL相手でもそうした。監督には必要ないかもしれないけれど。アレックスなんかは言わずもがなだ。

でもこれは何か、駄目だ。視線を何処に置けばいいかもわからず、瞳がかち合うのも避けてしまう。作り慣れた微笑みを浮かべることすら出来ない。

密着しているようで、その実少しも触れてない。互いのコートが触れ合って衣擦れが起こるたび、どきりと心臓が傾いだ。

彼は意地か羞恥かで最初頑なに拒否していたが、更に込み出すと身体を小さくしてひたすら謝罪を繰り返していた。気の利いたことすら言えなくて、気まずさは少しずつ上昇してる。

あと、一駅。そのことに安堵しつつ、どこか名残惜しい。このままでは、心臓が持たないのに。

さっきから互いに黙ったままで、狭い空間に沈黙が満ちている。振動と一緒に聞こえる硬質な音を遠く感じた。

何か、話題。ぼやける脳を叱咤すると、タイガが電話でぼやいていたことを思い出す。

「――…この前」

ふっと伏せ目がちだった瞳が上がる。今日初めて、真正面からそれを見た気がした。

「誕生日、だったって聞いたよ、タイガに。おめでとう」

我ながら下手な話題の振り方だ。いきなりこんなこと言われたって、相手を戸惑わせるだけなのに。

「……ありがとうございます」

もう一度視線を下げて、律儀に礼を呟く。また会話が途絶えて、失敗に眉間がひくついた。

こんなのは自分らしくない。

結局時間は揺れながら過ぎ去って、彼が下りるらしい駅へと止まる。それに伴ってぐらりと空間がたわむような衝撃を受けた。

一際強い負荷が掛かって、近くの手摺に手を伸ばす。彼もたたらを踏むようにして、手摺の方へ身体を傾けた。

手摺を取る俺と彼の手が、半分重なった。

掌の右半分が、ふわふわと頼りない体温を掴む。

頬に血が昇って、ぱっと手を放してしまう――彼と同時に。

驚いて彼を見ると、彼も同じくこちらを見ていた。大きな瞳が見開かれて、きらきら震えている。俺が触れた手をもう片方の手が抑えていて、顔は耳まで赤かった。

空気が抜けるような音と共にドアが滑る。乗っていた何人かが、人の波をかき分けてコンクリートに下り立ってゆく。

「………あ、ありがとうございました、失礼します…っ」

「、あ……」

赤い顔を隠すように俯いて逃げるようにホームに下りる彼は、俺と重なった手を胸に抱くようにして人混みに消えた。

ベルと共にまた扉がスライドして、電車が動き出す。

彼に触れた左手の右半分が、熱い。

窓に映る自分の赤い顔から眼を逸らして、左手だけをコートのポケットに突っ込んだ。



















は囀れないの
(照れて声が上擦るんですって)



















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黒子誕2

うぶになってしまった氷室と元々うぶな黒子

『金糸雀(カナリヤ)』=上手く口説けない氷室・氷室の身体(鳥籠)に包まれ同じく上手く話せない黒子


2014/02/18 初出



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