Not
わかっていたら最初から手を伸ばさなかったか、なんて。
そんなの愚問だ。
「……別れましょう?」
泣きそうな微笑みにようやく理解した。
――ああ。
そんな顔をさせたかったわけじゃないのに。
Not「もう、無理かな」
悪足掻きの最終確認は、彼の表情を更に歪めてしまった。
つらそうに、話すことすらせず頷く。その動作は俺の、一般に心と呼ばれるところを抉った。
別にどちらに非があったわけでもないけれど。
もうだめなんだろうなっていうのは、お互いにわかってた。
元々フィクションみたいに、運命的で激しい恋じゃなかった。
出逢って、近づいて、仲良くなって、気がついたら愛しかった。ゆっくり歩くように、距離を縮めた。
寄り添うような、穏やかな恋だった。
「あのね」
何か言いたくて、結局言葉にはまとまらない。まだ好きだとか、やり直したいとか、そういった類のものだったかもしれないけれど、でもきっと何を言っても無意味に消える。
彼は向き合って、俺たちがそれぞれ前に進むために傷ついてくれた。それに水を差すのは、あまりに不実じゃないか。
彼が頑張ったように、俺も微笑む。彼みたく、やっぱりうまく笑えていないだろうけれど。
「――好きだったよ」
今はきっと、愛してる。
けれど形に出来るほど、自信のある想いじゃない。
彼が困ったように笑う。力の抜けた笑い方で、今まで見たことがない笑顔だった。こんな笑い方も出来るんだって、今になって知った。それはもしかしたら、彼も同じかもしれない。
「僕も、です」
彼の睫毛が濡れて、頬を透明なものが流れた。
少し前の関係なら。手を伸ばしてすぐに拭えた。
でも少し前だったら彼は、涙なんて見せてくれなかったんだ。
身を翻して、遠のく彼。淡い後ろ姿は、あの日彼を追いかけたときを見せる。
それを瞼に閉じ込めたくて、そっと目を閉じた。
零れ落ちた熱い雫が、輪郭を駆け降りる。
違うよ、そうじゃない。違うんだ。
そうじゃないんだ。
ねえ、聴いて。今形になったんだ。手放し難い想いなんだ。君のことを愛してるんだ。
今を否定出来ないなら。今がかつてになったとき、俺は否と言っていい?
いつかこの想いに見合う俺になれたら。君の前に現れてもいい? 君ともう一度、はじめましての前から歩むことが出来る?
今なら迷わず言えるんだ。
君と、離れたくないんだ。
Not
true,
Not
crime,
Not
destiny.
(ただ、紛れもなく愛。)  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
この後ハッピーエンド
悲恋ではなく、幸せになる過程のワンシーン
2013/11/03 初出