冬眠した恋よ、
雪ですね。
彼の言葉が雪に混じって白く散る。長い睫毛の先を結晶が掠めていく様が、切り取ったように鮮明だった。
「……好きなの、雪」
黒いコートにちらちらと降る白は、不安定な形を保ったままそこに居座っている。まるでパズルのピースが嵌まるように、そこがあるべき場所になったようだった。
「――…ええ、好きです」
視線が不意に斜めに落ちる。
俺が口を開くのと同時に彼は口を開いて、けれど台詞は彼の方が早くに音になった。
「すみません、ちょっと嘘です」
彼の歩く速さが上がったのか、俺が落ちたのか。少し開いた距離を埋めるように、大股で踏み出す。
「あのひとが、好きだったんです」
そう、と口に出したつもりだったけれど、他人が聞き取れる音量にはならず唇の間で擦れて消えた。
「明日からまた更に冷え込むらしいですよ」
「そっか」
彼の台詞だけ、舞い散る雪の欠片に反射してこだまするみたいに耳に染み込む。声のぬくもりが内側に入り込んで、俺が持つ浅い擦り傷を刺激した。
「なあ、来年も」
「はい」
「来年も、二人で見れたらいいな」
少しだけマフラーに包まれた首を動かせば、視界の端には彼の微笑みが映った。俺と彼の間を、ひらひらと純白が落ちてゆく。その結晶が、俺の水晶体に映る。丸く尖った切っ先、狂いなく構成された六角形まで、はっきりと。
そこに彼の細められた静かな目が、緩い弧を描く色のない唇が、いくつも映って俺に向かっていた。
「……―ねえ」
結晶の中の彼と、視線は合わない。
「好きだよ」
一瞬交差した瞳だけが、きっと彼が俺に与えられるすべてだった。
彼のコートに落ちる雪を払おうとしたのか摘まもうとしたのか、あまり考えずに手を伸ばした。けれど彼はそれをすり抜けて、コンクリートに擦れた音を立てる。
零れた俺の熱は、アスファルトに落ちて雪に冷やされ消えた。
「ごめんね」
痛みは嫌な熱を生み出して、呼吸を乱す。
ごめんね。
この恋は君にそんな顔をさせるために、生まれてきたんじゃないのにね。
彼の中ではあの日の雪が、ずっと降っているのだろうか。
肩口にはまだ、白が居座っている。
冬眠した恋よ、 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
恋人を亡くした黒子と、黒子を待ち続ける高尾
2015/02/05