罰してください、先生

「あまり、窮屈な思いばかりしないほうがいいですよ」



そう言ったやつの真っ直ぐな目が、眼裏に焼き付いて消えない。







「どういう冗談でしょう。怒りますよ」

壁に押し付けた手首は確かに男のもので、固く骨ばっているせいか握力だけで砕けそうだ。

この状況で動揺を見せない姿に、喉の奥から嗤いが漏れた。

そうじゃなくちゃ、なあ?

「冗談だとか、本気で思ってるわけじゃねぇんだろ?」

わざと耳元で囁いてやったが、眉を少し動かしただけで耐え続けた。どこまで続くか、見ものだ。

「なんともまあ、君らしくない行動ですね」

「………あ?」

手に力を込めると、痛そうに顔を歪める。今はわずかなこの変化が、これから変わる。変えてやる。

「俺が優等生のイイコちゃんじゃないってことなんざ知ってんだろうが。今更何言ってんだよ」

「知ってますよ」

飾り気のない台詞は教職員が吐く言葉とは思えない。が、この男には合ってる。

「君ならもっと用意周到に、完璧な計画をもって臨むでしょう。こんないつ誰が通るともしれない廊下でこのような行為に及ぶのは、とても意外です」

落ち着き払った分析。まったくその通りだ。

「んなこと考えてていいのかよ」

鼻先が触れそうなほどぎりぎりまで顔を近付ける。首を竦めた程度では逃げられない至近距離で、こいつは強く俺を睨んだ。

「生徒からの暴言暴力に怯えるような教師ではないつもりですよ」

「はっ」

暴言、暴力。どうしてこうも鈍いのか、まるでわかんねぇな。

「お前、これから殴られるとでも思ってんのか?」

「では他に何をしてくれるというんでしょう」

「――こうだよ」

思いっきり、首筋に噛み付いた。

「っ……、は」

一瞬にして強張った身体を直に感じて、唇の端が吊り上がる。ゆっくり口を離せば、血こそ出ていないが歯形がくっきりと浮かび上がっていた。

「……、随分と、斬新な嫌がらせだ」

「ふはっ。なあ、先生」

鼻先が触れ合うぎりぎりまで距離を詰める。

「その余裕、いつまで続くんだろうなぁ?」

廊下は淡い橙に染められて、色素が薄いそいつの眼にも橙が灯っていた。その揺らがない光があの日を彷彿とさせて、それをこれから壊せると思うと気分がいい。

「本当に、僕が嫌いなんですね」

「まだ気付いてなかったのか? 大っ嫌いだよ、あんたみたいなやつ」

手首を捕らえる手に力が入る。

「特にあんたはさ」

つけた歯形を舌先でなぞった。白い肌に赤が点々と輪になって、キスマークに見える。

「まさしく正しい大人、って感じだ。吐き気がする」

そうだ、俺はこいつが嫌いで、だから。

「後には教師らしく、俺を叱って諭そうとすんだろ?」

今になって思った。こいつの眼は強いのに、いかにも壊れやすそうだ。

けど、止まらない。







「出来るもんなら、やってみろよ――なあ、先生?」







あんたがあんたのままならさ。



















罰してください、先生

反省なんざしないけど



















 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
もう青春とか関係なく犯罪

第2位:花宮真


2013/10/29 初出




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