俺とお前の革命論
「すみません、お待たせしました」
「おう、帰んぞ」
迎えに行った校門前で待つこと十分程度。声を掛けられなきゃ気付けないような恋人の手を取ると、こいつはいつも戸惑った顔をする。
けど結局猫みたいに目細めて握り返されるのが気分いいから、手を握るのはほぼ日常になった。つうかした、俺が。
「どっか寄るとこあるか?」
「いいえ。宮地さんは」
「俺もねえ」
真っ直ぐ帰るのは高校生らしくもないが、こいつがいるからいい。
 ̄ ̄ ̄
今日学校であった他愛ない話だとか、中学時代の昔話だとか。そういうのをなんとなく交わしながら、急ぐでもなく家路を辿る。
「…で、また緑間に高尾が悪ふざけしてうるさかったから、二人で体育館のモップ掛けさせた」
「前も言ってませんでしたか、同じこと」
「前は窓磨きだった」
「効率的ですね」
黒子が笑う。
最初に持った、影が薄くて無口で無表情という黒子の印象は今じゃ完全に瓦解している。黒子はわりと笑うやつだった。
声は出さず、顔を誰に向けるでもなく。目を伏せて、少し口の端を持ち上げる。そこらの女より綺麗な顔。
こいつのこういうところが好きだ。
主張しないことにたまに苛立つのに、でもそういう性格がいい。真面目なとこも、融通が効かないとこも、度胸があるとこも、変に大胆なとこも。かなり気に入ってる。決定的な何かなんて知る由もないが、無理矢理まとめるならこいつのそういう、自分を貫くところに惚れた。
俺は、そういうところに惚れた。
「どうかしました?」
じっと黒子の頭を凝視したままだったから、黒子が俺に尋ねてくる。眼も好きだわ、とか場違いなことを思った。
「お前さ」
「何です?」
「俺のどこに惚れたわけ?」
今度は黒子が俺を凝視して動きを止めた。ゆっくり俺の言葉を噛み砕くみたいに瞬きして、またゆるく歩き出す。
「どうしてまた、急に」
「なんとなく気になった」
なんとなく。俺がお前を好きな理由を考えたら、お前の理由が気になった。
冷静に思案しているこいつの、反応の仕方に昔は苛立ちが募ったことを思い出す。そのうちこいつが無頓着だとか冷めているとかじゃなく、突然の展開を客観的に見れるやつなんだとわかったが。前はひとの話聞きやがらないマイペースに見えて、どっかの緑と重ねてた気がする。
「…どこが好きかと聞かれても、いつの間にか好きになってましたから」
十数歩ぐらい進んで、黒子は曖昧に話し出した。別に内容は特に驚くようなもんじゃない。俺だってそんなもんだ。
ただ柄にもなく、不可思議とは思った。
人間が両想いになる確率ってのはどの程度だ? しかも男同士で。
各々の関係によるからそれを数値化なんざ無理な話だろう。けど、さして関わりもなかった俺とお前がこんな風に話してるのは、いっそ天文学的確率じゃねえの。
「これっていうものはないですけど。でもこういう、真っ直ぐなところとか好きです」
黒子がまた笑った。
真っ直ぐ、ってそりゃお前だろ。
「一緒に帰るようになったとき、宮地さん言ったじゃないですか」
「あ?」
「主張しろ、って」
「…ああ……」
多分今黒子が思いだしてることが、俺の記憶からも掘り起こされる。
俺はあの生意気な後輩共みてえに、天才でもなければ特別な眼も持ってない。だから。
「僕が主張したら、見つけてやるって」
「言ったな、そういや」
そんなもん特別改まった台詞でもシチュエーションでもなかったろうが。何覚えてんだよ。
「あれは好きになってからのことでしたけれど。あんなことを言ってくれる真っ直ぐさとか、最初にわかってたのかもしれません」
だから好きになったんですかね。
黒子は、目を伏せて笑う。
そういうとこ好きだ。こっち向かせたくなるから。
伸ばした腕を頭の後ろに回したら、黒子の額が俺の鎖骨にぶつかる。
「そういうとこ好きだ」
「………、どこ、ですか」
「さあ」
いちいち上げんのも面倒だ。
逃げられないのが気分よくてしばらくそうしてたら、視界の端に見覚えのあるやつらが映った。
何でこんな時間にいんだよ。ああ、俺がモップ掛けさせたからだわ。
驚愕って顔。必要なかったから、こいつのことも話してなかったけどちょうどいい。こいつに絡んでこられんのは腹立つから。
俺は後輩二人に笑い掛けてやる。んでもって黒子の背中で、親指横に切ってから下に向けてやった。
いつまでも見てんな。
ひとのもんに手ぇ出すんじゃねーよ。轢くぞ。
俺とお前の革命論(俺が変えるお前とお前が変える俺) ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
親愛なる友人へ
未熟ですが、いつも支えてけれる優しい友人に、感謝と敬愛を込めて。捧げます
2013/05/20 初出
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