春なくば白き海に死なむ




(※23巻軸から二年後)
(※うっっっっすらマイ武要素)
(※ふゆ←モブ♀の描写)
(※ペケJちゃんが天国にいます)


 誰だよ、二月の北海道バイクで走ろうとか考えたバカ。オレだよ。
 寒さの質からして東京とは違う土地で、オレは愛機を押しながらガタガタ震えていた。もう空気に露出する皮膚の感覚がない。
 現在所持金二百二十三円。詰んでる。







 ペケJランドの経営を始めてから、初の長期休み。一虎君が勧めてくれたのだ。
 彼を一人にするのは正直不安もあったが、本人もここ最近安定しているし、ドラケン君やパーちん君たちもフォローしてくれるというので、思い切って甘えることにした。なし崩し的な面もあったけど。
 しかしながら、急遽降ってわいた二週間もの休みをオレは初日から持て余した。ただ家でだらだら英気を養うのでもよかったが、せっかくなら何か、長い休みがなければ出来ないことをしたかった。
 思いついたのはツーリング。フェリーを経由して、北海道まで。
 最初北か南か決められなかったので、即席で作ったアミダで決めた。もうここからバカだ。今の季節を考慮しとけよ。

 今思えば、そこからオレの不運は始まっていたのかもしれない。
 長い道のりを経て、北海道に到着したまではよかった。そこで、よりによってスマホが壊れた。画面が荒れたみたいにほとんど見えなくなったのだ。使えないことはないけど、地図アプリなんかが頼れなくなってしまった。スマホを失うと途端に現代人は無力だ。ネカフェとかあっかな、スマホで検索できれば、いや検索できるならネカフェ探す必要ねえ。頭を抱えた。
 そして、マジで前触れのない、突然の悪天候――いや、現地の人からしたら全然なんだろう。ただ東京育ちのオレからしたら、もうえ? ほんとに日本? って気温だ。身体が人形になったみたいに動かしづらい。吹雪と言うほどではないが、雪交じりの風が体温をがんがん削り取っていく。
 そしてトドメが、置き引き。
 視界が悪い中、見つけた自販機に飛びついたのがよろしくなかった。缶コーヒーを買っている間に、バイクに置きっぱにしちまった鞄を持っていかれた。追いかけようにも、悪い視界に影はあっさり紛れてしまった。缶コーヒー片手に道端で呆然と突っ立って、いい年してマジで泣きそうになった。
 あるのはバイクとイカれたスマホと小銭入れ。そしてなんとか気分を落ち着かせようと飲み切った缶コーヒーの缶。完全なる思い付きだったからホテルとかも取ってないし、明確な行先もそれらを探す術もない。
 えっ、オレここで死ぬんじゃね? 寒さのせいで絶望感は一入だった。でもここで泣いたら、間違いなく眼球が凍る。なんとか、寒さをしのげるところまで行こう。話はそれからだ。
 海沿いを走りたいという理由でメジャーな観光地から外れたところまで来たので、辿りついたのは言っちゃあ悪いが田舎だ。大きな施設とかを見つけづらい。コンビニでもなんでもいい、とりあえず暖房をオレに。
 あー一刻も早くクレカ止めなきゃ。けどこの天候で電話とかしてスマホが完全にオシャカになったりしたら、ガチでシャレになんねーぞ。バイクを押していると、道の先の方で複数の人影が見えた。ようやく村人発見、というやつだ。
 だがどうにも、様子がおかしい。近づけば近づくほど鮮明になっていくそれは、一人の女の子が数人のチャラい男たちに囲まれている図だった。明らかに嫌がっている女の子の腕を、ダセェ茶髪が掴んで引っ張っている。
 虫の居所が悪かったというのもあるけど、でも、ほぼ八つ当たりだった。金もなくて土地勘もなくて凍えて泣きそうなオレの前で何ナンパとか呑気な真似しとんじゃボケェ、という理不尽な怒りに突き動かされたオレのドロップキックが、男の横っ面に綺麗に決まった。





「ありがとうございます……ほんと……ほんとにありがとうございます……」
 助けてあげた女の子がそう言った――のではなく、オレの発言だ。炬燵に入りながら、じわじわ戻っていく四肢の感覚に涙が滲んだ。
「よかったよかった。ホレ、甘酒飲めるか?」
「あざっす、なんでも、なんでもダイジョブっす、いただきます」
 豊かな白い髭を蓄えた恩人が、ほかほかと湯気を立てるマグを渡してくれる。オレは涙目でそれを受け取った。万歳湯気。大好き湯気。
「ほんと……凍死するかと思ってたんで……あなたが仏デスカ……」
「ハハ、こんなので礼になるなら安いもんだよ。あいつら、最近ここらで悪さしててな。連れて行かれたら何されたか……うちの可愛い孫を助けてくれて本当にありがとうよ」
 チャラ男どもをボコって、アドレナリンの放出された頭でオレもまだまだ現役じゃん……と力なく笑っていると、そこに老人が走り寄って来た。旅行先で暴力沙汰で通報されるとか洒落にならない。うわヤベ、と立ち去ろうとしたが、しかしその老人は被害者の女の子の祖父を名乗り、オレを引き留めた。
 何度も頭を下げてくる二人に、「いや、ご無事でよかったです」と取り繕う。オレの八つ当たりなんでとか言いづらい。すぐにその場を去ろうと思ったのだが、やけに軽装備で見かけない顔のオレを気にしてくれたお爺さんは、わざわざこれからの予定を訊いてくれた。チンピラをボコる気力はありつつもメンタルが弱りきっていたオレは、馬鹿正直に起きたことを話した。すなわち現在文無しで、行く先もないこと。ひとまず暖かいところを探していること。
 はははと引き攣った笑顔で肩を落としていると、なんと、この辺はホテルもないし部屋なら余ってるからうちに来い、と言ってくれた。渡る世間に鬼はなし。天国のペケJへ。この世にも神はいたよ。



「お客様にすみません、こんなこと……」
「いえいえ、させてくださいこんくらい。他は何かないですか?」
 申し訳なさそうに身を竦めるお孫さんに、新しい電球を取り付けながら首を振る。
 絡まれていた女の子――と言ってもオレよりちょっと下くらい――とお爺さんは、小さな一軒家に二人暮らしだった。お爺さんの息子夫婦、つまり彼女のご両親は随分前に事故で亡くなったらしい。お孫さんは小柄だしお爺さんは腰を悪くしているようで、オレは男手が必要そうな家の中の雑用を買って出た。世話になるんだからこんなのじゃ足りないくらいだが、お孫さんは恐縮そうに身を竦めている。
「ありがとうございます、松野さん、本当に……助けていただいたのに、こんなことまで」
 お孫さんは絡まれやすそうな、いかにも気弱な感じのお嬢さんだった。庇護欲をそそられる感じ。癖っ毛の黒髪の隙から覗く耳がほんのりと赤かった。潤んでいる瞳はまんまるで、零れ落ちそうに大きかった。

「あんた、そもそもなんでこんなとこへ? 相当な長旅だろう」
 夕飯をご馳走になりながら、お爺さんに熱燗を注がれる。最初は遠慮していたが、じゃあ一杯だけ、となってから流れるように飲まされている。彼はここに戻る前は結構長く東京に住んでいたみたいで、思ったより話が盛り上がってしまった。
 普段なら嘘はつかずとも当たり障りのないよう伏せただろうが、ついアルコールと温かい空気で口が緩んだ。
「ずっと飼ってた猫が死んじまって。それで仕事仲間が気効かせて、休みくれたんです」
 口に出すと、少し背筋がざわつく。夫婦じゃないけど、まさしく長年連れ添った、ってやつだったから、もうしばらく経つのに実感が湧かない。「悪いこと聞いたな」と眉を下げるお爺さんに、焦って首を横に振った。
「いやいや、大往生だったんで。めっちゃ長生きしたんですよ、医者の余命宣告より一年以上。つらいお別れじゃなかったんで、ほんと。むしろ感謝してます、頑張って長生きしてくれて」
 何一つ嘘はない。気にしないでほしい、という意味だったのに話を聞いていた二人の目が潤む。お人好しが過ぎる、とちょっと頬が緩んだ。
「にしても美味いっすね、この煮つけ……久しぶりに食べました」
「料理はあんまりしないのかい?」
「そっすね、男一人暮らしだとあんま……」
 うまく話題を逸らしたつもりだったが、お孫さんの頬がみるみる真っ赤になっていって、あ、まずったな、と脳の片隅で思う。でも実際、手料理はすごく美味かった。出汁の味が出来合いの惣菜に慣れきった味蕾に染みる。こんな人と家庭が持てる男は幸せだろう、そう思う。







 スマホを確認すると朝の四時過ぎ。まだ寝ていたいような、寝てられないような。
 ぼんやり葛藤しているうちに脳が冴えて、出してもらった布団を畳む。貸してもらったのはお爺さんの亡くなった息子さんの部屋と、その衣服。下着はコンビニの場所を教えてもらって調達した。
 部屋を出るが、まだ家全体が暗い。起きるのが遅いのも問題だが、家主が眠っているのに家をうろちょろするのもよろしくない。部屋戻って時間潰すか、と思ったとき、丁度お爺さんが自室から出てきた。
「おお、早いな」
「いや、目冴えちまって……」
「じゃあ一緒に散歩行くかい? いいモンが見られるかもしれないぞ」
 ここにいてもスマホをいじったりしかすることがない。是非、と頷いた。
 お爺さんは毎朝の散歩が日課らしい。今朝は昨日みたいな悪天候ではないが、身体の芯に根を伸ばす寒さに変わりはない。吐いた息が白く浮かんで消えて行く。
 今の東京にあるビルの話をしながら歩いていると、潮の匂いが濃くなっていく。唐突に視界が開けた。冷たい風が頬に刺さり、手袋をつけた手で擦る。
 海だ。
 ごう、と崖上のオレたちを突き飛ばそうと潮風が唸る。
 空は曇っていて、重なる雲の隙間を燻るようなオレンジ色が焼いている。緑と青を流し込み、そっと刷毛で光を薄く塗ったような水面。
 東京住みでも海は見られる。でも乾いた空気にちりちりと頬を引っ掻かれて、潮の匂いで肺を満たしながら見る景色は目に沁みた。身動きしてもいいのか不安になるくらい圧倒される。しんと混じり気のない冷え切った酸素が、肺胞から末梢の血管まで行き渡っていく。
 オレの家族は今、ああいう綺麗な場所にいるんだろうな。真剣にそう思った。いつもオレに寄り添ってくれたかわいいペケJ。楽しいときも辛いときもオレに身体をすり寄せてきた、健気なやつ。
 いつだって傍にいてくれた。
「――おお、ほら、あそこだよ」
 傍らに立っていたお爺さんが、斜め前の海岸下を指さした。その指先を追う。
「あれは……」
「群来だよ」
「くき?」
 海岸沿い、青い海の中に、真っ白い靄のようなものが広がっている。波が泡立ったものかと思ったが、それは一つの生き物のように、波に踊りながらうねり、たゆたっている。
「あの白いのは、鰊の精液なんだ」
 乾いた眼球を守るように一度目を閉じて、開く。
「鰊の産卵と精液でああいう風に白く濁る。産卵期にだけ見られるんだ。運がいいぞ、そうあることじゃない」
 海岸に突っ立って、その白い流れを見ていた。形を変えながらも、蠕動する蛇のように青い海の中をのたうつ。
「鰊の、精液……」
 もし中学の時の自分だったら、きっと「うわ、えぐ」と一歩引いたところから笑っていただろう。所詮中坊の頭の中なんて猿同然だ。生命の神秘より手近の低俗な話題に意識が向く。
「大したものもない土地だけど、これは圧巻だろう。メスが海藻なんかに卵を産み付けるから、海岸では数の子が取れるんだ。辺り一面金色になるんだぞ」
 解説してくれる声が、風とともに鼓膜をゆるく震わせる。じっと群来を見つめて、オレは「ちょっとその辺散策してきます」と踵を返した。笑顔で見送ってくれるお爺さんに手を振り返す。足を動かした。







 十四歳の冬だった。相棒とセックスする夢を見た。
 起きたら下半身が濡れていた。初めての不快感と虚脱感。知識としては知っていたそれがこんな形で自分に訪れるとは予想だにしてなくて、呆然とした。オレを精通させたのは、同性の友人が主役のAVみてーな夢だったわけだ。ショックだったし、軽く死にたくなったし、しばらくはまともに顔も見られなかった。
 自分はホモだったのかと思うと足元がぐらつくようだった。今ほど時代は寛容じゃなかったし、得られる情報もあやふや。不安定な思春期に、アイデンティティーを揺るがすのに十分な出来事だった。
 汚れた欲で友人を汚す罪悪感。あいつは何も知らずにオレの隣で笑ってる。頭の中で無体を働いているくせに、ふとした眼差しなんかをたまらなく尊いとも思う。感情はめちゃくちゃで、あいつの笑顔を見るとときどき、泣きたくなったりして。
 オレはあいつが好きなんだと、そう気づいた。気付けば余計あいつを想って欲望を吐き出す行為は申し訳なくて、恥ずかしくで、惨めで、でもあいつじゃなきゃだめで。
 それでもあいつの幸せを願っていた。どうしようもない欲の矛先を向けておいて、そんなことをのたまう資格はないのかもしれないけど。自覚した途端に失恋が約束されていても、あいつが笑ってるならそれでよかった。心の底からそう思っていた。愚かしく恥じ入るべき恋だったけど、それでも確かに唯一そこだけは、誇れる恋だったのだ。



 しばらくあてどなく歩いて、十分離れたところで近くの樹に身を寄せた。葉を落とした裸の樹。ざらついた幹に額を押し付ける。吐きそうで小さくえずいた。
 口から漏れた息が視界を染める。
 青い海の中、壮大な命の奔流を見た。波に揉まれて、やがてなかったことになるだろう白い精子たち。
「……、……っぐ……」
 吐き気を飲み込むと、代わりに呻き声が食いしばった歯の間から漏れる。
「…………、たけみ、っち……」
 愛猫が、いつもオレの傍にいてくれた。憧れの人を失った時も――好きな人を守れなかった時も。
 ――なあ、オマエ、なんでいっちまったの。
 もう二年。まだ、二年。霊安室で横たわる男の、青白い顔。あんなの、オレの知ってる相棒じゃない。
 タケミっちとマイキー君の、二人の友人の死を知ったのは、テレビの報道でだった。いや、マイキー君のことを友人だって言う資格はオレにはない。だからあんな、キャスターが読み上げる無機質なニュースで、二人の最期を知る羽目になった。
 現実味がなくて、でも肺が上手く機能しないみたいに息だけが苦しくて。記憶が飛び飛びだ。ちゃんと覚えているのは、病院の霊安室。薄ら寒い部屋に横たわるあいつ。
 一虎君がヒナちゃんに土下座していた。全身を震わせて泣きながら土下座する彼を、オレとドラケン君で無理やり起こそうとした。真実、彼のせいじゃなかった。だってタケミっちは、誰の協力がなくたって、反対されたってマイキー君を探しただろう。そういうやつだ。
 そういうやつだって、相棒のオレが一番よく知ってたはずなのに。
「――なんで、」
 心臓の下あたりから燃え上がったそれが脳天まで届く。胸も喉も脳も焼け爛れたように痺れる。
「なんでだよ、」
 なんであいつを連れてっちまったんだよ、マイキー君。
 恥知らずなこの怒りに、オレはこの二年ずっと目を瞑っていた。気付かないふりをしていた。あいつを引き留められなかったことの責任転嫁と、どうしようもなく醜いこの嫉妬心に。抑え込んでいられたのは、ずっと一緒にいてくれた家族のおかげだ。もういない。オレの掌に最後に頭をすり寄せて、動かなくなってしまった。
 ぎゅうと堅く閉ざした瞼の間から、涙が滲み出す。
 三ツ谷君が縫った真っ白いタキシード。あいつがそれを身に纏った姿が一番見たかったのは、きっとヒナちゃんでもあいつの親でもなくオレだった。
 あいつの結婚式に出席して、締まりのない顔に笑って、きっとボロ泣きするあいつをからかって。家帰って引き出物の菓子とか食って。
 そうして、この恋を綺麗に死なせてやりたかった。
 なのにあいつはタキシードに袖を通す前に、マイキー君に連れて行かれてしまった。最高にカッコイイ姿のあいつに、ふられるはずだったオレの手が届かないところへ。
 置いてけぼりにされた見るに堪えない十二年越しの恋は、あの日からずっと血塗れでのたうち回って、這いずるようにオレの中で息をしている。
「……っは、……」
 嗚咽を噛み締め、飲み込む。ごり、と額を樹の皮が抉った。
 途方もない絶望に押し潰されそうになった時、自分の頬をさりさりと舐めてくれた小さな家族はもうどこにもいない。つやつやの毛並みを押し付けて、傍でぴったりと丸くなって、へし折れそうなオレの添え木をしてくれたあいつは天国へ旅立った。もういない。一人だ。途方もなく。
 海をたゆたう魚の精子。役割を果たせなかったものはどこへ消えて行くのだろう。ただ海を濁らせるだけなのだろうか。
 ちゃんと失恋したかった。精を吐き出すことが、ただ子どもを残すためだけの行為ならよかったのに。千冬。記憶の中のあいつがオレを呼ぶ。もうオマエを汚したくないよ。ごめんな、タケミチ、ごめん。










「お世話になりました!」
 がばっと九十度以上頭を下げる。結局オレは二泊もさせてもらって、その間に交番に連れてってもらったりなんなり、とにかく世話になりっぱなしだった。因みに盗られたオレの荷物は奇跡的に戻って来た。財布の現金だけ抜き取られて捨てられてたらしい。もうそれでもいい、免許証とかが手元にあるだけで安心感が違う。
「こっちこそ雪かきとか悪かったなあ、助かったよ。気つけてな」
 お爺さんが朗らかに笑う。無償に泣きそうになったが、また深く頭を下げて誤魔化した。散々な目には遭ったがこんないい人たちに出会えただけでも、はるばる来たかいがあったと思う。
 お孫さんが半歩だけ前に出た。彼女はさっきからずっと俯いている。朝挨拶をした時から、ずっと言葉少なだった。お爺さんが少し、心配そうに横目で見つめている。
 黒い癖のある髪が流れて、赤い耳が見えている。意を決したように上目遣いに見上げられた。大きな瞳。
「あの、松野さん、私、」
「もう会うことはないかもですけど、お元気で」
 淡い色の唇がきゅっと噤まれた。
 最低なことをした。場地さんが見てたら、きっと頭ぶっ叩かれるだろうな。
 彼女は少し身を硬くしたけど、目を潤ませながらも「またこっちに来るようなことがあったら、顔を見せてくださいね」と笑ってくれた。本当にいい子だ。オレみたいなクソヤローより、もっといい人が必ず見つかる。
 姿が豆粒になるまで何度も振り返って手を振って、ようやくバイクに跨る。エンジン音が罅割れそうな空気の中に轟いた。





 吐く息がマフラーに吸われる。寒さはほぼ変わりないが、それでもさらりとした快晴の空気は心地いい。空のすべらかな薄青ときらきら揺れる海の青、全然違う世界の境界線は白く光っている。
 海沿いの道路、ゴキを駆る。視界に広がる深い青が、永遠みたいに続く。
 鰊の精液は潮の流れに乗って薄れて行くらしい。あの命のうねりは水面の下に飲み込まれ、もうどこにも見当たらない。青は見渡す限り曇りない。
 オマエの瞳の色だな。そう呼びかける。もうすぐ春が巡る。





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