先生、反省文の提出に来ました
「な、黒子、倒れたらしいよ」
「――あ?」
「いや、古典の黒子、2階の廊下でぶっ倒れたんだと。さっき女子が騒いでた」
ばき、と手元で音がする。潰れたシャー芯の先がルーズリーフに黒い点をつけていた。
 ̄
保健室は図ったように無人だった。一番奥のベッドだけが、薄いカーテンで仕切られている。細く開けられた窓から、悲鳴のような風が布を揺らし続けていた。
カーテンを開け放てば、予想通りの姿がシーツに沈み込んでいる。額に貼られた冷却シートが、赤みのある顔の中で嫌に浮いて違和感を貼り付けているようだった。
黒子は目を覚まさないまま、浅い息を繰り返している。ベッドの脇には、ジャケットとネクタイが乱雑に畳まれて皺になっていた。
まだ、風は悲鳴を上げている。
不意に視界に捉えた首元は釦が一つしか外されておらず、白い喉には汗が光っている。それが息苦しそうで、戯れに手を伸ばして襟を開いていく。
寝ている女を手籠めにしてる気分、にはならない。骨格も何もかも、女のそれとはまるで違った。
二つ釦を外したところで、日に焼けていない首筋が目に入る。そこには赤い痕が、鮮明に存在を主張していた。
キスマークなんて艶っぽいものじゃない。噛み痕だ。
見間違えるわけがない。昨日自分がつけたものだ。
「……ぅ…、」
ようやく下りていた瞼が震えて、喉から引き連れた呻きが漏れる。ゆらゆらとさまよう焦点はこちらの眼と真っ直ぐに結ばれた。
「……、はな、みや、くん?」
吐息に溶ける声は掠れて低い。何度か口を開けたが、それ以上は声にならなかった。
「よお、先生。ストレスで発熱か? 大変だなぁ、おい」
本当なら見舞いに来たと作り笑いをしてやればよかったかもしれないが、黒子相手だと全く効かないのは既によくわかっている。ならばと口にした挑発は相手を苛立たせるためのものだったのに、彼は乾いた唇で小さな弧を描くだけだった。
「てのかかる、せいと、が、……いますから、ね」
「俺のせいで熱が出たって?」
熱で思考が麻痺していたのだろうか。黒子は薄く、しかし楽しくて仕方がないというように、目を細めて笑った。
「きみの、ことだ、なんて。だれもいって、ません、よ?」
風が吹いた。
カーテンが舞い上がる。横たわる黒子の目元をかすめた、その一瞬。
「――俺のことだろ」
屈み込んで、唇に噛みついた。
潤んだ大きな瞳が、こぼれそうだ。
「俺にうつりでもしたら、あんたのせいだな」
ざまあみろ。
先生、反省文の提出に来ましたいやまあ、嘘ですが。 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
>>黒姫様
今回企画に参加いただきありがとうございました、管理人の凍です
大変長らくお待たせしましたことを地面に埋まってお詫びします…!
『罰して〜』の番外編ということで細かい指定がなかったので、一応続編(?)を書かせていただきました
『罰して〜』でフェードアウトした部分は詳しく表記していませんので、あの後どうなったかはご想像にお任せします
これからも何かと更新が停滞してしまうと思いますが、広いお心でお付き合いくださると嬉しいです。ありがとうございました!
2014/07/26