疾走溺死。
ついてねえな。
下校途中で、上着や鞄じゃ防ぎきれない雨に見舞われた。けぶる視界で目だけ動かすと、雨宿りに丁度よさそうな本屋が霧がかった中に見える。
ばしゃりと靴や制服に跳ねる雨水を気にする余裕もなく、せり出した屋根下まで走った。
「ちっ、たく…」
「ついてませんね」
まったくだ、と喉から飛び出しかけた言葉の代わりに、俺が横に飛び退いた。
「な、ん」
「こんにちは、奇遇ですね」
何でここに、という前に、そいつは、黒子は無感情な眼で鉛色の空を見上げた。
「ここの書店にいるうちに、いつの間にか雨が降っていて。参りました」
「……そうか、よ」
舌が口の中で縺れる。濡れた制服の重みが、急に増した気がした。
「お互い災難でしたね」
「そうだな…」
会話は短く途切れ途切れでまったく発展しない。そもそも俺はこいつへの気まずさが未だに拭えてなかった。
こいつは気にしてないんだろうか。男と男の関係を疑ったようなやつだぞ。俺ならかかわり合いになりたくない。そっちのやつなんじゃないかとすら思う。俺はちげえ、けど。
……ちげえ、断じて。
てゆうかまず、何で声なんか掛けてきたんだ。近付こうとか思わないだろ、普通。
「若松さん、はもしかして、僕を同性愛者だと思ってますか?」
唐突に投下された質問に、何も入ってない口から何かを吹き出しかけた。
こいつ、こいつ!
「お、思ってねえっての! そりゃあんな質問したのは、悪かったって思ってっけど」
頭に血が登って、冷えきった指先が熱くなる。がしがし髪を掴むと、毛先から雫が散った。
「……つーかお前、俺の名前覚えてたん、だな」
「間違っていませんよね」
「おう」
「僕は黒子テツヤです」
「……いや、知ってっけど」
「そうなんですか?」
不意に眼が俺を見た。じいっと見られると、落ち着かないのに何でか身体が固まる。
「ずっと呼ばれないので、いつも通り忘れられているのかと」
「んな訳ねえだろ」
ぱちっと音が付きそうな感じで瞬きされる。一拍経ってからしまったと思った。どうしてか食い気味になった返事は勢いが弱まった雨のせいもあって、余計強く軒先に響いた。
耳が熱い。
「…忘れるわけ、ねえよ」
目が見れない。歯切れも悪いし情けねえ。たいして中身の入ってない鞄を頭に乗せて、顔を背けた。
「じゃあな!」
小雨の中に走り出す。背中に何か聞こえたが、そのまま水溜まりを蹴って掻き消した。
止みかけの雨が憎らしくて、ひたすらに蹴散らした。
疾走溺死。(雨の中、息も出来ない) ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
>>灯里様
企画に参加いただきありがとうございました。お待たせしましてすみません…
『刺殺疾走。』の距離感が好きと言っていただけてとても嬉しかったです。あえてそのままの関係で書いたぎこちない二人の話でしたが、続きでもあまり進展せず……。かなりじれったく距離を縮めて、ふとした瞬間通じるのかなと思っております
お気遣いの言葉も本当に有難かったです。遅いペースですが、お付き合いいただけたらと思います。
灯里様、ありがとうございました!
2014/02/18