1周年番外編リクエスト | ナノ

もしもしただいま抗戦中です

日向はストローを噛んだ。噛み過ぎて、もう綺麗に平たく潰れている。隣の黒子は無表情のままバニラシェイクを啜っていた。マジバに来てすぐ姿を消したと思ったら店員をびびらせているのだから、その俊敏さをもう少し試合で生かしてほしいと思うばかりだ。

そんな現実逃避も、同じテーブルの喧噪に掻き消されていく。

「うちなら設備も万全だし選手層も厚い。早川も中村も根性あるやつだし森山はまあ俺がしばく。どうだ。お前にとって悪くないどころか好条件だろ」

「それならもう僕必要ないと思うんですが」

「だから黄瀬だよ、黄瀬!」

テーブルを叩く笠松に、日向は出かけた溜息を飲み込んだ。帰りてえ、と声に出さずひとりごちて、清掃されている床を蹴った。なんでせっかくのオフにこんなところでこんな話を聞いているのか、わからないしわかりたくないしわかったとしても認めない。

「あいつこの前も練習試合で女子に囲まれたとか言ってバスに乗り遅れかけるし、ほんとうちの女子はあいつのことなんもわかってねえんだよ。お前が来ればあいつがどんなやつか嫌でもわかるだろ、女子が遠巻きになるだろ、黄瀬も森山も試合に集中できるだろ、一石二鳥じゃねえか」

下にも隣にも問題児を抱える主将は、いい加減ノイローゼになりそうだった。同情はする、だがうちの選手はやらん。

「うちだって選手の数が多いとは言えないけど不足してないですし、根性だけならみんなあります。設備だってカントクの伝手があるし、こっちを疲労させる選手っていうなら木吉がいるから困ってな……いや困ってる。そんで何より黒子が迷子になってバスに乗り遅れることもあるから、同じようなもんすよ。やっぱり海常は却下」

なあ黒子、と見ずに話だけ振れば、そうですねと返ってくる。

「他のやつ、というならうちは高尾だな。まあ緑間も我が儘は変わらずだし高尾の悪ノリも直らないんだが、あいつらも普段は仲良さそうにじゃれ合ったりしてるんだ」

あんたには世界がどう見えてんだ。

「ただときどき、二人の空気がお通夜みたいになることがある。この前も緑間が『今日の水瓶座のラッキーアイテムは眼鏡なのだよ……』と言った途端、二人が、こう、しゅん、ととても悲しそうな顔をしてな……こんなときばかりは宮地や木村も強く出られなくて、結局部の全体がお通夜になってしまう。これをなんとか出来るのは一人しかいない」

「あの、僕生きてます」

「それはわかってる。お前はあの二人が可哀想だとは思わないか」

日向はぎりりとまたストローを噛んだ。泣き落とし系統で攻めてくるとは。ワン・フォー・オール精神のこの心優しい後輩に対してなかなか上手い作戦だ。

「うちだって水戸部が妹から反抗期食らった際に滅茶苦茶沈んでましたし、そんときは部の全体で盛り上げたんで。あと眼鏡なら俺がいるから間に合ってるし。だいたいあの二人に挟まれたら黒子が可哀想になるからやっぱ秀徳も却下」

だよな黒子、と振れば、そうですねと返ってくる。

「まあそれはあるかもしれないが、なんとか」

「すみません、しんどいです」

優しい後輩は目上には慇懃だが同級生には手厳しかった。日向はウーロン茶が飲みにくくなったストローをプラスチックの蓋ごとはずし、よしよしと胸中で拳を握る。

「可哀想ゆうたらうちの若松が不憫でならんねん」

一気に舌打ちしたくなった。即座に先輩に同情させる作戦へシフトチェンジしたあたり、さすが策士。むかつく。

「黒子クンが来てくれたら青峰も言うこと聞くようになるやろし桃井のやる気も上がるやろ? 若松と、ついでに桜井のストレスも軽減、おまけにそっちは青峰と試合に出られるんやで? やっぱ元相棒やし、息も合うんとちゃうん」

早く来い、火神。お前ポジション追放の危機だぞ。

「僕には火神君がいますから」

やっぱり早く来い、火神。お前の相棒お前のこと大好きだぞ。

「黒子がいなくなったら2号の来襲で火神のストレスがメーター振り切れるから無理っす。あと過去の男とかお呼びじゃない。なんで桐皇も却下」

そうだろ黒子、と振れば、そうですねと返ってくる。お前面倒なだけだろ実は。

全員が全員空振ったところで、日向はバッグを引き寄せ黒子の肩に手を置いた。なるべくさらりと、穏便にこの場を収束させたい。

「じゃあ、オフっていっても自主練とかあるんで、俺らはこのへんで……」

トレーを持って席を立とうとすると、向かいに座っていた大坪にその縁を手で押さえられた。

「まあ待て。まだ黒子も飲み終わってないだろう」

「お前ちゃんと固形物食えよ」

「あ、コーヒー追加でもろてくるわ」

窘める素振りの大坪と、黒子のトレーにポテトをざかざか広げる笠松と、まだ居座る気だと主張する今吉。普段そうでもない癖にこんなときだけ連携しやがって。

「すみません、ちょっと電話してもいいですか」

渦中の人はバッグの中を漁り始めた。珍しい。年上がいる中でそういうことが出来るタイプでないのは、日向でなくてもなんとなくわかっている。集まる視線に気づかず古いタイプの端末を操作した黒子は、それを耳に当てた。

「あ、もしもし黄瀬君ですか。…ちょっと、声大きいです。耳が痛くなります」

笠松がぎょっとした顔で黒子を凝視する。他の主将たちは黄瀬の応答の速度に若干引いていた。

「君、この前女性に囲まれてバスに乗り遅れたらしいですね。……は? いえ言い訳はしなくていいです。ただ君、面倒がって流してないで言うときは言わないと後悔しますよ。優しい先輩方に甘えてないで解決できる問題はすべきです。君がしっかりしてくれなきゃ僕や火神君も困ります。……ええ、そうです。え? ファミレス? いえもうお昼済ませたので。では要件はそれだけなので。もう切りますよ、切りま、いや切りますからね」

食い下がられてもぶれずにぶちりと通話を切った黒子は、さらに携帯を操作して再び耳に当てた。

「もしもし、こんにちは緑間君。……はい? あ、ラッキーアイテムじゃないです、いらないです。教えてもらわなくても大丈夫なので」

今度は大坪が、ぽかんと口を開ける。

「君、いい加減高校生にもなって子供みたいな我が儘言ってるんですか? ……それが我が儘なんですよ、世間一般には。いい加減に高校生なんですから、少しは分別ってものを持ってください。あ、ちょっと………え? あ、高尾君ですか、こんにちは。……ええ、僕はいつも通りです……いえ、行きません。君もしっかりしてください。緑間君のコントロールよろしくお願いします。……はい、そうです、君だけが頼りです。頑張ってください。それでは……はい、はい失礼します」

また携帯を操作する黒子を、今吉が凝視する。

「もしもし、どうも青峰君。君は相変わらず先輩に対して不遜なようですね。……目上に限ったことではありません、親しき中にも礼儀ありって言うでしょう? ……言うんですよ、言うんです。士気を高める分には全く構いませんが、君が自由に振る舞う分周りが常にフォローに回っているという事実を自覚してください。……ちゃんと返事してください、もごもごしない。え? 何が………あ、桃井さんですか? こんにちは。青峰君は……え、そうなんですか? さっきまで普通だったと思うんですが。そうですか……いえ、こちらは特には。……ええ、またお会いしましょう。では」

黒子がようやく通話を終えた。桃井の名前が出た時点で今吉が滅多に見ないほど目をかっ開いたが、詳細は黒子と桃井のみぞ知る。青峰はおそらく記憶混濁により知らない。

黒子は携帯を鞄の中にしまいながら、紫原君と赤司君は後で、とぼそりと言った。静寂により聞き取れたその予定に、主将たちは微かに戦慄する。

「……ということで、取り敢えずは伝えておいたので」

「「「黒子、やっぱりうちに」」」

「行かねえっつってんだろ、ダアホ!!」

鞄と一緒に黒子の腕を掴んで通路を駆け抜け店を飛び出した。背後から何やら怒鳴り声が耳を掠めてくるが、知ったことではない。

「誰がやるかってんだ。黒子! お前もホイホイ自分の価値上げるようなことするんじゃねえよ! 陽泉だろーが洛山だろーが全部却下だ!!」

息を乱しながら日向に続いて走る黒子は、荒い呼吸の間にはい、と小さく返した。

その口元が微かに緩んでいたのは、本人以外誰も知らない。



















もしもしただいま

抗戦中です



















 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
>>如月様

まず、リクエスト消化が大変遅れましたことお詫びいたします

今回は最初から黒子君に登場してもらいました。キセキ相手には結構ドライで、身内に甘い子をイメージして書かせていただきました

時間をかけてしまい申し訳ありません、企画参加していただきありがとうございました!

第4回BLove小説・漫画コンテスト応募作品募集中!
テーマ「推しとの恋」
- ナノ -