ディーラーは君でよろしく
一杯目:カルアミルク
「きいてますか、かがみくん……ぼくはね、ぜんこくしんしゅつもいいとおもいますし、さんせいですけど、だからといってしつをおとすべきではないとおもうんですよ……」
あーうんそうだな、と適当に相槌を打ちながら黒子の持つグラスに自分が飲んでいたウーロン茶をどぼどぼと注ぐ。黒子はぺしぺしと俺の肩を叩きながらマジバ論を展開しているが、正直近所にある一店舗がそのままならあとはどうでもいい。俺みたいな一市民は全国チェーンの行く末を心配したりしないし、逆にどうして黒子はそんなことを考えているんだ。
ていうかなんでカルアミルクで泥酔するんだ。そして下戸のくせになんで飲むんだ。
首の座ってない赤ん坊ばりに頭が揺れて俺とは反対側に倒れそうになったから、俺は黒子の襟首を掴んで引っ張った。ぐえ、と潰れたような声が聞こえる。
「かがみくん、いまきゅうにくびがしまったんです、きっとまじばをぎゅうじるぼうそしきにぼくのことがばれて……」
「それ俺だよ」
「かがみくんがそしきのすぱいだったんですか」
そっちじゃねえよ。
某組織ってなんだ。お前の中でマジバには何があるんだ、お前は何なんだ。
頼りになる相棒の頼りない姿に溜め息をつく。こんな風になるのは自分がいるからだと先輩たちに言われたことを思い出し、黒子の頭を固定しながら枝豆を摘まんだ。
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二杯目:ジン
「悔しいっスか? あんたには踏み入れないとこがあんの」
グラスを傾けながら黄瀬が笑う。座った目の先にはカウンター席でぐらぐら揺れる黒子と黒子の頭を片手で固定する火神がいた。
「じゃあ君も悔しい? タイガや黒子君の間には踏み入れないの」
大きめの氷をグラスの中で回しながら氷室が微笑む。黄瀬は眼だけで隣の彼を睨んだ。からからと鳴る音は彼と自分のグラス両方から聞こえている。
「俺はね、悔しくないよ。他の唯一があればよくて、そこだけ誰にも渡さなければいいんだ」
「束縛系? 俺嫌いなタイプ」
「君のことはどうでもいいから安心して」
「どうでもいいなら俺と黒子っちのことも放っといてくんないスか」
氷室は小さく笑ってアルコールで喉を潤す。
「放っておいたら『唯一』に手出そうとするだろ? だから嫌だ」
黄瀬も同じく喉奥で笑ってグラスの中身を呷る。
「最初に自己紹介したときから、俺あんたのこと嫌いだったんスよねー。優秀で、欠点なんかありませんって感じでいっつも余裕。腹ん中わかんなくて引く」
「奇遇だなあ。俺もだよ。適当にこなせば平均以上にできるタイプで、世間の人間が味わう惨めさとは一度も遭遇しないぐらい悩みのレベルも高い感じ。最高にむかつく」
「ははっ、腹立つわー」
「取り敢えず三杯からでいい?」
「オッケー。じゃあ合計六杯ね。店員さーん!」
空になった二杯分のグラスがテーブルの端に寄せられる。明日は日曜日だ。
三杯目:ワイン
黄瀬が寄せたグラスが緑間の肘に当たり、結露で少し濡れた。肌に張り付く布地が不快だ。腹が立ったので黄瀬が前に頼んで忘れたままの蒸留酒を手近なビールにぶち込んでやる。
「すいません、これ、どうぞ」
向かいから差し出された紙ナプキンを握っているのは、気弱そうな青年だ。
「……悪いな」
「いえ、すいません」
シャツに受け取ったそれを当てながら、緑間はうっすらと眉根を寄せる。
他人のことにどうこう口を出すほど野暮なつもりはないし、桜井の場合は誰に何を言われようと直るものでもないだろう。赤ワインの栓を開けながら、片手で彼のグラスに注ぐ。そうすればまた慌てたように例の台詞が飛び出した。自分のグラスにも注ぎ、緑間は皮肉っぽく左の口端を上げた。
「そんな風になんでもかんでも遠慮できるなら、やつのこともそうしてほしいものだな」
「すいません、無理です」
口を離し、まじまじと彼を見た。今きっぱり言い切ったのは誰だと探しかけて、ワインを飲む目の前の男を見つめる。
「譲れないです、すいません」
少しずつアルコールを口に含む彼は身を竦めながらも、不安気な様子は見られない。
「……俺はあいつが必要だし、あいつにも俺のようなやつが必要だ。その場限りの衝動だけで動いてきたわけではないのだよ」
ぐい、と呷れば熟した香りが鼻に抜ける。強い意志を込めて睨んでみせれば、桜井は少しだけ目を伏せて、グラスを傾け空にした。かん、と硝子がテーブルに触れる。
「すいません、でも、好きだってこと以外、理由が、必要ですか」
すいません、とまた呟いて、今度は桜井が緑間のグラスにボトルの中身を注ぐ。マナーも何もないぞんざいな仕種はお互いさまで、緑間は相手が弱気だという、自分の認識を少し改めた。
「なるほど、一理はある」
譲るかどうかは別だが、と香りを無視して深紅を飲み込めば、スイマセン、とまた反抗が返ってきた。
四杯目:ビール
「あんた、損するタイプだろ」
笠松の蟀谷がひくつく。目の前の後輩を蹴ってやりたかったが、生憎テーブルに阻まれている。皺が寄ったままになりそうな眉間を親指でこすってジョッキを傾けた。相手が酔っていなかったら(もしくは黄瀬だったら)確実にテーブルの上から殴っていた。
「んなことお前に関係ねーだろ」
「あんたが俺のために損するやつだったら素直に感謝してたんだけどなー」
青峰が既に五杯目に達したビールを飲みながら目を座らせる。唇の上についた泡を舐めて、手探りで焼き鳥を探していた。
「誰がしてやっかよ」
「それなんだよ、それ」
敬語使えという小言を飲み込み酒に逃げれば苦味が増す。
「あんたテツのこと好きなわけ?」
笠松はビールを吹いた。
咳込む彼に構わず青峰は焼き鳥の串に噛みつく。笠松はむせながら、そろそろ立ち上がって蹴りを見舞うことを考え始めていた。相手があれだけ酔っているなら、多分当たる。
「好きじゃねーなら、俺の邪魔してくれんなよ。お人好しってだけで何でもないやつのために損するのとか、不毛だろ」
五杯目も空にした青峰は手付かずのまま放置してあるジョッキを引き寄せる。笠松がようやく落ち着いたようだったから改めて睨んでやったが、案の定怯みはしなかった。
「……お人好しじゃねえし、周りが言うほど面倒見もよくねえよ、俺は」
「本人がわかってねーだけだろ」
口元を拭う笠松に呆れた視線を投げてやり、ジョッキの中身を一気に三分の二ほど消費する。
「ほんとのことだよ。――お前が飲んでるやつちゃんぽんだって教えなかっただろ」
青峰がビールとジンのミックスを吹いた。
「お、ま…っ、何入れやがった……!」
「敬語使え後輩。あと入れたのは俺じゃねえよ。緑間だ」
涼しい顔でビールを飲み、笠松は息をつく。
「何でもないやつじゃねえから、損でもねえんだよ」
五杯目:テキーラ
紫原は顔を顰めた。頼んだ焼き鳥が消えている。
どうして居酒屋にはスナック菓子がないのか。だから宅飲みの方がいいと言ったのに。
「なんや、いつにもまして不機嫌やなあ」
隣から掛けられる声に紫原は隠さず渋面を作った。今吉は特に気にした様子もなく笑って切子のグラスを揺らす。
「……あんた、いちいち何で絡んでくるわけ〜…? 俺あんたみたいなやつ嫌いなんだけど」
「え、自分真っ直ぐなんが嫌とちゃうん? 氷室クンとは仲良うしとるやん」
声を上げて笑う今吉を酔っているのかと横目で疑うが、顔色はさほど変わっていない。絡み酒は嫌いだ。
「室ちんは結構何考えてるかわかるし〜……真っ直ぐも嫌いだけどあんたみたいなこっちわざとイラつかせるやつも嫌い」
苛々と酒に口を付ければ、喉が熱い。焼き鳥の代わりに小さな春巻きをもそもそ食べていれば、空にしたグラスに勝手に注がれた。睨んでもさらりと躱される。
「ワシもな、紫原クンみたいなやつ苦手やねん」
逆光で眼鏡に隠れた奥は伺えない。ただ弧を描く唇の白々しさだけが際立った。
「直感と違うとこで読んで来るやろ? むかつくねん」
実は結構酔っていたのかもしれない。けれど紫原には関係がなかった。
「ふーん……気持ち悪」
無遠慮に吐き捨てて置いていた自分のグラスを掴む。その中身を、空になった今吉のグラスへひっくり返してやった。
「取り敢えずぐでんぐでんになって全部言っちゃえば? その方が隕石が地球衝突するくらいの確率で仲良くなれる、かもね」
嘲って笑ってやれば、今吉も同じように笑ったのがわかった。
「御免やな」
「うん、俺もー」
メニューを開いて店員を呼ぶ男に、今吉は笑って瓶から火のようなそれを呷った。
六杯目:日本酒
お猪口ってのは何でこんなに奥ゆかしいのだろう。ちっとも減りやしない。
「酒強いなー」
「普通だよ」
目の前の男は平然と呷ってまた新たに自分で酌をする。様になる仕種だ。本来は飲み会で飲酒するタイプではないのだろう。今回のような集まりは彼にとって、少し特別なものなのかもしれない。くいと自分も透明なそれを呷る。視界の隅には火神に管を巻く彼が映っていた。
「いやあ、そーゆー余裕なとこ、ほんと羨ましいやら憎らしいやら」
本心だった。大分酔いが回っていることを自覚しつつ、高尾は猪口に残る半分を飲み干す。瞬間的に喉が爛れた。
「掻っ攫われないか気が気じゃねえよ」
目を眇めて笑えば、目の前の赤司も静かに目を伏せて笑う。
「攫ってしまいたかったな、本当に。もっと早く」
赤司の瞳は動かなかった。ただ、この場ではたった一人高尾だけが、その目に映るものをわかっていた。徳利から落ちる純度の高いそれは高尾を惑わせて唇の締まりを緩くしていたが、それは相手も同じだったらしい。
「もっと早く会いたかったわ、俺も」
緑間の手前言ったことはなかった。きっとこんなことを考えるのは高尾と赤司と、今この場にはいない彼の先輩だけだ。それが悔しくてならない。
攫えるっていうなら、こんなに時間は掛けてない。
「あーっ、焼酎飲みてえ!」
「いいな。俺も飲みたい。セレクトは任せた」
「了解! せっかくだからいいのいっちゃうかなー……あれ、メニューねーや」
探さなくてもわかる距離にあると、お互い知りながら笑う。空いた彼の猪口に徳利を差し出しながら、厄介なものに引っ掛かったものだと喉の痛みに沈む。
この眼がなければもっと純粋に愛しくて、この眼があるから幸せだった。
七杯目:ウォッカ
「てっめえ離せこら!」
「まあまあ、知り合いのよしみじゃないか」
花宮は聞こえよがしに舌打ちを連発してやったが、木吉はまるで意にも介さない。殺意が湧いたが腕を掴まれれば振り解けなかった。何故こんな居酒屋で鉢合わせたのか、自身の不運を呪いたい。いっそそこのリーマンが使っている箸で刺すか、と考え始めた頃、お、と木吉の手が離れる。
「黒子、火神」
ぱっと目を遣れば、赤い髪の長身がカウンターに座っている。目を凝らせば比較されているせいで小柄に見える青年がふらふらと身体を揺らしていた。
木吉が声を掛けようと手を上げるのと同時に、花宮の首にヘッドロックが掛かった。
「ぐっ…!?」
「やーだー久しぶりー!」
「おお、実渕、久しぶりだなあ」
「ねー、ほんと。何、あんたたちも飲みに来たの? こっちで一緒にやりましょうよー」
既に大分出来上がっているらしい実渕が、花宮を逃がすまいと捕まえながら木吉に笑いかける。それに木吉もいつもの快活な笑みで答えた。
「ああ、いろいろ近況も聞きたいな」
「はあ!? 馬鹿かお前! 黒子んとこ行くんだろうが!」
きょとん、と二人に見詰められ、花宮は眉を更に歪める。実渕はそれからにやにやと口元を緩めた。
「あんた、そんなにテッちゃんに会いたかったのー?」
「はあ? んなわけねえだろバァカ!」
「ふーん……じゃあ余計に行かせてあーげない」
「ああ?」
座敷に無理矢理花宮を引き摺り込んで、ボトルのウォッカをグラスではなく徳利に注ぎそれを花宮に押し付けた。
「さー飲みなさい飲みなさい! これ美味しいわよー」
「アルハラで訴えられてえのか!」
仲がいいなあ、と感心しながら、木吉は中身の少なくなったウォッカのボトルを掴み、直接口を付ける。
「実渕、いつの間にテッちゃんなんて呼ぶくらい仲良くなったんだ?」
「えー、知りたい?」
にこにこと笑って花宮の口に徳利を突っ込もうとする実渕に、木吉はへらりと笑う。
「いや、いいよ」
そしてボトルの残りを一気に飲み干した木吉は、財布から紙幣を一枚出して置いた。
「ごちそうさま。俺は後輩の方に混ざってくるなー」
何も変わらない調子で背を向ける木吉に、花宮が叫ぼうとするがその隙からウォッカを咥内に注がれる。絶対に訴訟してやる。
実渕はその背を見送りながら、細い眉を歪める。
「……あー、止める相手、間違えちゃった」
だったら離せ馬鹿が、と花宮が掠れた声で呻いた。
八杯目:水
「おーい黒子ー、火神ー」
「木吉先輩」
黒子のマジバ論がNASAの機密編に突入した頃、火神は近づいてくる知り合いの姿に少し目を丸くした。
「きよしせんぱい……? こんばんは……」
「おう、こんばんは。黒子は大分出来上がってるなー」
「あー……さっきから水飲ませてっけど、この調子で……」
「よかったら奥の座敷来るか? 日向たちもいるぞ」
「マジ!? ですか!?」
思わず黒子の襟首を引っ張ってしまい、きゅっ、という悲鳴が漏れる。
「お前ら誘ったとき先に用事が入ってるって言ってたけど、もっと詳しく訊いとけばよかったなー。飲み会場所同じなら、最初から皆で集まればよかった」
それならば是非とも移動させてもらおう。いい加減黒子の方が限界だと、火神は席から立って背後の座敷を振り返る。皆思い思いに飲みふけっていて、こちらには目もくれていない。これなら少し抜けても問題はないだろう。
「ほら黒子ー、行くぞー」
ひくっと肩を震わせ、黒子は両手で持ったコップから水を飲み干した。
「……ばにらしぇいくのみたい」
ディーラーは君でよろしく(僕らは皆賭け狂い) ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
>>皐月様
まず、リクエスト消化が大変遅れましたことをお詫び申し上げます
『ギャンブル〜』は普段絡みのないひとたちを組ませるということに挑戦した作品だったため、今回も同じセットに話してもらいました。やはり新鮮でこちらとしても書いていて楽しかったです
改めて、遅くなりましてくみませんでした。企画ご参加いただきありがとうございました!