気分が悪い、吐き気がする。途方もない不快感。ああ、自分は一体何をやっているのだろう。心の片隅でちらっとそんなことを考える。脳からの信号なんてロクに出ていないくせに、反射的に手足が勝手に動く。身体に染み込んだ一連の動き。人を、殺すための。
脳を揺さぶるような爆音と共に右膝から下のパーツが吹き飛ばされた。絵の具をぶちまけた時と同じように鮮血が辺りに広がる。いや、違う。元から血溜まりだった場所に新たに少し新鮮な血が注ぎ足されただけだ。

「何をボーっとしてるの。ほら」

銃弾が飛び交う中で、金糸のような髪を血糊でべたべたにしたベアトリクスが皮膚のずる向けた足を差し出してきた。その辺で拾ったのだろうか。きちんと靴を履いているそれを受け取って、アレスは首を傾げる。

「ベアト、これ、私のじゃない。ちょっと太い」
「文句言わないでよ、あんたのはさっきの爆発で粉砕したんだから。そのうち身体に馴染むでしょ」

ベアトリクスは適当に言い放つと、元は包帯だったであろうボロ布を使ってアレスの太股から膝までの足と誰の物か定かではない膝から爪先までの足を無理矢理くっつけて固定した。コールタールのようなドロドロとした液体が傷口周辺を這い回り、細胞と細胞を繋ぎ合わせるように作用する。……他人の足なのに。でも無いよりはましだ。完全にパーツを失ってしまえば再生速度がガタ落ちして厄介だろうし。アレスは仕方なく妥協した。

まさに地獄絵図といったところだろうか。何もなかった荒野はすっかり血まみれ肉片まみれ死体まみれの戦場と化している。とっくに慣れてしまった光景だけれど。
鳩尾の辺りを銃弾が通過した。「あっ」一瞬死ぬほど痛かったが、痛覚を遮断するとすぐにそれは解消された。痺れたような感覚がこの上なく不快だが、死ぬよりも苦しい思いをするのはごめんだ。
男がこちらに銃を向けたままガクガクと顎を震わせて悲鳴をあげている。「化け物」途切れ途切れだったが、そう聞き取れた。何を今更抜かしているのだろう。不死人がこれくらいじゃ死なないことなどとっくに知っているだろうに。アレスは眉をひそめた表情のまま、サーベルを力いっぱい薙ぐ。いとも簡単に男の首が飛んだ。男は死んだ。当たり前だ、ただの人間なのだから。一連の流れを見つめるアレスの瞳は、どこまでも無機質で無感情だった。

それからまた、何人も殺した。殺して殺して殺しまくって、気がついたら生きている人間の方が少なかった。ベアトリクスは何人殺したのだろうか。問ってみると「覚えてないわ」とだけ言ってまた一人斬り殺した。そんなベアトリクス自身も常人なら十回以上は死んでいるんじゃないかというほどたくさん傷を負っていた。アレスも自分では気付いていないだけで、同じくらいぼろぼろなのかもしれない。

敵軍の撤退により、この日の戦いは終結した。不死人部隊とぶつかるとわかった時点で諦めれば良かったものを、体裁というものを気にして逃げるに逃げられなかった敵軍は多くの犠牲者を出した。きっと次の戦いでは、相手も不死人部隊を引き連れて来るだろう。そしたら今日よりももっと凄まじい戦闘が繰り広げられることになる。


軍の第五救護所で手当てを受けていると、あちこちに包帯を巻いたエイフラムが入ってきた。
そして開口一番、

「アレス、足」

……つまり、「足は大丈夫なのか」と言いたいのだろうか。そう解釈して、アレスは「まあね」と返事をした。
足については、ちょうど従軍医師がいかにも気味が悪そうな顔で包帯を巻いているところだった。膝上と膝下がそれぞれ別々の個体のものであるにも関わらず細胞と細胞は既に繋がり始めていて、何ともグロテスクな見かけをしているのだからそういう反応をされるのも当たり前だ。

松葉杖は既に品切れだったため、どうにか片足だけで歩こうと試みていたら、エイフラムが正面に回り込んできて背中を向けて片膝をついた。何だろうとアレスが目をぱちくりさせていると、エイフラムは体制はそのままで顔だけ振り向いて「ん」……乗れと言っているのだろうか。エイフラム自身あちこち傷だらけなのでアレスが遠慮して乗りたがらずにいると、「かすり傷」主語も述語も目的語も何も無い、単語だけのおかしな返答をされた。包帯の下では肉が削げて骨も折れているくせに、エイフラム的にはそれは「かすり傷」という単語で表現する範囲らしい。

「……なら、お言葉に甘えてみる」

こうなったエイフラムは意地でも動かないだろうから、アレスは素直に彼の親切に甘えることにした。


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