そういえば、こんなふうだったっけ。不意に既視感に襲われ、ふと足を止める。靴底と砂利が擦れて乾いたノイズ音をたて、足元に細かい砂の粒子が砂煙となって舞い上がった。それはやがて大気中に拡散し、静かに消えていく。
見たところ十四、五歳……いや、単に身体が小さいだけで実際は十七歳かそこらなのかもしれない。少年は風化しかけたブロック塀に背中を預けてじっと動かず項垂れている。ぼろぼろに破れて血のこびりついた衣服から覗く上半身には無惨な銃創、腐敗が進んで変色し始めた皮膚には肥えた羽虫がたかっていた。この地域の男子は十五で徴兵を受けることになっている。軍に入って間もなく戦死したのだろう。その光景はあまりに無惨で、あまりにありふれたものだった。

「アレス」

前を行く二人の長身のうちの片方が振り向いて、怪訝そうな顔をした。アレスはそこで初めて自分が思いの外長い間死体を見つめていたことに気付き、急いで二人との距離を詰めた。

「どうかしたのか?」
「……どうもしない」

問いかけてくる赤銅色の髪の男に向かって一言で答えると、今度は青灰色の髪の男が横から口を挟んでくる。

「何だ、死体に同情なんかしてんのか?」

どこか嘲るような口調にアレスは露骨に顔をしかめて不快感を露にした。ヨアヒムめ、相変わらずうざったい奴だ。口の中だけで毒づいて、にやにやと笑みをたたえる男を横目で睨む。

「別に。ただ、私もあんなふうに死んでたのかなぁって思っただけ」
「嫌なこと考えるなよな……」

今度は赤銅色の髪の男――エイフラムが顔をしかめる番だった。ああ、この話題はタブーだったか。今更ながら気まずさがどっと押し寄せてきた。

というか、その前に。

「ヨアヒム、何であんたもここにいんの」
「あ?いいじゃねぇかよ」

図々しい物言いにアレスはげんなりと肩を落とす。元はといえばエイフラムが外で煙草を吸いに行くと言ったからついでにアレスも気分転換しようと思い付いてきたのに、ヨアヒムが居ては気分転換にならない。というか余計に疲れる。ヨアヒムはエイフラムと同じくユドの小隊に所属してるのだからこの二人の仲が良いことは承知しているけれど(しかし二人とも全力で否定する)、やっぱり不服だ。

三人が所属している南ウエスタベリ軍の本部からしばらく歩くと(三人とも時間感覚がだいぶ狂っているためかなりの間歩いていたのかもしれない)市街戦が始まった影響でもうほとんど人のいなくなったスラム街を抜けて、少し開けた土地に出た。相変わらずの荒野で、特に何も無いけれど。そこでエイフラムはようやく歩みを止めた。
指定の軍服の胸ポケットから煙草を一本取り出してライターで火を点ける。砂色のガスで淀んだ空気を、煙草の煙が更に淀ませる。

「悪趣味」

苦い白煙にヨアヒムが文句をつけたが、エイフラムはそれを一瞥しただけでしれっとしていた。そうは言っても煙草はエイフラムのエネルギー源なのだから仕方がない。飲食しなくても平気な身体のくせに、これが無いと落ち着けないらしい。おかしな話である。

「明日もまた、戦場か」

アレスはぽつりと呟いた。瞬間、荒野の風に掻き消される。
エイフラムもヨアヒムも黙っていた。こういうときこそ憎まれ口を叩いてくれれば場の空気も少し軽くなるのに。理不尽なことを考えながら、風に巻き上げられた砂が大地を擦っていくのを傍観する。

再びライターの擦過音が聞こえて二度目の白煙が上がった頃には、道中目にした少年の死体のことなどすっかり忘れていた。


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