愛に成るには未熟過ぎた






 サトシは、僕に約束を求めた。
 「シゲルは、俺と居たいって、思うか?」
 それは。何とも言えない圧力があった。
 嫌な感じはないのだ。しかし、かといって好感が持てるわけでもなかった。
 複雑だった。雁字搦めに糸が心臓に巻き付くような気分が、ずっと胸にある。

 もし。その約束を僕が受け入れたとすると。
 サトシとの関係性が、枠に囚われた何ともつまらないものになるような気がするし。
 かといって受け入れなかったとすると。すぐ様にサトシとの関係性が崩壊するような気がするし。
 僕は、どうにも。「Yes」と「No」で返事することは出来なかった。
 登校中。無言のまま立ち尽くして。何も答えない僕の横を通り過ぎ、顔を俯かせたままサトシは学校へ向かって行ってしまった。
 それがまた、僕の胸を分厚い爪で切り裂くような痛みを生んだ。
 咄嗟にどちらとも応えられなかった自分自身に対して。
 僕は傷付いていた。自ら、深く。傷付けていた。
 
 なぜだろう。もっと話は単純に出来るのではないかと思うのに。
 考えるほど複雑になっていく。
 いや、そうやって考えてしまうからだろうか。
 思考回路を停止出来れば良いのに。
 どうしても、嫌なイメージしか湧かない。
 泣きそうだ。
 実際。泣いていた。僕の部屋で。

(ーーーーーーどうしたらいいんだ)

 カッターシャツのまま、ベッドの上で三角座りをして。
 両腕に顔を埋めていた。
 もう分からない。
 僕ら兄弟の関係が。
 大きく変化しようとしている。
 それに追い付けるのか。
 置いていかれないか。
 とてつもなく。重々しい感情が。
 僕の背中に乗っかっている。
 ような、気がする。
 僕はどうしたいのか。
 それすらもう、分からない。
 かつて。兄弟同士で仲が良く、時には喧嘩していた風景が頭に浮かんだ。
 楽しかった。嬉しかった。悲しかった。辛かった。苦しかった。ーーーーーーー愛おしかった。
 どうして。その状態に。戻れないのか。

「シゲル、入るぞ」

 ノックの音がした。
 入って来たのはリーフ兄だ。
 ボロボロ泣いている僕の姿を見て、ギョッとしている。

「おい、どうしたんだよ」

 そういえば。他の兄弟がどう思っているのか。
 聞いていなかった。話題に出すことが、タブーになりつつあるからだ。
 特に緑兄にとっては地雷。
 リーフ兄の考えは、どうだろう。

「緑兄の、お見合い。どう思う?」

 涙を拭いながら、掠れた声で問うと。
 リーフ兄は複雑な顔をした。ほらみろ。ここも複雑だ。

「どう、って」
「女の人、ここに来るのかな」
「かもな」
「そうなったら。僕たち、どうするの」
「どうもしねぇよ」
「でも。きっと。邪魔になるよ」
「まぁ。緑兄が出ていくのが一番可能性あるだろうな」
「リーフ兄は、何とも思わないの?」
「まぁ。あの時はそりゃびっくりはしたけど。落ち着いて考えてみれば、いつまでもこの兄弟にこだわって、家に縛り付けられるよりは。やりたいように人生行きた方が良いと思わね?」
「ーーーー僕は」

 ヒュッ、と息を吸った。
 泣いていたせいで、喉が痛い。

「この兄弟で一緒にいるのが、楽しいんだけどなぁ」

 本音が、出て来た。
 それは、僕の。
 サトシとだけじゃなくて。
 この八人の兄弟が。
 僕は、好きなんだ。
 自分で言って、自分で納得した。
 だからだ。だから僕は、サトシの言葉に。
 すぐ応えられなかった。
 彼とだけじゃない。僕は。
 欲張りだ。
 兄弟全員で、一緒に居たい。

「それはシゲル。お前の考えだろ。それを緑兄に押し付ける気か?」

 しかし。そんな僕の本音を。
 リーフ兄は一刀両断した。
 ズガンっ、と稲妻が脳天に落ちたようだった。
 リーフ兄は呆れるような顔をして僕を見る。

「……リーフ兄は、嫌なの?」
「俺が嫌とかっていう問題じゃない」
「でも。なんか、リーフ兄も、もしかして、出て行きたいのかなって」
「出て行きたいってことはない。けど、この家を出て自立したいっていうのはある」
「何で」
「そりゃ、俺たち。いつまでも絶対一緒に居られるとは限らねぇし。一人でもある程度生活する力を付けないと、野たれ死ぬだろ。つーか俺たち、緑兄とか赤兄に依存し過ぎなんだよ。特に経済的な面では」

 少し。先を見た発言に。僕は顔を顰めた。
 リーフ兄が言っていることも、正しく感じる。

「っていうか。こんなに長い間。二つの兄弟がずっと一緒にいるっていうのは。俺たちからすれば普通かもしんねぇけど。周りからすりゃぁおかしいかもしんねぇぞ」
「………」
「だから良いきっかけじゃねぇかな。俺たちにとっても。改めて、考えろって言われてるのかもしんねぇ」
「それでも。僕は、嫌だ」

 周りからどう思われているかなんて、今の僕にはどうでも良かった。
 それよりも、僕にとって大切なことがある。

「皆と、一緒に居たい」

 リーフ兄を見つめるこの瞳は。何かしら、圧力を伴っていたかもしれない。
 あの時のサトシと同じように。
 少し。リーフ兄の顔に驚きが乗るのが分かった。
 直後、挑むような目で見つめられる。

「ーーーーーなら。そう出来るように、行動するしかねぇな」

 ちなみに。晩飯出来てるからな。と。
 一言残して、リーフ兄は去って行った。
 彼の言う通りだ。それを実現させたいのなら。僕が、行動を起こすしかない。
 誰かがその状況を作ってくれるなんて。あるわけがない。
 このままだと緑兄はお見合いをするだろうし。
 もしかしたら他の兄弟達も、そうなっていくかもしれない

 考えることを放棄したかったのに。
 僕は、頭の回転が急速になるのが分かった。
 後は。覚悟を決めるだけだ。
 


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 一回り、大きな愛へ向かって。
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