午前八時のランデブー


 通学に使っている、黒い自転車はシゲルとお揃いだ。
 いや、それだけじゃない。いつでも俺たちはお揃いだ。カバンも靴も。学校を卒業する時期も入学する時期も同じだから、いつも一緒に買いに行くから。
 だからシゲルがどこにいたって、俺はいつでも見つけられる。俺とシゲルはどこかで繋がっているんだ。双子じゃないけど。きっと前世では双子だったのかもしれない。それぐらい、俺にとってシゲルは、兄弟よりも大きな存在なんだ。大切、なんだ。

 当たり前にそばにいるシゲルを、疑うなんてありえない。俺はいつまでも、きっとシゲルと一緒にいられるのだと。けれど、その考えがもしかしたら、間違っているかもしれないと思ってしまう出来事があった。

「緑兄、お見合いするってね」

 自転車を手で押しながら歩いていると、シゲルがそう零した。今日はゆっくり行こうと言ってくれたのは、こうやって話しがしたいからだと思う。俺も、同じ気持ちだった。

 月曜日が来て、登校時間になっても、暗い気持ちが胸に貼り付いて取れないんだ。土曜日の飲み会の記憶が、強烈に残っている。俺たちは、そんな状態で、歩いていた。緑兄の衝撃的な告白は、俺たち兄弟にとって「爪痕」を残した。緑兄からすれば、むしろ喜ばしいことであったと思う。だからこそ、嬉しそうに告げたのだ。しかしその後凍りついた空気に、彼はとても驚いていた。そして、非常に居づらい状況になったまま、皆、帰るしかなかったんだ。
 赤兄だけだ。励ましの言葉を述べていたのは。しかし、「頑張ってね」という割に、目は心底、笑っていなかった。それは俺でも感じることが出来るほど、分かりやすかった。少し、喉が締め付けられるような感覚もした。
 赤兄は、俺たちの気持ちを全て、代弁していた。ように思う。

「職場じゃぁ出会いが無いって言ってたしねー」
「緑兄が結婚したら、どうなるんだ?」
「さぁね。僕たちの家に女の人が来るようになる、ってことは確実だろうけど」
「女の人……」
「うーん。でも、本当だったら一軒家にしろマンションにしろ、夫婦で住んだ方が良いと思うけどね」
「シゲルとか、グリーン兄とかリーフ兄はどうするんだ?」
「……本当にそうなったら、僕たちこそどこか別の場所に住んだ方が良いかもしれないね」
「えー。それ、嫌だなぁ」

 俺たちの家と、シゲルの家と、いつまでも変わらない日常が、あると思っていた。昔から、入り浸ってどっちの家が自分の家か分からない程になっている。
 それが変わってしまうかもしれない未来なんて、俺はちっとも想像していなかったんだ。むしろ、あってはならない、ぐらいに思っていた。
 ただ。これは緑兄に限った話じゃない。俺たちはまだ中学生だけど。将来を見れば、この流れは当然のことだ。グリーン兄や、リーフ兄だって、どうなるか分からない。彼女が出来たり、お嫁さんが出来たり、その先で子供が出来たりだって、する。その中で、皆がバラバラになるのは、普通のことだ。
 俺たちも、その流れの中で、産まれたんだ。

「別に、今すぐ相手が出来たわけでもないのに。バカみたいだ」

 シゲルが、不意にそんなことを言った。
 唇を噛み締めて、耐えている。寂しそうな顔だ。眉間にシワを寄せている。俺にも伝染した。きっと、今の俺たちの後ろ姿は、酷く小さくなっているに違いない。

「どうなるのか、もう分かんない」

 顔をうつむかせて、こんなに弱気になっているシゲルを見るのは初めてで、むしろ俺が驚いた。でも、気持ちは分からなくもない。もしも俺だって、赤兄がお見合いするなんて言ったら、どんな気持ちになるだろう。
 どこかに違和感が生じる。それは、簡単に拭き取ることも出来ないだろう。
 でも。俺たちは学ぶべきなのだ。今回の件で。そして、次にこんな想いをしないように、手を打たないと、また繰り返してしまうかもしれない。

「ーーーーーーじゃぁさ」

 俺は、こんな気持ち。シゲルに対して抱きたくはない。

「シゲル。俺たちは、約束しようぜ」

 中学生の、周りからすればバカみたいな、夢物語かもしれないけど。

「俺たちは、どんなことがあっても、絶対に、一緒にいるって」

 それは。破られる約束になってしまうかもしれない。
 分かっている。
 でも。今、この瞬間の俺たちにとっては、大切な、約束だ。
 シゲルが驚いて顔を上げた。俺のことをじっと見てくる。泣きそうな顔だ。俺も、つられそうになる。

「ーーーーそんな、約束は」
「分かんねーけど。俺は、シゲルと居たいって、思うんだ」

 ぶっきらぼうに。なってしまったけれど。
 この先。何が起こるかなんて分からない。
 どんな道を選んで歩んでいくかも、分からない。
 それでも、変わらないものがあるとすれば。
 変わらないで、いて欲しいものがあるとすれば。
 俺にとっては、シゲルの存在が、大切だと思うから。
 俺は、シゲルと幼馴染であったことを、誇りに思っているから。
 どうか。

「シゲルは、俺と居たいって、思うか?」

 震える気持ちで、聞いてみた。
 遠くで、学校の始まる音が響いた中で。
 俺たちは自転車を持ったまま、立ち尽くしていた。



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のしかかる不安。
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