保健室の眠り姫 |
朝から感じている違和感が、内部で大きくなって、結局限界を迎えてしまった。 頭が若干、熱に冒されているのは起きた時から。しかしその後、朝ご飯で味噌汁を飲み、体温が上がったから、良く分からなくなった。まぁいっか、と楽観的にそのまま学校へ向かったけれど、どこか体の奥からは寒気がする。関節痛が徐々に襲って来た時に、ようやく俺は自分の症状に名前を付けた。 「風邪ですね」 それと同時に。 保健室の先生が先ほどまで俺の脇に挟まれていた体温計を見て、簡潔に結論を出してくれた。 納得がいかない表情で用意されているベッドへ潜れば、先生は苦笑しながら「そういう時もあるわよ」と慰めの言葉を投げてくれた。 しかし。俺としては溜まったもんじゃない。滅多な事では風邪なんてひかないのに。どうしてこのタイミングで。今日は隣の家に住んでいる幼馴染みとゲーセンへ行く予定をしていたのだ。今の時間はお昼休みで、これから午後の授業が始まろうという時だった。 とりあえずこのまま寝て、ある程度回復しただろう頃に下校時間になっていれば、そのまま何食わぬ顔で一緒に帰ればいっか、と放課後の構想を練って布団を被った。 やはりどこか熱っぽさが抜けない。体も怠いと言えば怠く、どうしようもない。 風邪が引かない性質というものは良いことだと思っていたが、いざこうやって体調を崩すと一気に辛くてならない。眉間に皺を寄せつつ、どうにか無理矢理眠りにつこうと努力した。羊だって数えてみた。 あまり、意味は無い。 (あー、くそ) これだけ疲れているのに眠気を求めない体が煩わしい。 チャイムが鳴って校舎が静寂に近づいて行く。授業が始まったのだろう。 保健室には俺以外の誰もいなくて。他の生徒の喧噪も聞こえないとなれば、まるで一人ぼっちだ。 もぞもぞ動いて仰向けから横を向けば、布団もつられて動いてしまった。面倒臭い、と思いながら直そうとした時に、勝手に掛け布団が動いた。 突然、別の力が働いたことで、一気に振り返る。 「あ、起きてた」 そこには、目を丸くした幼馴染みが居た。 相変わらずお馴染みの、重力に逆らった色素の薄い髪の毛。 おかしい。授業のチャイムはさっき鳴ったのに。 「さぁとしくん、君は体調管理もロクに出来ないのかい」 呆れられたように言われて、それでも俺はしばらく何も反応が返せなかった後、笑みを浮かべた。 「なんだよシゲル、見舞いに来てくれたのか」 「君のクラスメイトが、保健室に行ったって話ししてたから来てみただけだ」 おそらく。昼休み間際に聞いたのだろう。 そして心外だ、と言わんばかりの物言い。一気に不機嫌になる幼馴染みの顔。変わりに顔の晴れる俺。 俺はつい、にこっとしてしまって。先ほどまで心を占めていた憂鬱な気分を掻っ攫って行くのが分かる。どうやら余程俺はこの幼馴染みがやって来てくれたのが嬉しいらしい。 「今日はゲーセン止めておこうか」 「えー」 「そんな体調じゃあ、無理したら駄目だろ」 「大丈夫だって。こんなの、寝てたらどうせマシになる」 「馬鹿言ってないで早く寝なよ」 「だって俺、楽しみにしてたんだ」 「何言ってるんだか。君はどうせ何でも楽しみだろ」 「おう、シゲルが一緒だからな!」 大切なのは、そこだ。 どんなゲームをしようか。何で勝敗を競おうか。俺は朝起きてから、そのことしか考えていなかった。毎回毎回、勝率は五分五分で。だからこそ盛り上がるし、負けたくないと思う。シゲルのゲームの攻め方は、俺のものとは全然違って、しっかり論理がある。俺は直感。その性質の違いが面白みを生んでいる。 だから俺は誰よりも、シゲルとゲームすることが楽しみなのだ。いや、ゲームだけじゃない。あらゆることで、シゲルと共にいると楽しくて、他の誰とも交換なんて出来ない。たとえシゲルの他の兄弟達であっても、俺の楽しみを奪うことなんて出来ないのだ。 「ほんと、俺、治すからさ。待ってて」 「……まぁ、帰る頃に体温が平熱にまで戻ってたら考えるよ」 「いよっし、じゃぁおやすみ!」 バッと布団を被り直して、俺は眠りにつこうとした。シゲルが傍にいるのが分かれば、どことなく安心もして。先ほど寝付きが良くなかったのが、ただ単に精神的な問題であったことを知る。 しかし俺が無言になって数十秒経った時、ふと思いついたことがあった。それは布団を被っていて感じた暖かさが、妙に心もとなかったからなのだけれど。 「あ。シゲル。ちょっと」 隣にまだいたシゲルの、腕を掴んだ。 「ん?」 「やっぱり、寒い」 グッとそのまま力の限り引っぱりこめば、思ったよりも簡単にその体は俺の布団へと傾れ込んで来た。有無を言わさず、そのまま背中から抱き込んでやる。さっぱり、シゲルは状況が分かっていなかったと思う。こういう時に、運動部である自分が幸運だった。 「サトシ!」 「保健室は静かにーだろ?」 してやったり、の声でシゲルの抗議は無視をして。 そのまま後ろからシゲルの首筋に鼻を埋めて体温を奪う。 そして、こうやって幼馴染みまでも授業をサボらせて。 俺は安眠を貪った。 幼馴染みの顔が、その頃。どんなものになっているかも知らないで。 それほど俺は自分が良ければそれで良いと思っていたし。 いわゆる、自己中心な性格だったから。 ぱったりと寝てしまった俺は、その耳がどれだけ真っ赤に染まっているかにすら、気づけなかったのだ。 ************* 眠り姫などに、なれるはずがない! |