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 気が付けば。血の海が広がっていた。


 シャワーズが十万ボルトにより瀕死状態となって。直後、疲弊したピカチュウの放ったメガトンパンチは。グリーンの腹部へ直撃した。メキぃッ、と嫌な音が俺の耳にも届いた。
 俺は雄叫びを上げた。勝利に対して。やっとだ。やっと、グリーンを完膚なきまでに叩きのめした。グリーンの手持ちは全員戦闘不能だ。そして、グリーンも立てなくなっている。腹を抱えて蹲っていた。ザマァミロ。俺は、笑った。

 そして。大きく噎せ込んでいるグリーンの口から、大量の血液が吐き出された。どうやら、内臓が損傷しているらしい。よくやったぞピカチュウ。と褒めて、ボールへ戻した。俺の手持ち達もほぼ瀕死状態であるが、手にした勝利はあまりに大きかった。

「げっ、ボ……!」

 じわじわと。トキワジムの床へグリーンの血が同心円上に広がって行く。とうとう。地面に伏せて、妙な痙攣を起こしている。それでも、俺は全く動かなかった。そのまま。グリーンが動かなくなっていく様をただ、見ている。俺を最後まで苦しめた存在が、死に絶えるのを見届けたかった。
 しかし。それは、まさかの、サカキ様により、妨害された。

「おい。救急を呼べ」

 部下へ指示を出した彼に、俺は驚いた。
 どうして、という目で俺が見れば。彼は、無表情に告げる。

「俺は、このガキに負けた。ロケット団は解散だ」

 ーーーーーー?
 意味が分からなかった。
 解散。解散とは、どう言う事だ。
 俺の狂気に染まった瞳を、サカキ様は真っ直ぐ見ている。そこには、決意が現れていた。

「私はポケモンの修行を一からやり直す」

 そんな、勝手な事。
 ここまで、カントー地方を制圧するために、組織を大きくしてきたのはサカキ様だ。それを、リーダーが、止めにするなんて。信じられない。これは、裏切りだ。
 俺は、喉を締め付けられるような、苦しみに襲われた。

「ーーーー置き去りに、しないでください」

 ロケット団がなくなると言うのであれば。
 これから俺は、どうすれば良い。
 掠れた声。絞り出すような俺に、サカキ様は一呼吸置いて、告げる。

「レッド。お前は、確かに優秀だ」

 重みのある、言葉が直撃してきた。
 それは、やはり、サカキ様は、俺を。

「だが。あまりに、自立していない」

 見放そうとしている。
 あぁ、嫌だ嫌だ。どうして。俺は、貴方を尊敬し、貴方の組織であるロケット団に救われ、ここまで来たというのに。この世界の、一番上に立ち、誰もが逆らえない理想の世界を築くために。俺が、穏やかに、暮らしていける為に。

「考えろ。これから、本当は、どうしたいのかを。死にかけるまで、悩め」

 そんなもの。無いのだ。
 俺は、俺の全ては、ここにあった。
 心で言葉が爆発しているのに、何一つとして喉から飛び出して来ない。
 そうやって。俺が情けないことに、何も言えないでいると。

「ロケット団は……本日をもって、解散する!」

 現実が。目の前に迫り来る。
 全団員へ通知しろ。と、高らかに宣言したサカキ様はその場を去ってしまった。
 嘘だ。違う。こんなの。現実じゃ無い。ロケット団は、俺の。どうか、サカキ様。行かないで。俺を、置いて行かないで。

 床にへたり込んでしまった俺は。僅かに咳き込む音が聞こえて、そちらを見る。少しずつ動けなくなっているグリーンから聞こえたのだ。そうだ。こいつが、こいつさえ、来なければ。先ほどのバトルでの勝利など、どうでも良くなっていた。
 溢れる憎悪が口から吐き出されそうだった。衝動のままに、俺は、グリーンの体の横に立つ。そのまま、足で蹴りつけようとする。そのまま、救助が来る前に殺してしまいたかった。いっそのこと、内臓損傷だなんて生温い。破裂でも起こさせてやろうと、思った。
 こいつが生きている限り。俺は、囚われたままだ。嫌だ。どうしてだ。解放されたい。こんな気持ちから。グリーンさえいなければ。理想の世界が現れるはず。俺にとって。サカキ様だって。きっと、ロケット団を解散だなんて言わない。まだ、間に合うはずだ。グリーンが死ねば。俺が、殺せば。それだけのことで。俺の人生が、救われる。

 それを、近くにいた幹部の人間に止められる。

「もう。止めましょう。レッドさん」

 信じられない目で相手を見る。そこには、悲痛な顔があった。首を横に振っている。どうしてだ。どうして、誰も彼も、俺の権利を剥奪するのだ。俺には、こいつを殺す、権利が。

「戻れなくなりますよ」

 もう。戻る場所など。
 ロケット団がなくなれば。俺の居場所は、ない。どこへ帰れと言うのだ。どこへ行けと言うのだ。その責任を、誰も取る気はないくせに。どうして俺の行く手を阻む。
 激昂して、俺は喚き散らした。しかし誰も、反論もせずに。ただ、俺の姿を、見ているだけだ。
 なぜだ。皆、どうしてそんな諦めた顔をする。
 途中から。ボロボロと。意味の分からない涙と嗚咽に塗れ。俺は蹲った。グリーンと、同じだ。

 しばらくして到着した救急車にグリーンは運ばれ、俺はそのままトキワジムから姿を消した。
 解散を宣言され、散り散りになったロケット団の残党は警察にほぼ一網打尽にされた。幸運にも逃げられた団員も一部はいたが、再び組織に所属して活動が出来ない以上は無力に等しい。


 俺は。途方に暮れて。
 ただ。トキワシティの外れに。佇んでいた。

(ーーーーーー)

 独りだ。
 そう。俺は、もう、何にも縋れず。
 立っているのに。立っていない。そんな、感覚。もういいか。と思った。この世界で生きて行くのは。もう、いいじゃ無いか。執着するものもなくなった。ならば。死んでも良い。むしろ、死んだ方が良い。何も、価値がない。
 その時、ふと。サカキ様の言葉が頭を巡った。「本当は、どうしたいのか」。どうしたいもない。俺は。元から。この世界に、産まれない方が良かったのだ。



 ーーーーならば。どうして。俺は、産まれたのだろう。
 わざわざこんな。世界に。もっと、他にも、あるだろう世界ではなく。どうして、ここに。いや、そんなことも考えるだけ。無駄か。
 この世界から。解放されたければ。死ねば良い。

(なら)

 死に場所を。最後くらい、選ぼうか。
 リザードンを繰り出して、俺は飛び立った。
 誰の手も届かない場所へ。行こう。




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