-5- シルフカンパニーを占拠した後、ロケット団の勢力はカントー全域に拡大を続けた。団員の数も莫大に増えていった。皆が、生ぬるいポケモンの扱い方に不服を抱いていたのだ。楽しくバトルをする? 生活を送る? そんな刺激も何もない環境など、意味がない。ポケモンとは、最高の信頼関係を築ける、兵器だ。そして、人間もまた、兵器となる。弱いモノは生きられない。ならば、最強の兵器となることに意味がある。 夢を実現する為には武力が必要だ。その道を、確固たるものとする為に。仇なす存在は全て消し去る必要がある。 俺自信が、兵器とならねば。 俺は力をつけた。あの日、シルフカンパニーでグリーンに勝利をしたことが、俺自身に火をつけた。常に、燃え上がるような炎の中で、息をする。エネルギーは周囲にも伝播し、ロケット団という組織を強固なものとした。 俺を慕う人間も増えた。連いて来てくれる人が増えた。そして急速に俺は昇格し、サカキ様の右腕となった。誇らしかった。 そんなサカキ様がトキワのジムリーダーをしていることを知ったのは、つい先日のことだった。ただ、トキワジム以外のバッジを全て集めて挑戦して来るようなトレーナーがここ数年、現れていないらしく。ジムリーダーとしてバトルをすることは滅多にないらしかった。 「もしレッド。君があのまま旅を続けていれば、挑戦者として私とバトルをしていたかもしれないな」 サカキ様は、俺のポケモントレーナーとしての実力を認めるような言葉を与えてくれた。嬉しかった。涙が出る。俺は強くなった。最初から共に戦い続けてくれているピカチュウは、精悍な顔立ちとなった。このロケット団員の中では、俺に勝てる者はいなくなっていた。 ある日。 サカキ様の元に電報が届いた。 トキワジムに久方ぶりの挑戦者が現れたらしい。 「興味があるか?」 俺は、ワクワクした。ジムリーダーとしてサカキ様は、どんなバトルを繰り広げるのか。相手など、どうでも良かった。期待を胸に、俺はトキワジムへやって来た。移動式のパネルが続く奥に、サカキ様が鎮座する。辿り着くまでにも多くのロケット団の精鋭たちがトレーナーとして待ち構えている。 そんなカントー最強のジムを相手にする為に、現れたトレーナーは。 「マサラタウン出身。オーキド・グリーンだ」 眼球を、潰されたかと思った。 信じられなかった。 入り口に設置されたカメラから映し出されたのは、あの、グリーンだった。 開かれた扉から中へ入る彼の姿は、以前と大違いだ。泥と埃にまみれたズボンに、ボロボロの靴。色あせつつあるモンスターボール。くたびれたリュックに、所々破れた半袖。そこに垣間見える、鍛えられた体。本当に、カントーを全て回って来た証拠だ。何より、その重苦しい光を放った瞳が物語っていた。 (グリーンが、サカキ様と?) 俺は無意識に、飛び出してしまった。 あのグリーンが。サカキ様とバトルをする? 許されない。そんなこと。 あいつを、奥まで通してはならない。 俺はもう、まともな思考をしていなかった。 配置されたトレーナー以外がジムにおいて、挑戦者と接触することは禁止されている。 それでも、走らなくてはならなかった。焦りとともに、胸を覆ったのは非常に醜い嫉妬だ。どうしても、俺はグリーンとサカキ様を会わせたくなかった。 「グリーンッ!」 到着した時には、一人目のトレーナーが叩きのめされていた。 堂々とそこに立っているグリーンと、側に立つイーブイが、叫んだ俺を見た。少しの、驚きを見せられた。だが、直後。 「おー。レッド。久しぶりだな」 満面の笑みだ。 だが、目元は一切、笑っていない。 ぞっとする。俺は、少し、昔のことを思い出した。 かつて、グリーンによって、痛めつけられていた自分が。 「二度と現れねぇーっつってたけど。お前から会いに来てくれるなんてなぁッ!」 連続のバトルであろうと、関係が無いようだった。 グリーンはすぐさま、モンスターボールを構えた。俺も、咄嗟にボールへ指を伸ばす。 「レッドさん。ルール違反ですよ」 しかし。そんな俺たちの間に割って入ってきたエリートトレーナーに邪魔をされた。 俺は牙を剥いた。 「邪魔するな」 「彼は、ボスの挑戦者だ。あなたが相手をしちゃぁいけないでしょ」 「こいつは、俺が叩きのめさないとならない。二度と、立ち上がれなくなるほどに」 「それは、ボスとのバトルが終わった後でも良いじゃないですか。彼、逃げる気なんて無さそうなので」 カッ、と沸騰していた頭が、一気に冷やされる。 このトレーナーは冷静だった。 周囲のトレーナー達も、一触即発の俺たちの姿を見つめていた。 ボスの右腕ともあろう俺が、焦燥に駆られている姿を見られてしまった。 これは、よろしくない。 と、気付いて、ボールにかけた指を下ろした。 グリーンは挑発的だった。だが、乗ってはならない。 もう俺は、ただのレッドじゃない。ロケット団幹部なのだから。 彼に背を向けて、ジムの控え室に戻ることにした。俺は、ここにいてはいけない。 「なぁんだレッド。腰抜けだな」 その様子を見送りながら、ちっ、と舌打ちをし、そんなことをほざいたグリーンは、奥へ進むために次々とトレーナーを打ち負かしていく。 いや、これはもう蹂躙ではないだろうか。グリーンの強さは、俺と同じように、進化をしていた。躊躇いがなくなっていた。オーバーキルだ。ロケット団員達のポケモンが再起不能になっていく。凄まじい力の差で、ロケット団の精鋭部隊が叩きのめされていく。 そして。いよいよサカキ様の元まで辿り着いた時。グリーンのポケモン達はほぼ無傷であった。俺は両手を握りしめて、カメラから映る画面を睨みつけた。様々な感情が心臓の中でのたうち回っている。今にも吐き出してしまいそうだが、耐えた。ここで、俺が感情的になってしまってはならない。と言い聞かせようとしている時点で、無理があるのは分かっていた。しかし、サカキ様とグリーンのバトルが始まってしまえば、思いが吹っ飛んでしまった。 魅了された。不覚だった。地面タイプのポケモン達に華麗な指示を出すサカキ様も、タイプ相性が不利だろうと知略で攻撃指示を出すグリーンも。美しいまでのバトルだ。画面越しでも感じられる。呼吸を忘れた。 結果は。サカキ様の負けだった。 最後の一匹になるまで、戦い続け、僅差だった。 視界が真っ白になる。俺は、言葉を失った。 あのサカキ様が負けた。俺と同じ故郷であるグリーンに。 サカキ様が負けるはずがない。そんなイメージ、あってはならない。 サカキ様が挑戦者に対して、どんな戦略で叩きのめすのかを、見るために俺は来たはずなのだ。 違う。これは、現実ではない。 「おいレッドぉッ! 出てこい!」 ガツン、と頭を打ったのは怒声だ。 苛立った声だ。グリーンは、カメラに向かってモンスターボールを突きつけていた。 サカキ様の敗北に打ちのめされている俺のことなど、何一つとして見えていない。それもそうだ。 我に返った。現実に帰って来た。ーーーーーー結果は、変わらない。 「お前を潰すために俺は来たんだ。逃げんじゃねーぞ」 サカキ様に勝ったことなど、どうでもいいと言わんばかりの眼光。 俺は、俺は、その瞬間、グリーンへの憎悪が臨界点を突破した。 まるで。サカキ様とのバトルに、意味などなかったかのような。 巫山戯るな。 「グリーン」 気づけば。無意識に、俺はグリーンの前に立っていた。 控え室からの道中など、記憶にとどめる必要はない。 俺は、グリーンのことを殺したいと、思っていた。 ポケモンを使って、バトルではなく、殺し合いを。 だって。俺たちは、兵器だ。 その様子に、グリーンは喜んでいた。 まともな笑顔じゃない。 彼もまた、殺戮者になっていた。 俺たちは、違うようで、同じ道を辿っていたようだ。 サカキ様が側にいて、俺たちの様子を見ていた。 静かで、穏やかな瞳だった。 そして。グリーンのポケモンを回復させたのは、サカキ様だった。 互いに、万全な状態で臨めるように。 「レッド。任せたぞ」 ヒュッ、と息を吸い込んで。 俺はボールを投げた。 - - - - - - - - - - |