-4- 昔からだ。 昔から。俺は。 ーーーー自分自身を、守りたいばかりなのだ。 覚えているのは。 俺のジィさんのところに、レッドのお母さんが来たことだ。 その日は星が綺麗に見えた。偶然研究所に遊びに来ていて、そのまま疲れて眠ってしまっていた俺は、物音に気付いて、扉の影から、その様子を見ていた。 彼女は相談をしに来たのだ、ジィさんに、レッドのことを。 「あの子のこと、もうどうしたら良いか分からないんです」 背を丸め。両手で顔を覆い、泣いていた。 俺は、衝撃を受けた。 俺には母さんと父さんがいない。気付いた時には、ジィさんと姉さんしかいなかった。何でいないのかをジィさんに聞いたことがある。ポケモンの研究員だった彼らは、ある日のフィールドワーク中に土砂崩れに巻き込まれて死んだと言われた。俺がまだ一歳ぐらいの頃で、覚えていなくて当然だと言われた。それから、俺は両親の影を追うことはやめた。死んでしまったのなら仕方ない、と思うしかなかった。いくら俺が考えたところで、両親が帰ってくるわけではないことを思い知った。 だから。母親のいるレッドを、どこかで羨ましがっていた。俺に無いものをあいつは持っている。どうやったって、手に入れることが出来ないものを。 レッドは。俺と同い年で、やることなすこと鈍臭い印象を受ける奴だった。言葉を話すのもトロい。コミュニケーションを取ることに差し障りがあった。そのせいで周りからからかわれることが多かった。俺も、その中に入ることもあった。そうしていたら、レッドは家から出てくることがなくなっていった。レッドの家は俺の隣だった。いつも、二階の部屋から見える窓の明かりを見上げるだけで、俺は無視をした。引きこもるなら引きこもればいい。確かに、この世界はレッドにとって生きにくいだろうと察していた。 けれど。レッドの母親がそんな風に泣くまでに悩んでいるとは、俺は想像もしていなかった。同時に、どうにかレッドを外へ出るようにしないと、いつまでもそんな状態が続くだろうと思った。 俺は、罪悪感を持ってしまったのだ。ああやってレッドが家にいるのは、少なからず俺のせいでもあった。それで彼女が悲しんでいることに、胸を締め付けられた。 しかし。ジィさんの次の発言によって、俺のそんな気持ちが、一切かなぐり捨てられることになった。 「分かった。私がどうにかしよう。レッド君にはぜひ、ポケモンを託したいと思っていた。彼にはトレーナーとしての才能があるように思ってのぉ」 才能。 レッドが。 ポケモントレーナーとしての。 俺の全身が凍りついた。才能があるだなんて、ジィさんが俺にそんなこと、言ったことはない。どうしてだ。視界が真っ赤に染まる。沸き立った気持ちは、何かしらの言葉で表せることが出来ないほど、人間の醜さを全て集めたような酷いものであった。 レッドの母親は驚いた様子で、ジィさんの話を詳しく聞いていた。俺も、聞いた。十歳を迎えた時。レッドはトレーナーとして旅に出る。そうやってマサラタウン以外の場所で成長をすることで、きっと人生がより良くなっていくだろう、ということだった。言葉で表せば簡単なことだが、そこには多くの困難が待ち構えている。それを乗り越えていくことで、人間として強くなれば、レッドの為にもなるだろう。ということだ。 その日。俺は、一睡もすることが出来ず。頭の中で様々な思考が巡るままに、考え込んでいた。俺も、ポケモンを貰うことは決まっている。だが、それがレッドと一緒となると、今まで想像していたイメージと異なってくる。 俺は世界一強くなると決めて、旅に出ようと思っていた。ジィさんを超えるトレーナーとなって、世界に君臨し、俺の力を世間に見せつけてやりたいと考えていた。それが達成出来た世界は、俺にとって何よりも価値があると信じて疑わなかった。しかし、レッドに才能があるとなれば、まずはレッドを潰す必要が出てくる。 俺よりも。強くなられてしまったら。どうしよう。 だから。俺はレッドに勝ち続けることを誓ったのだ。それは、草花が先に、芽が出る前に、引っこ抜いてしまうような気持ちだった。 マサラタウンの研究所に始まり、トキワシティでセキエイリーグに向かう道でのバトルといい。その他、俺はオツキミヤマに辿り着くまで、俺から声をかけてバトルをした。レッドは、俺に負けたところで特に何も言わずに、すぐにポケモンセンターへ駆け込むことを繰り返しているだけだった。ポケモン達が強くなったようにも感じない。俺は興ざめしていた。なんだ、ジィさんの考えは外れていたんじゃないか。 そうして。ハナダシティへ入った後。俺は、めっきりレッドと出会わなくなったことに、あまり気づけていなかった。俺が想像していたものより、レッドは意識しなくても良いと考えるようになってしまったからだ。 それがどうだ。 俺の甘い考えが、この事態を引き起こした。 そもそも。シルフカンパニーへ足を踏み入れたのは。ポケモンの道具に特化した会社を見たかった気持ちがあった。進化にまつわる道具もあると聞く。俺がより、高みを目指すために、必要なものだ。 けれど。実際辿り着いてみると、会社が封鎖されていることを知った。入り口で構えていたシルフの社員らしき二人の男には、どこかで違和感上がった。 一旦、様子を見るために身を引いて、物陰に隠れて様子を伺っていると、会社の裏口から見えた影。黒い服に、胸に「R」の文字。ロケット団だと、気づいた。 「無事に、制圧しました。これ以降、シルフカンパニーはロケット団の物です」 そのセリフを聞いて。俺は瞠目した。 まさか。こんな巨大企業が、たった一つのポケモンマフィア組織に占拠されるとは。どういった手段が使われたのか。 俺の手持ちのポケモンはのレベルは、ロケット団員では如何にもならないほど、上がっていることは客観視しても分かることで。俺は乗り込んだのだ。こんなハタ迷惑な話があってたまるか。俺が強くなるために必要なことを、邪魔されるわけにはいかない。 そうやって着々とロケット団員とバトルをし勝利を続けていくと、ーーーー見覚える姿と出会った。 「俺は、強くなった」 シルフカンパニーの、廊下で。バトルに敗れ、地に伏した俺に、岩石でも振りかけるような声色で、レッドは告げた。手持ちのポケモンは全滅した。レッドのポケモンは、まだ体力を残している。 信じられなかった。レッドが、あの脆弱であった手持ち達が、ここまで強く育て上げられているとは。ロケット団という組織に入ったことで、飛躍的に能力を伸ばしたようだった。 「もう。グリーンのことも、怖くない」 目を見開いて、レッドを見上げる。その目は、狂乱に染まっているような印象を受けた。奥の奥に見える光は、俺をーーーーー潰したがっている。 俺が、レッドに、そうしたいと思っていたように。 「お前は弱い。俺よりも。弱いものは、生きる価値もない。強いものに食われて、終われ。二度と、俺の前にも、現れるな」 脅しだ。 これが、レッドの成長か。 あの日。レッドの母親が、ジィさんに相談していた光景が目に浮かぶ。お前の母親は、必死に、お前のことをどうにかしたいと願っていた。その結果が、これか。これが、お前の選択か。ポケモンマフィアなんぞに所属し、こうやって、トレーナーを潰すことが。 ………俺も、同じ、穴の貉だ。 「そうだな。レッド、俺はもう、お前の前には現れない」 疲弊した体を、無理やり引っ張り上げて、告げた。 もう、忘れた方が良いと思った。レッドは、俺の中でいなかったことにしよう。 こいつはもうこいつなりに、道を選んだのだ。 これ以降の責任は、全て、こいつの問題となる。 俺にはもう、関係がない。 「邪魔したな」 ズルズル足を引きずりながら、その場を去った。 レッドのことは、一切振り返らない。 どんな顔をしていたかを確認したところで、無意味だ。 俺とレッドは、この時に決別を果たした。 その後。シルフカンパニーは本格的にロケット団の傘下に収まってしまった。警察ですら手を出せない状況で、ポケモン達が多くの実験に使われているという話まで聞こえてきた。その中に、レッドがいる。だが、俺にはもう関係がなかった。俺は、ただ、ポケモンリーグへ挑戦するために、各地を回り続けるだけだ。 ーーーーーだなんて、簡単に思えるほど、俺は単純にはなれなかった。 憎い。 俺を敗北させた、レッドが。 認められない。 あのトロくさいレッドが、俺に勝つなど。 あってはならない。 必ず。俺は、レッドを潰さなければならない。 そもそも犯罪組織に加担している人間を、放っておくわけにはいかない。 二度と立ち上がれない敗北を。 そうして、俺が世界一、強いと証明してみせる。 俺は、今までのポケモンに対するトレーニングをさらに強化しながら、旅を続けた。自分自身の体を鍛えることにも力を入れた。たとえポケモンの技に吹っ飛ばされても、簡単に壊れない体がいる。 次にレッドに会った時には、化け物のような強さを手に入れている俺が、浮かんだ。楽しくてたまらなかった。強くなるとは、これほどまでに面白いことであっただろうか。久々に味わう感覚に、俺ははまっていた。 いよいよ。最後のジムを残し。 俺は、全てのジムバッチを手にいれた。 残るはトキワジムのみだ。 そこで、俺はレッドと再会することとなる。 - - - - - - - - - - |