テスト用紙製ラブレター



 グリーンとテスト勉強をして。ちょっと機嫌を損ねられてしまって。
 それでも結局、何だかんだで「仲直り」はするのだ。と、俺は勝手に想像していた。幾度となく繰り返して来ているからだ。俺達の関係は、きっとこのまま続くのだろうと信じて疑わない。
 普段は別々の大学へ通っているものだから。グリーンがどのような生活を送っているかについて干渉することは出来ない。それでも、彼の根本的な部分に俺が干渉していることに自信があった。ある意味で優越感に浸っていたのかもしれない。
 グリーンにとって、俺という存在はきっと切っても切られない存在であるのだ、と。傲慢とも取れる想いをいつの間にか抱いていることにすら、俺自身気付けていなかった。
 だから今回だって、「仲直り」だって、出来るものだと。

「レッドー! 遊びに行こうぜー!」

 今日は休日で。サトシがそのように声をかけて来たものだから、そのお誘いに乗らない理由も無かった。行く先なんてもう聞かなくたって分かっている。お隣さんの家だ。俺達がずっとずっと前から一緒に育って来た兄弟のいる、お隣さんだ。あの日以来、初めての会合。

 俺達の関係は、ともすれば不思議な関係かもしれない。と年を経るごとに実感していたが。違うと思ったのが最近のこと。
 同じ世代の兄弟同士がお隣同士で幼馴染みをし合っているなんて、よく考えれば天文学的可能性の上に成り立っているのかもしれない。だが俺はそれを思う度に否定するのだ。俺達はきっと出会うべくして出会ったのだと。可能性があったからこういう関係を築いたのではなく、俺達がこの可能性を呼び寄せたのだ。
 だから。運命だとか偶然だとか。そんな陳腐なものじゃない。俺達が立っている場所は。

「シゲルー! ゲーム!」
「本当にもー君って忙しないね」

 二階へぱたぱたと駆け上がって行った末っ子の兄弟達の様子を見送って、リビングに座り込んだ俺とグリーンは、そのままクダラナイバラエティ番組をぼーっと眺める。特に会話が弾む訳じゃない。
 出ている芸人だか司会者のやりとりなど、頭には一切入って来ない。考えることはもっと違う所だ。今、グリーンが何を思っているかだとか。そんなこと。いつになったら口を開くか、なんてことも。その予想がもし当たれば楽しい。俺の一人遊びだ。

「何を考えている」

 お前のことだ、と決して口には出さない。
 向こうが耐えきれなくなって尋ねて来たけれど、俺は「別に」と応える。わざわざ解答を教える必要も無い。眉間に皺を寄せる様に内心、笑っていた。主導権を握られてたまるものか、とお互いの心が叫んでいることは良く分かっている。
 俺は俺で常にグリーンよりも先に行っていたい。その逆もまた然り。
 そもそも、上手く収まる訳が無かった。こんなにも自己中心な二人の想いが。

「今日はどうして来たんだ」
「サトシが行こうって言ってくれたからな」
「それだけか」
「それだけだ」
「それじゃぁ、もう帰れ。お前がここに居ても仕方ないだろ」

 確かに。特に用事なんて無い。
 しかし、用事が無いから帰れというのも、違うだろ。
 なぁ、グリーン。お前、本心でそれを言っているのか。
 ゆっくりその尖る視線を受け止めて、俺は本心を口にした。

「俺はこうやって、グリーンと意味がなくても、一緒に居るのが良いんだ」

 両手を組んで伸びをしつつ、ぽろっと溢れた。別に俺は対して何かを考えて言ったわけでもなく、それが自然な感情だったから告げたわけで。
 それでグリーンが何か感情を抱いたりするとは、まさか思わない。
 それぐらい、俺にとっては素直な想いであったのだ。

「―――――へぇ」

 随分と冷たい声だな、とは思った。
 尖った瞳の先端が溶けた、気がした。それは何の熱で?

「俺なんかといるより、お前の場合は女の子と居た方が楽しいんだろ?」

 その台詞がどうのこうの、というよりも、ニュアンスに軽蔑が込められていたように感じた。
 俺は瞠目したわけで。どうにもその軽蔑は、隠れ蓑であるようにも感じたから。
 あ、俺の見えない部分がある。と思って、手を伸ばそうとしたけれど。そうそう簡単には届かせてくれないのは目に見えていた。だから戦略を瞬時に変更する。

「……なんでそんなこと言うんだ」
「お前が前に言ってたことだろ」
「そんな風には言った覚えないんだけど」
「はっ。なんだそれは」

 外堀から埋めて行く。兵糧作戦ではあるまいが。
 それでも効果が零ではないはずで。
 鼻で嗤って、俺を見てきたグリーン。その裏にある感情を、俺は知りたかった。

「大学を楽しめないと、言ったのはお前だ」

 その眼光に何かを宿していた。それが何であるのか、今の俺には分からない。それでも相変わらず熱を感じた。触れれば本当に焼死してしまいそうなほどの、熱源。

「まだ引きずってんのかよ」
「まだ? 違うだろ。レッド、お前の考え方が変わっていないなら、お前の楽しみ方というのも変わっていないはずだ。お前は、彼女を作れば大学生活を楽しめると言った。俺は、俺なりの生活を楽しんでいるにも関わらず。そこへお前が勝手に意見を押し付けてきたわけだ。つまり、俺が引きずっているだとかそういったことは全く問題じゃない。話を逸らすな。鬱陶しい」

 心底、反吐が出ると言わんばかり。
 俺は驚いた。グリーンから流暢にこんな言葉が飛び出してくるとは。
 しばらく何も返せないままの俺は、ボーっとグリーンを眺めるだけだった。沈黙の空気が徐々に質を変えて行く。毅然としたグリーンの表情が、少し崩れて行く。微かに泳ぐ瞳孔を見逃さない。

「―――おい、何か言ったらどうだ」
「え」
「……もういい」

 サトシとシゲルはおそらく、楽しくゲームをして遊んでいるというのに。
 同じ兄弟同士。これほどまでに温度差があるのはどうしてだろう。
 いや、そういえば昔は俺もグリーンも、あんな関係であったような記憶がある。
 年を重ねるから、ややこしくなってしまうのか。

「面倒臭いんだよ」

 独り言のように零したグリーンは、そのまま立ち上がって二階へ上がって行ってしまった。俺は追い掛けられなかった。どこか、その権利が無いような気がした。一体グリーンが何に対して面倒臭いと言ったのか。全くもってヤヤコしい奴だ。前からそうだとは思っていたけれど。
 もっと単純に考えたら良いのに。
 まぁ、それが出来ないのも、グリーンの長所なんだろうけれど。

「うーん、どうしよっかなー」

 一人で取り残されたリビングで、両手を組んで後頭部へ添えた。どうやら今回は、そうそう簡単に「仲直り」は出来ないようだ。厄介な城を攻めることになった。これはしっかりと作戦を立てておかないと、打ち崩せそうにない。
 そもそも。どうしてグリーンはここまであの時の口論に固執しているのか、意味が分からない。

(別にいつものごとく、戯言だって思ってくれたら良かったのに)

 その辺りが良く分からないから、攻め方だって立てようが無い。
 グリーンが一体何に怒り、何を面倒くさがっているのか。
 まさかテスト勉強の流れからこんな所にまで至ってしまうとは思わず、まるでRPGのダンジョン中で不意に落とし穴でも見つけてしまった気分になった。
 だが、それはつまり、今まで見えていなかった部分であるというだけで。
 グリーンの中に眠っていた凶器であると同時に、奥底に鎮座する至宝であるとも思う。未開拓であるのだ。
 そこへ敢えて飛び込みたいと俺が思うのは。ひとえにグリーンの奥底に触れたい欲求があるからだろう。ならば、その欲求はどこから来ているのかと問われれば、――――どこからだろう。

「あれ」

 解答の存在するテストのようには行かない。
 透明な解答欄を手の平に眺める。
 
 俺が俺の中にある凶器と至宝を見つけるまで、あともう一歩。


*****
解答の揃ったラブレターなどそもそも、送れるはずがない
 
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