-3- シルフカンパニー本社ビルの占拠は、社員達が多く存在する平日の正午に行われた。一般人のフリをして俺が先陣をきり、受付に見学の申し込みをする体で現れる。子供の姿がこのとき、大きな役割を果たすことを知った。なにせ、まさか想像もしないだろう。俺がロケット団員であるなんて。 周囲が油断している好きを狙い、六匹のバタフリーをボールから解放した。大量の眠り粉を放ち、入り口ホールの人間達を昏睡状態に陥れる。俺が完了の合図を送って、他のロケット団員が入り口から流れ込んだ。一階から順番に、同じように眠り粉を使って制圧を続ける。動きを奪われた社員は結束バンドで拘束していく。社員のポケモン達はボールに戻し、そのスイッチを破壊していった。 シルフカンパニーとはそもそも、ポケモンに関連する道具を開発する組織であった。モンスターボールから始まり、ポケモンの進化に関係するものまで、幅広く研究開発がなされている。そこを占拠することは、より多くの資金源を確保する上で重要であった。そしてヤマブキシティの経済はこの会社が回しているといっても過言では無い。 そうして俺の動きがあったことで、ロケット団幹部が会社の制御プログラムを制圧するのも迅速であった。警備会社への通報がされることもない。誰もが気づかない内に、シルフカンパニーはロケット団のものになった。最上階へボスが向かう。社長をも拘束し、任務は完了となった。 誰も怪我人を出すこともなく、今回の計画が遂行できた功績は素晴らしかった。シルフカンパニーで開発中の、新しい道具のデータや資料が揃っている。より、ロケット団の行動計画を広げるには重要であった。 「レッド。よくやった」 サカキ様が、そうやって、俺を認めてくれる度に。 力が湧くのを感じた。 しかし。そこで邪魔が入る。一階を見張っていた団員からの連絡だ。 「子供がッ、侵入してきました!」 子供。そのフレーズが俺の気を引いた。 社長室のテレビ画面に、その様子が映し出された。 土煙が上がり、団員達が複数人、倒れている。 その向こうに浮かび上がったのは、見たことのある影だ。 俺は目を凝らした。直後、瞠目。 「ーーーーーーーグリーン」 あの、オーキド博士の孫だった。 俺がロケット団に入ってから、一切出会うことはなかったけれど。どうして彼がこんなところにいるんだろう。 とっさにサカキ様を見て、その様子を察してくれたのか、命令を下してくれた。 「行ってこい。レッド」 頷いて、走り出す。 俺の胸は破裂しそうだった。動悸が高まって止まない。喉を潰されそうだった。それでも、俺は向かわなければならなかった。足が止められなかった。過去の映像が目の前を交錯していく。それでも、今の俺は昔とは大きく変わった。今、グリーンと相対するとどうなるか。 負ける気など、一つもしない。 (ぶっ潰せ) かつて。ロケット団と会合した時の記憶が、蘇る。 あの時の興奮と熱量が、もう一度、俺の中に湧き上がってきた。 黒々しいヘドロが腹の底から競り上がってくる気分だった。俺は、途中で思わず嘔吐した。シルフの壁にもたれかかり、ちょっと足が止まりかけたが、目線だけは落とさない。先ほどまで、駆け抜けていた廊下が、途方もない距離に感じられた。あぁ憎い。今まで溜め込んできた全てで、俺の全身が塗り替えられていく。 こんなにも。俺の思考回路が単純であったとは思わなかった。あれ程、くだらないことを考え続けていたことには何の意味があったのだろうか。いや。だからこそ辿り着くことが出来た。大いなる価値があったのだ。俺が今まで、苦しんできたことは。 世界はシンプルだ。それゆえに、俺は、何でもなれる。今こそ。知らしめてやろう。 「オーキド・グリーン」 ゆらっ、と蜃気楼のように現れた俺に、グリーンは最初、誰だか分からないようだった。彼の周りには倒されたポケモンやロケット団員が転がっていた。彼も随分と、成長したようで。ここまでの人数をやってのけるには相当の体力が必要だったと思われる。ポケモン達のレベルも引き上げられているのが分かった。 「……誰だ」 「……」 「………? ーーーーーーーッ、?」 俺は一切の視線を逸らさなかった。 そうして。グリーンはようやく、理解したらしい。 瞳孔が小さく、収縮した。 互いに、何の言葉もない。 俺は、何も発さなかった。あの時のように。 グリーンは、死んだようだった。唇が。 「ーーーー侵入者は、排除しなければならない」 グリーンが動かなくなってしまったから。 俺はボールを取った。 出てきたピカチュウは、戦闘モードで全身から火花を散らしている。グリーンであることは、どこかで分かっているようだった。俺と、心臓が共鳴しているような感覚。 「ここはロケット団が占拠した」 「ッ、ふッザケンな! レッド、お前、レッドだろっ」 「これから。ヤマブキシティの中枢は俺たちが牛耳ることになった」 「許さねぇッ! どこ行ったかと思ったら、なにロケット団なんかに入ってんだ! おい! 無視すんな!」 「お前、殺されたいのか」 ピカチュウの電撃が、グリーンの足元に炸裂した。本気の攻撃であることは明白であった。グリーンの体が衝撃で向こうへ吹き飛んだ。こっちはポケモンを出しているというのに、何も抵抗しようとしなかった相手が悪い。俺は無表情に、足を進めた。グリーンの体は会社の壁に見事、叩きつけられた。僅かに大理石の柱が砕けたのが見えた。おそらく、彼の背骨にもダメージが通ったと思われる。 呻いて、どうに起き上がろうとする彼を、俺は見下した。こんなにも。小さかっただろうか。俺は、こんなちっぽけな存在に、苛まれていたというのか。本当に、情けない話だ。 「が、ぁ、アあッ」 「丸腰のまま、向き合うバカがどこにいる」 「て、めぇッ」 「なぁ。バトル、するんじゃないのか? ーーーーーいつもみたいに」 埃まみれの顔が、驚きに染まった。そして、直後、しわくちゃの紙のように、縮む。その顔は、俺には理解出来なかった。まるで、まるでグリーンが、ーーーー傷ついたかのような、顔をしていた。 「………そう、だな」 ゆらり、立ち上がった。 その手には、モンスターボールが握られていた。 俺は、笑顔が浮かんだ。 そうこなくては。 こんな一方的に痛ぶったところで、俺の黒い靄は晴れることはないのだ。 グリーンを、バトルで潰してこそ、意味がある。 「命を、かけろ」 俺は、高らかに宣言した。 一瞬で、間合いを取る。 先陣はピカチュウに切ってもらうことにした。 グリーンは、サンドパンを繰り出す。 久々のグリーンとのバトルは、今までにない興奮が止まらない中、始まった。 - - - - - - - - - - |