花侵食
※体に根を張る寄生花に蝕まれるグリーンとどうしようもないレッドの話。特殊グロ注意。※





 レッドの目の前で。グリーンが死んでいく。

「あ゛、ぁ」

 もう、声帯すらも冒されてしまった。





 白いベッドの上に寝かされたグリーンの体からは、青々しい葉と、瑞々しい蔓、真っ赤な花が咲き乱れるようになったのはいつの頃からだ。その根はグリーンの皮膚の下へ伸び、全ての筋肉、神経、血管、骨までも支配していた。グリーンは少しずつ、干涸らびていく。栄養をこの花に奪われている。彼の皮膚には多くの手術痕があった。幾度となく、この草木を取り払おうと行ったものだ。しかし、少しの根が残っているだけで、そこから何度も再生を繰り返し、グリーンを激痛に苛んで、精神を追い込んだ。体力を奪われ、医者たちはグリーンを見限った。「これ以上手術をしてしまえば、死んでしまう」悲痛な顔で告げた医者に、レッドは激昂した。そうして医者の顔を殴り飛ばした。自分自身の力の無さを、一番分かってしまっているが故に、怒りを他者にぶつけてしまった。そんなことをしてもどうにもならないのに。
 それから。レッドはひたすら、独学でどうにか出来ないか、各地を巡った。少しでも有力な情報があれば、海外へも飛んだ。秘境の地も訪れた。何か、何かあるはずだと。この世を隅々まで探せば。そう、探しきれば。この世のあらゆる現象を、手に入れることが出来れば。ーーーーーーーグリーンが、死ぬまでに。


 あまりに。時間がなかった。


 進行が早すぎた。花は、グリーンを養分とし、大きくなり過ぎた。気が付けば。病室の壁は草木に覆われた。その根を迂闊に踏めば、グリーンの痛覚に繋がってしまっていて。もう、レッドは近づけない。扉を開いて。かつて白かったベッドで横たわるグリーンの姿すら、もう見えない。憎々しい花が、勝ち誇ったかのように咲いていた。レッドはもはや、憎悪でも憤怒でも絶望でも、どんな言葉でも表せない感情に心を覆われていた。レッドは、グリーンの名を必死に呼んだ。微かに、返ってくる言葉はあった。

「グリーン」
「レッ、ど、おれ、しにたい」
「そんなこと言うな」
「しにたぃ」
「必ず、どうにかする」
「しにたい」
「グリーン」
「ころしてくれ」

 ボロボロ。涙が流れる。レッドから。グリーンから。
 そして、それが、最後の涙だった。直後グリーンは、眼球を奪われた。水晶体が細かい根に覆われ、視神経を失った。
 その二日後。声帯を奪われた。食道と肺を殺された。言葉を発せられない。
 グリーンに食事が与えられることもなくなった。意味がなかった。全て、草木の養分となる。草木に覆われて体が見えなくなってしまって、その下に干涸らびていくグリーンの体あることを想像するだけでレッドは嘔吐した。本当に、どうしようもない現実を、受け止めざるを得ない。繋がれた心電図だけでが、グリーンの生存を表していた。ぴ、ぴ、ぴ、と無機質な音だけが空間を支配していた。他の音が、無くなる。死んでいく。

 ポケモン達は、一切グリーンとは会わなくなっていた。会わさなかった。いくら彼らが会いたいと思ったところで、人間達がそれを許さなかった。しかし。このままではグリーンが死ぬことは、確実だ。もうわずか数日で。それならば、会わせてやりたいと。レッドは思った。
 グリーンのポケモン達を、見つからないようにパソコンから持ち出して、レッドは真夜中の病院に忍び込んだ。病室の扉からではなく、窓から侵入を試みる。扉の方は、根の張り方が強過ぎて、難しかった。
 慎重に降り立った病室。月光だけを頼りに、様子を伺う。グリーンの姿は一切見えない。大きな葉が、いかにグリーンを殺そうとしているのかが分かる。全てを吸い尽くす気だ。命すら。

 大きなポケモンは出せない。悩んだ結果、レッドはイーブイをボールから放った。賢いポケモンは状況を察した。床に根を張る植物の匂いを嗅いで、グリーンだと理解した。

「イーブイ」

 思わず。呟いた一言。
 突然。主人と引き離されたポケモン達の心中は、レッドには想像に難くない。
 うまく、根を避けながらイーブイは器用にグリーンの元へ向かう。ベッドであろう盛り上がりを登り、その葉の奥へ体を埋めていった。グリーンが、そこにいる。レッドは固唾を飲んで見守っていた。グリーンの他のポケモン達が、ボールの中でカタカタと揺れている。
 しばらくして。イーブイの動きが止まった。その微かな変化に、今まで多くのポケモン達と触れ合ってきたレッドは、察した。ーーーーーー進化、する。

「!」

 月光が、急に光強く窓から差し込んできた。イーブイへと収束する。
 あれほど。進化をしていなかったイーブイが。
 姿が見えないけれど、この状況であれば一つの可能性しかない。

 突如。青々しいであろう葉が、枯れ始めた。一気に茶色くなる蔓、花々。レッドは目を見張る。その全身から毒素を撒き散らしているのだ。何も、レッドは出来ない。しようとも、しなかった。グリーンが、レッドに頼んでいたことを。このポケモンが実行している。このおぞましい草花を、死に絶やすために。そして。


 グリーンを、救うために。


 数十分で部屋の蔦も根も枯れ果てた。花びらこそ干涸らびて床へ散っていった。現実が、急に迫り来た。朽ちた葉を掻き分けながら、ーーーーーーブラッキーが、一声鳴いた。
 
 レッドは。踏みしめて進んだ。不思議なことに、毒素はもう消え去っているようだった。ブラッキーが蒸発させてしまったようだ。パリパリと水分を無くした音が響く。レッドが近づくのをブラッキーは止めはしない。ただひたすら、グリーンを掻き分けていく。それを手伝って。ようやく、グリーンの体全て、浮かび上がらせることが出来た。ずっと。見ていなかったようだ。

 草木に全てを吸い尽くされ。もう骨と皮だけしか残っていない。ミイラのようだ。でも、それでも、レッドは笑顔を浮かべた。会えた、やっと。健やかな、表情で眠るグリーンに。

「あああああああああ」

 そうしてようやく。
 レッドは泣き崩れることが出来たのだ。



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あとがき
ツイッターにて。flower企画ですのでお花ネタです。

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