イカサマネタ いつもバーチャルの世界へ飛び込めば、現実逃避が出来る。ストレスフリーだ。そこで、俺はヒーローになる。 数多の敵を倒してきた。否、殺してきた。バーチャルの世界で。残虐な武器ではなく、シンプルに命を奪える武器で。日頃の憎悪に近い鬱憤を晴らす為に。現実には解放されることはない苦しみを、誤魔化す為に。それを繰り返していたら、いつのまにか俺に大金を投じる輩が増えてきた。俺が誰かを殺す様を、楽しむ人たちが大勢いることを知った。その内、働いているのかバカみたいになった。だからこうやって、俺はほぼ家での生活を繰り返していて、定期的に街を散歩して過ごしている。一緒に暮らしている人もいない。大切な人もいない。親もどこへ行ったか分からない。いつだって俺は独りで、死ぬ時も独りである。その終わりに向かって、ひたすら殺し続けている。それで金が入る。暮らしていける。 元々俺は保険会社に勤めていた。何かしら、身体的に危機が訪れた際に、お金を得られるようにしておく術だ。ある日、俺が対応した客の中で保険金殺人を起こした人間がいた。バカみたいだと思った。逆に病気になった時に助けられたと、俺に感謝を示す客もいた。訳が分からなくなった。俺の感覚が狂っていくのが分かった。もはや何が正しくて、何が間違っているのか、世の中とは何なのか、気持ちが悪くなってしまった。吐きそうだ。心臓から出る血液が、まるで油になってしまったかのようなドロドロさ。鈍く、重い頭が俺を支配する。 そこである日見つけたのが、バーチャルの賭博ゲームだ。現実から逃げ出したかった俺は、有り金を注ぎ込んでゲームのキャラクター登録を行った。失敗して破産したって構いはしなかった。自殺する理由が出来るから。 そうしてやり始めた賭博ゲームで、まさかの連勝記録を生み出すことになった俺は、ランク最高のMahapadma(マカハドマ)に君臨することとなった。 なぜこうなったのか。今から振り返ってみれば、他の参加者は金を目当てにこのゲームに参加しているが、俺は殺されたいが為に参加していることだった。 戦闘の舞台に立った俺は、非常に高揚したのだ。死ぬか生きるかの世界で、まるで別の生き物になったような錯覚。現実世界では決して味わえない。目の前に迫る敵に武器を向けること。ここで、俺が華々しく死ぬことは、世の中に刻まれる何かしら影響が及ぶのではないか、という妄想。 そう。俺を華々しく殺すキャラクターが、いるかもしれない。喉から手が出るほど、欲している。この俺を、バーチャルからも現実世界からも、消してくれる存在が! だが。中々希望に叶うキャラクターは現れなかった。どいつもこいつも、想像以上に軟弱だったのだ。バーチャルとは言え、殺す時の躊躇いが見える。ランクが上がって行けば質は上がっていったが、俺の理想のキャラクターは現れなかった。 ただ。最近になって。一人気になる存在が現れた。 「あーあ。今日もダメだったかー」 頭から機材を外し、椅子にもたれ掛かった。不意打ちに相手は気付かず、俺に殺されてしまった。 中々難しいものだ。俺はいつの間にか、理想の戦闘、理想の殺され方を求めるようになってしまった。相手に対して。彼は最近頭角を示してきて、俺とのタイマンを明らかに求めるようになっていた。いくらバーチャルの世界と言えど、異常な殺気が分かる。挑発行為も連発だ。それに、俺は嬉しさを覚えてしまった。彼は、俺を殺したがっている。何度も。めげずに。胸が高鳴った。初めて味わう感覚。 俺が戦闘に参加する度に、必ず彼は現れる。記録を見ていると、毎試合参加しているようだった。大概、エネルギーのいるゲームなので、年齢的に若い男なのだと思う。 ネットの世界では、そんな俺のキャラクター「R」と相手の「G」というキャラクターの話で持ちきりになることも多かった。客観的に見ても、俺たちの試合は中々面白いと思う。単純な殺し合いじゃない。相手の知略を攻略する為の戦いだ。いかに相手を騙すか、それが重要である。 そうして勝敗が決する瞬間は、俺も毎回飽きないほどの快感だ。 俺は彼に対し全勝をしている。いつ、これが崩れるのか、俺は楽しみで仕方ない。全力を出して負ける瞬間が、待ち遠しい。早く、彼のスキルが俺を超えることを、願う。 早く、俺を、殺してくれ! 「ねぇ、グリーンくん」 「あぁ゛?」 「君は、賞金を何に使ってるの?」 とあるホテルの一室で、グリーンは金ヅルの男と一緒にいた。「サービス」が終わったところだ。 風呂に入って身体を綺麗にし、着替えているグリーンに声を掛けた男は、最近成長している中小企業の社長だ。金はある。グリーンのゲーム挑戦を補佐出来るほどの。 「んなこと聞いてどうすんだ?」 「興味だね」 「はっ。プライベートなことには干渉しねぇ約束だろ」 「ふーん。プライベートなことに使ってるんだ」 「......ちゃんと金、次も賭けろよ?」 「分かってるよ。君と遊べるなら安いもんさ」 ははは、と笑う男にグリーンは嫌悪を示した。眉を顰めて、ジャケットを取って早々と部屋を出ようとする。これでまたゲームに挑戦出来る。頭の中は次の戦略を練るのに必死だ。武器はどんなものが良いのか。どうやったらあの「R」を殺し、マカハドマのトップに君臨出来るのか。 そんなグリーンを、男は呼び止めた。いとも、簡単な方法で。 「ねぇ。グリーンくん。あの男をいとも簡単に殺せる武器は欲しくないかい?」 ドアノブに手をかけたのに、グリーンの足は止まってしまった。 ゆっくり。男の方を振り返ると。下卑た笑いが浮かんでいた。 「実はこのゲームの開発者と、私の会社が広告関係で繋がってね」 細められたグリーンの瞳に、男もまた、笑みを深めたのだ。 - - - - - - - - - - |