君のワガママなら何なりと |
小学校中学校高校と昇り詰めてきて、大学に入学を果たした今でも好きな人というものは出来たことがない。 断言しよう。俺は恋愛に興味が無い。そもそも恋愛なんてものをしたがる奴の気が知れない。ただ異性を相手にしていかなければならないなんて、面倒臭いにも程があるだろう。俺の性に合うとは思えない。 告白を受けたことは何度かあるが全て断った。「前からずっと気になってました」「好きです」「付き合ってください」ありきたりな文句はもう聞き飽きた。逆に怒りが湧いたくらいだ。お前が俺の何を知っているという。俺はお前のことなんて一ミリたりとも知らないというのに。それで付き合ってだと、クダラナイ。付き合ってから徐々に互いの事を知っていけばいい、だなんて考えは持ち合わせてはいない。もしそうして、結局の所相手のことが受け入れなければ意味が無いじゃないか。 こんな俺を捻くれた思考回路だと貶す奴もいるだろうが、そういう風にしか考えられないのだから仕方が無い。俺にとって恋愛とはそんなものだ。別に、恋愛に必死になる奴を否定したいわけじゃない。そういう奴がいたって良いだろうけれど、俺はとりあえず興味がないってことを主張したいだけだ。 「グリーン、手が止まってるよー」 さて、そんなにも恋愛に興味がない俺が、どうして今更こんなことを掘り下げるに至ったかについて、だが。 どれもこれも全て、目の前にいる幼馴染のせいだ。別々の大学であるもののだいたい同じくらいにテスト週間が被って、一緒に俺の部屋で勉強をしているのだが、こいつにはつい最近まで彼女がいた。サークルの後輩だったはずだ。しかし別れたらしく、それをあっさりと言ってくるものだから呆れ果てる。そんなにも簡単に別れるようなことが出来るならどうして付き合うなんてことをしたのか。尋ねてみると「だって彼女欲しいから」だなんて頬を膨らませて言ってくるものだから、溜息しか出ない。彼女が欲しい、とそう思うのはなぜかと問いたい。 「なんだよ、そんなに俺が彼女と別れたの気に食わない?」 「……そんなんじゃない」 「じゃぁ何なんだよ」 どうやら眉間に皺が寄っていたらしい。自分が知らない間に不機嫌な顔を見せてしまっていたことに舌打ちをした。幼い頃からの付き合いだ、互いのちょっとした表情変化でだいたいのことを読み取れる技量は身についている。それが良いことなのか悪いことなのか、今の俺には判断しかねる。 真剣に相手をしたところで気力の無駄であることは分かっている。だからこんな話題とっとと終わらせてテスト勉強に集中することが時間の有効活用であることも良く分かっている。しかし、俺の中にある不満は膨らむばかりだ。こいつは一体何がしたいのか。 納得する理由があるなら良いのに、こいつからそんな理由が出てくるはずもない。ならば、その女と付き合っていた時間はなんだったんだ。俺からすれば無駄としか思えない。 「グリーンは真面目過ぎるんだって。もっと気楽にいきゃいいのに」 「お前が不真面目過ぎるんだ」 議論はきっといつまでも平行線を辿る。その前に、その線を叩き潰してしまおう。 今、一番大切なことは目前に迫ったテストだ。 こいつの腐ってふざけた恋愛論など聞くだけ無駄だ。今の俺の頭に入れる価値はない。 ノートに目を落として、問題の続きを解こうとした矢先。 ははっ、と笑いが聞こえた。 「グリーンだってモテるだろうに、勿体ないね」 そんな恋愛観じゃぁ、大学生活も楽しめない。 少し、見下された気がした。 おそらくレッドからすれば無意識な発言だっただろう。 パキッ、とシャーペンの芯が折れる。コロコロと欠片がノートの中央の溝へと転がった。しばらく指が停止する。自分で書いた数式の羅列が全く目に入らない。その代わりにサラサラと手を動かすレッドの姿を睨みつけるように見た。どうしてそんな風に見られなければならない。俺は俺なりに大学生活を楽しんでいるつもりだ。普段、別々の大学に通う俺達はそれぞれの大学生活中の姿を目の当たりにすることなんてまずはない。ならばレッドが俺の生活について評価が出来るわがないじゃないか。 無性に湧きあがった怒りに耐えきれず、バンッと机を両手で叩けば、レッドは目を丸くした。「ちょっと外に出てくる」と一言だけ告げると財布と携帯だけ所持して玄関へ向かう。外の空気を吸って、こんなくだらないことで苛立っている心を鎮めたかった。 しかし、後ろから伸びてきた手に腕を掴まれて、叶わなくなる。 「待って」 玄関の直前。焦りの含まれた声に、振り返る。 そこにいたのは罰の悪そうな顔をしたレッドだ。持っていたシャーペンもそのままに、俺の腕を掴んでいる。眉間に皺を寄せ、俺はレッドの手を払った。 「何なんだ」 「ごめん、怒った?」 「それを俺に訊くなよ」 馬鹿らしい。 怒ったか、だなんて自分で判断しろ自分で。 レッドを無視して靴を履いて、容赦なく外へ出ると。その後ろからまた着いてくる彼にもう何も言わなかった。無言でただ中途半端な距離を保って歩き続ける。妙に俺が勝ったような気がして、微かに笑みが零れた。 ***** 君のわがままならなんなりと、聞くと思ったら大間違い。 |