マイ・ジャイアニズム


 幼い頃から、コイツは俺をイジメているとしか思えなかった。それは俺のことが嫌いからだと決めつけて、今でもそう思っている。だから俺もコイツは嫌いだ。絶対に、仲良くなんてなれない。

 俺の兄弟は四人で、お隣に住む四人兄弟とずっと昔から縁がある。どうしてこうも見事に四人がそれぞれ同学年で同じ小学校、中学校、高校、大学と通い続けているのかはもはや分からない。神様の悪戯だろうか。いや、それにしても出来すぎちゃいないか。さらに嫌みの如く、他の兄弟同士は仲が良いのに、どうも俺と俺と同学年のお隣さんは先程も言ったが仲が悪い。現在、俺達は高校生だ。そうして同じ学校。嫌でも顔を見合わせるわけで。それがどうしても俺にとっては不愉快でならなかった。
 そもそも、俺は別にあいつに対して何か嫌なことをしたつもりはない。どうしてそこまで嫌われないとならないのか理解が出来ないのだから、俺が同じように嫌っても文句はないだろう。逆に、俺には明確な理由があるのだから、正当だ。
 そいつ以外のお隣の兄弟は本当に優しくて、良い人達ばかりだと思う。俺からすれば、一番優しいのは大学生のレッドさんだ。面倒見が良いし、俺にも良くしてくれる。どうしてレッドさんと同学年じゃなかったんだろう。兄貴と一緒に笑っている所を見る度に、変な嫉妬心が湧きあがった。
 別に誰から命令されたわけじゃないが、学年が一緒であるならばその者同士で遊ぶのが自然な流れなわけであって。他の兄弟達がそれぞれで遊んでいれば、俺も同学年のそいつと遊ぶしかなくて。逃げ場が無かったのだ。言い訳をすると。でも他の兄弟達の間に割り込む勇気は俺にはなくて、皆が仲良く遊んでいるのを見る度に羨ましく思った。どうして、俺とそいつはこんな風になれないんだろう。

 酷いことを言われて、今でも記憶にこびりついて離れない、あいつの言葉がある。
 それは確か夏休み真っただ中のこと。兄弟8人で海へ行った時。
 初めて海の中に飛び込むことが出来た俺は、それはもうはしゃぎにはしゃいでいた。弟のシゲルにまで呆れられるくらい。でも本当に嬉しかったんだ。ずっとずっと憧れていたから。そんな俺についてきてくれるのはレッドさんくらいで、ついでにグリーン兄も着いて来てくれたから、その二人がまるで俺の保護者みたいなポジションになっていた。貝を探してみたり海藻をふざけてシゲルのふくらはぎに押し付けてみたり。色々とふざけていた俺の所に、あいつはやってきた。その時から俺はこいつのことを良く思っていなかったから、その時の海水浴時も避けて避けてなんとか口をきかないようにしていたのに。どうしてか向こうから近付いてきて、そうして俺に一言投げつけて来た。

「バッカじゃないの、ガキみたい」

 鼻で笑って、いきなりそんなことを冷たい声で言われた俺は硬直し、その顔にあいつは海水を含んでドロドロになった砂を投げつけて来た。見事に鼻に入ったり目に入ったりで、痛くて痛くてたまらず、海水浴場に設置されているシャワー室に駆け込んだ。必死で真水を浴びて、何とかドロを落とした後はもう泣きたくて堪らなくなった。せっかく楽しみにしていた海水浴だったのに。あいつのせいで台無しだ。それまで楽しくしていた俺はもう意気消沈で、他の兄弟達がえらく気にかけてくれた記憶がある。そういえばあいつのことを赤さんが叱りつけていた気がするけれど、あいつは塵一つ気にしている様子は無かった。まるで、何か悪いことでもした?と言わんばかりの態度だった。それを見てしまい、余計に惨めになった俺。ぐずぐずと鼻水やら涙やら零して、その後はずっと兄貴達が設置してくれたビーチパラソル付きの簡易な椅子とテーブルに腰掛けていた。タオルでごしごし顔を吹いていたら痛くなって、それを見兼ねた緑兄が氷入りの水袋を用意してくれた。それを額に当てて、何とか血液の集中してしまっていた顔を冷やす。

「あいつの言うこと、気にすんな」

 ぽんぽん、と頭を撫でてくれた緑兄の手のひらを今でも覚えている。それくらい、俺は傷ついて沈んでいた。
 気にするな、と言われなくても、気にしないつもりだった。けれどどうしても、心にひっかき傷が出来てしまって、疼いてしまうのだ。あいつはきっと酷いことを言ったつもりなんて無いのだろうけれど、俺からすればあんなに泣きたいくらいの出来事だったのだ。それを理解してくれる日なんてきっと来ない。あいつは、だから、俺のことが嫌いなのだ。きっと、あいつは俺と同年代であることが、嫌だったのだ。もっと俺の兄弟の中で、緑兄やグリーン兄やシゲルの誰かと同年代でいたかったのだ。俺が、赤さんやレッドさん、サトシと同年でいたかったのと同じで。
 そう思う度にまた傷ついてしまう自分がいることなんて、無理やり見ないことにする。だって、そんなこと願っても仕方ない。俺はこの兄弟の三男坊で、あいつも三男坊なのだから。どうあがいたって変えられない事実である限り、俺がどれほど叫んでも暴れても喚いても、誰も聞いちゃくれない。

 そうやって月日は流れても俺達の関係が変わることは無かった。やっぱり、俺はあいつの事が嫌いで。というよりも苦手で。あいつが視界に入る度に体が一瞬震える。情けないと言われたら何も言い返せない。極力会話を交わさないようにすることだけで精一杯で。それでもなぜか向こうから話しかけられたりするものだから、常にビクビクしながら日々を過ごしている。

「本当にファイアと合わないんだな」

 ある日。グリーン兄が呆れるように俺へ零した。その言葉を肯定するように頷けば、どんどん気が落ちて行く自分。暗くなっていく顔にグリーン兄が溜め息をつけば、よしよしと頭を撫でてくれた。この年になってもまだ子供扱いな所がたまに気に食わないが、こういうときはその掌の暖かさが救いになったりする。何だかもう泣きそうになってしまうのも情けない。情けない。どうして俺はこんな風になんだろう。どうして、上手く心をコントロールすることが出来ない。
 自己嫌悪が滲みだして止まらない。いっそのこと、あいつにはっきり言ってしまった方が良いのだろうか。嫌いだと。いや、大嫌いだ、と。そうすればあいつはもう俺のことを見なくなってくれるだろうか。せっかく兄弟同士で仲が良いというのに、俺とあいつがこじれれば他の兄弟に迷惑がかかるだろうか。どうすればいいだろう。そんなことをグリーン兄に言ってみれば、「それじゃきっと逆効果だ」と言われてしまった。兄弟同士の仲の良さなんて考えなくても良いが、どっちにしろお前とファイアの為にならない、と。しかし俺とあいつの仲なんて無いようなものだ。それが消えてしまった所で何の問題があるだろうか。疑問符を頭に浮かべつつグリーン兄を見てみると「お前は本当に何も分かってない」とちょっと怒られる。どうして怒られるのか理解出来ない。キョトンとすれば、本日一番深い溜め息をついて、グリーン兄はそのままレッドさんと遊びに行ってしまった。いいなぁ、そんな風に一緒にどこかへ出かけることが出来て。俺だって、本当はあいつと仲良くなれるならそうしたい。

 別に兄弟だなんて縛りを気にしているわけじゃない。単純に、同学年のお隣さんと仲良くなれない自分がどうしても嫌で。でも相手があいつである以上は一筋縄にはいかなくて。そしてあいつが俺のことを嫌っているのなら、俺も嫌うしかなくて。悪循環にずっと陥っていることは分かっているのに、どうしても抜け出し方が分からない。
 グリーン兄に逆効果と言われてしまった以上、あいつに対して嫌いということを言わない方が良いことは分かった。しかし、他にどうすれうば良いんだろう。どうすればあいつは俺の事をいじめず、貶さず、馬鹿にせず、仲良くしてくれるだろうか。俺から何かしらアプローチをしかけるべきか。しかしその勇気が出ない。もうあいつに近づくことすら億劫になってしまっているこの状態だと、俺から何かしらアクションを仕掛ける勇気が出ない。ならばこの状態を継続させるしかないだろうか。悲しい。

 そんな悩み続ける俺に、転機が訪れたのは、体育の授業があったある日。

 絶対に体操服を持って来たはずだったのに、鞄の中を見るとそれが無くて。周りが着替えを始める中、俺だけが取り残されていた。クラスメイトが忘れ物をした俺をからかって、俺も何とか忘れちまった、と笑って返していたが、内心はどうしようかと焦っていた。その日は体力測定の日だったし、どうしても体操服が欲しかった。時間ももうギリギリになってしまって、仕方ないから保健室に借りにでも行こうかと思った時。教室に一人取り残された俺の所へ、最悪なタイミングであいつがやってきたのだ。扉が急に開いて、驚きに顔を振り返らせれば、あいつが息を切らして近づいて来た。その手にはなぜか体操袋が握られていて、俺は訳も分からないまま後ずさりした。けれど教室の端にまで追いやられてしまって逃げ場を失くし、その間にもあいつが俺に近づいて来て。

「本当に、君って馬鹿」

 グイッと目の前にさしだされた体操服に、目を丸くするしかなかった。左胸辺りに刻まれている名前には、確かにそいつの名前があって。どうやら体操服を貸してくれる雰囲気ではあると何となく察したが、どうしてこいつが俺の為に貸してくれるか理解が出来なかった。
 受け取ろうとしない俺に舌打ちをして、そいつは手近にあった机の上に体操服を投げつけて教室から去って行った。そのタイミングと同時に、授業開始のベルが鳴り響いて、我に返った俺はもう訳も分からないままそいつの体操服を着るしかなかった。そうして体力測定を何とか乗り切ったものの、問題はこの体操服をどう返すか、だ。お礼も何も言えなかった。

 そうして未だに俺の手に握られている、体操服。
 兄貴達に事情を説明すれば、なぜか笑われてしまって。
 やはり一人だけ理解が追いついていないらしい俺に、兄貴達は笑って「とりあえずお礼言ってこい」と言った。
 しかし、やはりあいつに話し掛ける勇気が出ないのも、確か。
 体操服を貸してくれた事実は嬉しいけれど、相手が何を考えているか良く分からないままでは、恐怖が少し心をに引っ掛かる。

 それでも、体操服を返さなければならないことは仕方ないのだから。
 何とか明日に、あいつと面と向かってお礼を言えるように。
 少し心がズキズキと痛みながらも。
 頑張ろうと、初めて自分から思えたことが少し、勇気を芽生えさせてくれる気がした。



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