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 グリーンと別れて、レッドは三日三晩走り続けた。

 そしてようやく辿り着いたのは、森の中で小川がせせらぐ穏和な土地であった。あまり人の手も加えられていない。そして狩猟にでも使っていたのか、誰も住んでいない崩れかけの空き家を見つけたことで、足を止めた。扉を開けてみると、隙間だらけで木も風雨に晒されて脆くなってはいるが、使えないことはない。
 さらに魔力によって家屋を修繕するのは容易い。周辺に町なども無さそうな為、尚更住みやすいだろうと判断した。なるべく、他の人間たちとは関わらない生活を送ろうと判断した結果だ。ひっそりと、その存在を大っぴらにしないように。人間たちに見つかり、悪魔にも情報が漏れてしまえば厄介なことになる。
 周囲には動物も生活していて、木の実なども豊富にありそうな環境。暮らしていくにはそれほど極端に不自由はしないだろう。

 グリーンと別れた直後、必死に力の限り走り続けたことで、随分気持ちが落ち着いてきた。心臓は血液を全身に送ることで必死になった。頭から様々な考え、予見が消えていく。ようやく心の整理が着いて来たのだ。そして、頭が冷静になっていく。レッドは、自分の決意に腹を括れていた。一人で、生きていく覚悟を。
 大きく息を吸ってから、冷たい川に顔を突っ込んで水を飲んだ。雪解け水か脳髄に染みる。顔を上げてから水も拭かないまま、レッドは前を見据えた。新たな生活に向けて、すぐ準備を始める必要がある。
 止まってなどいられないのだ。グリーンの行動が無駄にならないようにするには、レッドは生きなければ。

 と、思っていたのに。


「貴方ですね」

 不意に聞こえてきた声と、全身を襲われた魔力にゾッとする。
 レッドは慌てて顔を向けた。そこには、悪魔がいた。しかも五匹だ。身長もバラバラで、性別もそれぞれだ。信じられなかった。彼らが現れる直前まで、何の気配を感じることが無かった。その時点で上級の悪魔であることが察せられた。だが、そんなこと察したくもなかった。ぎりっと歯噛みする。
 まさか、もう悪魔がやって来るとは思いもしなかったレッドだ。声を失って、逃げることも出来ない。むしろ、この距離ではどうすることも出来ない。
 戦うしか。

「勘違いしませんよう。貴方に危害を加えるつもりはありません」

 一人の悪魔が両手を上げながらそう言った。レッドの心情を察したセリフだ。しかし信用など出来るはずがない。レッドは魔法を使う準備を始めようとしていた。そんなこと、相手にはバレるに決まっているけれど、自棄だ。どうせ殺されるなら、一矢報いたい。
 聞く耳を持たなさそうなレッドに、悪魔はため息を吐いた。

「グリーン様の直系である貴方に、お願いがあって来たんですよ」

 女性の悪魔がそのように告げると、レッドの心がブレる。瞠目して、魔法を発動しようとしていた気持ちが止まる。悪魔は続けた。

「このままでは、グリーン様の命がありません。どうか、お力添えを」

 直後、目の前の悪魔達は一斉に足を折ってレッドに平伏した。信じられなかった。悪魔が誰かに頭を下げるなど。

「我々はグリーン様直属の部下です。このまま、グリーン様が死ぬのをむざむざ見過ごしたくないんです。そして貴方はグリーン様の大切な「ご子息」にあたります。どうか、他の悪魔が貴方の事を嗅ぎつけて遊び半分に殺す前に、我々に着いて来ていただけませんか? もはや、この人間界も貴方にとっては安全な場所ではありません。魔界は今、グリーン様の反旗に「色めき立って」います。貴方が標的にされるのも時間の問題です」
「いや、でも」
「グリーン様は、貴方がこの世に留まることを望んだはずです。一人で魔界を潰し、貴方の命の安全を確保する為に。ただ、グリーン様のお父上は許さない。すでに、貴方に対する刺客を放つ準備は出来ています」
「グリーンの父親って」
「魔王様です」

 話には聞いていたが、改めてその事実を突き付けられてレッドは気が遠くなりそうだった。せっかくの自分の決断が、もはや意味が無かった気さえする。何の為にあれほど悩み、グリーンだけ魔界へ行くことになったのか。

「我々は、貴方を命に代えてでもお護りし、グリーン様の元へお連れします」
「グリーンは、それを望んでいない」
「ええ。ただ、この世界ですぐに殺されてしまうことも望まれていないでしょう」
「なら、この世界で俺のことを護ってくれたらいいんじゃないの? むしろ俺が魔界に行ったら、格好の餌食だろ」
「貴方は」

 意地の悪い笑みを浮かべていた。
 その悪魔は、何の迷いもなく言い放つ。

「グリーン様を、見捨てられないでしょう?」

 まるで、それが世の真理とでも言いたげな顔だ。レッドは、心の底を撫でられるような感覚と共に、自分の本音を暴露された。こんな初めて出会った悪魔に、どうしてここまで察せられてしまうのか、混乱した。レッドの様子に悪魔達は笑う。

「我々も、同じなのです」

 レッドは、彼らを信頼せざるを得なくなった。
 グリーンが見捨てられない。見捨てたくなど、ない。分かっていた。そんなこと。それでも、レッドはこの道を選んできた。それが、グリーンと自身の為になると思ったからだ。だが、それが言い訳であることも理解していた。本当は、グリーンと共に。
 いや。グリーンから言って欲しかった。

 ――――レッド、お前が必要だ。


 そんなこと。レッドから求めるべきことじゃない。
 自分自身がそうしたいのなら、そうすればいいだけのことで。
 グリーンの許可がいるかどうかなど、判断させるのはおかしい話だ。
 この悪魔達の声で、レッドは目を覚ました。
 目の色が変わるのを、彼らは見逃さない。


 そうして、彼らと共に、魔界へ向かう決意をした。
 腹を括るなどという言葉に、いかほどの価値があるのだろうか。
 だなんて、自嘲的な笑みを携えて、レッドは悪魔たちの後ろに着いて行って人間界から離脱した。



     *     *     *



 強大な魔力のエネルギー体を魔界へ落とし込み、混乱をもたらしたグリーンはあっと言う間に父親の待つ城へ足を踏み入れていた。改めて、グリーンは二十二番目の側室の息子である。つまりは兄弟や従兄弟が大量にいるわけだ。グリーンへ立ち向かってくる悪魔を容赦なく躊躇いなく切り捨てていると、その中に兄弟もいるかも知れなかったが、グリーンにはもはや関係がない。
 とにもかくにも。魔物を皆殺しにする。綺麗さっぱり魔界を清掃してしまおうというわけだ。何か躊躇い一つでもあるわけがない。
 グリーンの魔力のレベルは最上級のものであった。ただの悪魔では何一つ太刀打ちが出来ない。グリーンの父親である魔王は、まだ動いていない。彼の周りにいる悪魔は、グリーンと同等かそれ以上の魔力を有した軍団が控えているはずであった。こんな有象無象の悪魔たちなど比べ物にならない程の実力を有している。出し惜しみされていることは分かっていた。魔界はまだ何一つとして本気を出していない。

「邪魔だ」

 グリーンが両手を広げれば、襲いかかろうとしてきた悪魔たちは基本的に体を引き裂かれて死んでいってしまう。興味深い光景であった。グリーンに敵わないと知りながら何も考えずに飛び込んでいく悪魔たちの様が。
 こんな雑魚達を相手にしていても、グリーンの真意は叶わない。やはり親玉の登場が必要だ。だが、まだグリーンの行動が足りていないせいで、話が進まない。もっと、殺さなければ。
 彼の父親が、彼に興味を向けるように、仕向ける必要がある。

「うーん。さすがに城吹っ飛ばせば出てくるか」

 魔王の居城は、どす黒い湖のど真ん中に位置している孤島の上だ。そこまで石橋が架かっている。羽があるので飛んでいくことも可能なのだが、ここまで敵に攻められるのであれば歩いて橋を渡ったほうが楽であった。そうしてやっと正門まで辿り着いた。仰々しくデザインされた巨大な鉄の門の総重量は二トン程だ。見上げて、グリーンは一瞬息をついた。これからが、本番だ。

「ラスボスは大抵、二回はかかる。ってか?」

 最初。魔界にやって来た時に投げ落としたエネルギー弾と、同等レベルの力を掻き集めた。たとえ雑魚で力が無いとはいえ、ここまで至る為に多くの悪魔を殺してきたことで、グリーンの全エネルギーがある程度削がれている。

 ――――ドォンッ

 至近距離から放った。衝撃は、グリーンへ影響することも避けられない。それでも関係が無い。その風にのって、空へ舞い上がった。居城の扉はいとも簡単に吹っ飛んでいった。石を積み上げられて出来た城には、大穴が空いた。土煙が晴れていく。
 さて、誰がどう出てくるだろうか。辺りの気配に神経を張り巡らせた。何か、少しの変化でも見逃さ無い自信があった。

「おい、グリーン。大層な挨拶だな」

 嫌な声だ。
 顔をしかめて、グリーンは声のする方向に顔を向けた。あれだけ注意していたというのに。気が付かなかった。背後に迫れている。いつのまに。
 これでもまだ親玉じゃないのだから。グリーンは嫌になる。

「ワタル」
「お父上はご立腹だ。その責任、取ってくれるんだろうな」
「本当にご立腹なら、とっくに俺は殺されてる」
「ははは。確かに。いやーやっぱり君は一筋縄じゃぁいかないよね」

 当然だけど。

 グリーンに対する評価をしてくるワタルに、若干のイラつきを覚えたが、そんなこと気にしている余裕はない。ついで、グリーンを取り囲んだのはほぼ想像通りのメンツだった。グリーンが魔界を去る前に、おおよそ魔王の側近であった実力者達だ。
 全員が、険悪な顔を浮かべている。陽気なのはワタルぐらいで。
 黒い翼をはためかせ、全員がグリーンを断罪しようとしていた。
 皆がグリーンを殺したくてウズウズした殺気を纏っている。

「観念しろ、だなんて通じ無いだろうけど。グリーン、ここは大人しく捕まって父上に謁見すべきじゃないか?」
「はっ。それこそ冗談の極みだな。ワタル。もっと笑えること言えよ」
「うーん。手厳しいねぇ」

 直後、グリーンを囲っている悪魔たち全員から同時にあらゆる魔力が放たれる。瞬時に上空へ翼をはためかせ、いよいよ戦闘が始まった。真の殺し合いだ。

(どうすっかなー)

 だなんて思いながら、久々の命があるかないかの殺し合いに、グリーンは胸が高鳴る。これは悪魔の本能であった。むしろ、楽しいとさえ思う。やはり血は争え無い。


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