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「じゃーな、レッド」

 
 とうとう、グリーンが魔界へ旅立つ日。
 その背をレッドは、ーーーー見送ることにした。

「お前もすぐに出て行けよ」

 少しだけ、唇を噛み締めて。
 空間に溶けて消えていくグリーンの姿を、見届ける。
 別れの瞬間はあまりにも、呆気ない。


 季節は春を迎えていた。山頂にはチラホラと雪の名残は見えているが、ほぼ土地から消滅している。
 そんな中でレッドは期限のギリギリまで粘り、脳みそを渾身まで使って、レッドが出した結論を。グリーンは受け入れた。それで良いのだ、と心の中で思っていたことなど、一言も告げないで。
 レッドは、納得など到底、出来ていなかった。それでも、これが今の自分の精一杯の結論であった。この世に留まることを選ぶことが。

 グリーンの気配が完全に消滅したのを見計らって、握りしめた拳の行き場も無いまま、レッドもまた、すぐに自分の荷物を持って家から飛び出した。グリーンとは反対方向へ走り出そうとしていた。
 その前に後ろを振り返って、両手から火炎魔法を発動する。対象は、ーーーー住み慣れた家だ。
 ゴォッ、と唸り声を上げて舞い上がった火の手は、あっという間に木造の一軒家を飲み込んでいく。まるで蛇のようだ。一瞬にして焼き尽くすほどの威力は、レッドの成長の表れでもある。

 長年。グリーンと共に暮らした家を、レッドは自らの手で破壊した

(ーーーーー終わりだ)

 自分達の生活痕を追われない為の策であった。万が一、悪魔達がグリーンの足跡からレッドの元へ辿り着いてしまわないように。彼らの考えた、苦肉の策であった。
 思い出が焼き尽くされる。レッドの胸が、傷んだ。何より、グリーンからすれば最も思い入れのある家だというのに。
 それでも、彼らは立ち止まってなどいられない。これが、己の選択をした結果であるのだから。後悔など、している暇は無い。前を見据える為の犠牲ならば、厭わない。






 レッドはひたすら木々の間を駆け抜けた。雪の残渣もほとんど無くなった地面には、新しい命が芽吹いている。それを、踏み潰して駆けた。
 どこか、また暮らせる場所を探す為に。最低限の荷物だけを持って。今度は独りで暮らしていく為の場所を。もう、グリーンとは二度と会えないであろうことは分かっていた。魔界へ宣戦布告をしたグリーンの命は、もう奪われる未来を待つだけだ。レッドは、それを最期まで見届けない選択を取った。
 怖くて逃げたと言われればその通りである。自分の命が惜しかったと言われればその通りである。レッドは死にたくない。一度、死が確定した命だからこそ。何が何でも生き抜いてやりたいと思う。
 どれほどグリーンに世話になっていようとも、グリーンと血が繋がっていようとも。そこだけはどうしても譲れなかった、レッドの決意だ。

(くそ、くそ)

 ボロボロ流れる涙が視界を邪魔する。もはや、何の意味を持ってして流れているのかすら、レッドには良く分からない。それでも足だけは止めなかった。グリーンの背中が目に焼きついて離れない。魔界などという、レッドからすれば途方もなく未知の世界に旅立って。どんな結末を迎えるのか。
 そして、自分自身もまた、これからどうなっていくのか。

「死ぬまで生きろよ、レッド」

 この世に残る覚悟を表明した時に。
 グリーンはその掌でレッドの頭を撫でて、笑顔で告げた。これから死にに行くようなものなのに、そんな言葉を投げてくるグリーンをレッドは殴ってしまいたかった。出来るはずもないけれど。
 グリーンは本当に、死ぬまで生きるつもりなのだ。その命が尽きるその瞬間まで、きっと己の全てをかけて魔界を潰しに行くのだろう。容易に想像出来る。あの頑固な性格を、レッドは良く知っている。一度言った事は必ず実行する男だ。
 そして、グリーンの強大な力もレッドは側にいてヒシヒシと感じていた。魔界がタダでは済まない事態になるのは必至であろう。
 だが、その結末がどうなるのかは全くもって、予想出来ない。






「おー。懐かしい空気だな」

 数百年と姿を見せていなかった魔界の世界は、グリーンの記憶とほぼ変わり無いまま存在していた。多少の建物などは変わったてはいるが、相変わらずの真っ赤な空と、黒い太陽。そして黒々とした木々に、紫色の川。色のきつい配色をした世界は、人間世界に慣れたグリーンからすれば目に痛い。血と肉の匂いも漂っている。ここは、悪魔の道楽で命を奪い合うような世界だ。その辺りに屍体が転がっていてもおかしくはない。

「いっちょ、挨拶でもすっか」

 極力、次元の歪みも最小に抑えてやって来たことで、グリーンの来訪に気付いている悪魔はほぼ居なかった。もしかすると彼の父親ぐらいなら敏感に察知しているかもしれないが、対処するにしては間に合わないだろう。
 スッーーーと右の掌を天井に向けて、グリーンは数秒で巨大なエネルギー塊を生成した。半径数十キロを吹き飛ばす代物だ。

「演出は派手じゃねーと」

 にっ、と笑ったグリーンが何の躊躇いもなく、その球を崖の上から遠くへ放り投げる。それだけでも多くの悪魔の命を奪うことが出来るだろう。
 ドーム状に広がる衝撃波を眺めながら、グリーンは翼をはためかせて鮮血の空へと飛び立った。


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