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レッドとグリーンの住処は、一面の銀世界で覆われている。冬が、到来していた。



 レッドは、グリーンの元で修行をし続けて、己の力が増していくのを確かに感じた。そして、一体何が自分に出来るのかをよく考えるようになった。幼い頃はただ、グリーンの言うことを聞くしかなかった。そこまでの思考しか育っていなかったからだ。様々な知識を吸収して行けば、自ずと自分で考える力が身について行く。
 世の中では争いばかりが生じて、流れに対抗出来ない命は次々と死んでいくしかない。ずっと、レッドの耳には悲鳴がこびりついて離れない。それをどうにか出来るなどと、まるで英雄のようなことを思っているわけではない。わけではないが、ただ、一体自分に、この世界に対して何が出来るのかを見つけたかったのだ。

 確かに昔よりは強くなっている。それがこの世界に対して、どれほど影響を及ぼすのか。まだまだレッドはちっぽけだ。それでもこの世に生を受けたというなら、何か意味があるはずで。

 ーーー悪魔の後継になる為に、生まれてきただなんて、信じたくなかった。




「だから、別に関わりたくなけりゃいいんだぜ? それはそれで」

 その言い方が、また腹の立つことで。
 レッドの神経が逆撫でされる。

「強制じゃねーんだし」

 全くもって、納得出来ない言葉だ。
 ならば、そんな軽い気持ちで、今までの時間を費やしたというのか。処刑されるレッドを救って、わざわざ魔法を覚えさせて、ずっと一緒に暮らして来たというのか。
 どう考えても、この為に全てを準備してきたとしか思えない。最初から、このつもりであったに違いなかった。そして、レッドの選択をグリーンはきっと読んでいる。
 そこまで感じているから、レッドは尚更、胸糞の悪い気持ちを抱いた。

(俺は、グリーンの後継になんて、ならない)

 しかし。レッドは面と向かって答えを言えないでいた。心の中ではもうとっくに、導き出されているのに。なぜなのか。それは、レッドが知ってしまったからだ。
 もう自分には血の繋がった家族など存在していない、と思い込んでいたレッドは。グリーンとの繋がりが自分の命よりも大切になってきていた。失いたくないのだ。この世界で、独りで生きて行かなくてはならないと覚悟していたレッドに、舞い込んできた唯一の光だ。

 このままグリーンを行かせてしまえば。きっとレッドの知らない所で、グリーンは消滅する可能性もある。死んでしまう。唯一の家族が。それを想像すると、ぞっとした。母親が殺される時に感じたあの絶望と諦観を、もう一度味わうことになると思うと。
 それほどまでにグリーンの存在が心臓の奥にまで根を張っている。容易に切り離すことは出来ない。

(そもそも、後継ってなんなんだよ)

 彼らの住処から少し離れた場所にある凍った小川に、石を叩きつけて、レッドは雪の上に座り込んでいた。遣り場のない怒りと、混乱がずっと血管を巡っている。いつまでたっても排出されない。きっと、決断するその時まで。


 レッドは幾度となく考えた。もし後継になったらどうなるのか。ならなければどうなるのか。
 後者の想像はしやすかった。ただグリーンの背中を見送って、自分は家に残り、その魔力で生活を続行する。人間たちの争いは収まらず、もしかすればここまで火の手が及ぶかもしれない。それでも、どうにか生き残る為、最大限の努力をするだろう。ただ、それだけだ。
 もし前者であれば。どのような形になるのかは良く分からないが、グリーンとともに魔界へ旅立ち、悪魔達との全面戦争となる。どれだけ不利なことか。こちらはたった二人しかいない。いくらグリーンがどれほど強い悪魔であろうと、あまりに無謀な行為だ。

 他に選択肢は無いのか、と頭を巡らせても、今のレッドでは有効な手立ては思いつかない。一日中考え続けて、そしてやはり家へと帰る。レッド専用のベッドに入り、また夜が明ける。その繰り返しだ。ただ、タイムリミットだけが刻一刻と迫り来る。

「どうだレッド。考えまとまったか?」

 極たまに、グリーンがそのように質問をしてくる。
 今日も今日とて、晩御飯を食べながら問われた。
 レッドは、すぐに何か反応を返すことが出来なかった。言葉は慎重に選ばなければならない。どこをどう揚げ足を取られるのか分からないからだ。

「……まだ」
「そうか。あと一ヶ月半ぐれーだけど」
「そもそも、グリーンが勝手に提示した期限だろ。どうして従わなきゃならないんだ」
「なら、従わなくたって良いぜ? ただ、俺は勝手に出て行くからな。もし独りで暮らすってならある程度準備もいるだろ」
「……」
「それに、後継になるって言われても、ちょっと準備いるからな。すぐなれると思うなよ」
「後継後継って言うけど、なんなんだよ。前に来たあの悪魔は、普通は人間を後継にしないって言ってたけど」
「それはお楽しみってやつだろー。ネタバレされたって面白くねーじゃん」

 いつもこうだ。
 レッドが後継とは何なのかを聞く度に、毎回はぐらかされている。これがグリーンへの不信感を生んでいることは確実であった。まだそのイメージがつけば、返事の内容にも影響が出てくるというのに。
 ため息をついて、レッドはその日も答えを出さないまま、眠ってしまった。







 レッドの不満は良く分かる。分かった上で、グリーンはそれでもこんな態度しか取ることが出来ない。
 最終的にはレッドの判断に身を任せるしかないのだ。この決断は誰かに強制されるものではない。これは事実である。しかし、レッドはどこか己の意見を出せないでいる。グリーンは内心、困っていた。単純に、本音に、ここまで苦戦するとは思っていなかった。
 レッドであれば、思ったよりもあっさりと回答を示すと思ったのだ。その答えは「ノー」だ。彼はきっと、この世界に留まることを選択するはずで、グリーンはそれを一番望んでいた。
 湧いた愛情は真実だ。レッドに生きていて欲しいと願う心にも偽りはない。これ以上、自分の血脈の人間が殺されていくのは耐えられない。ただ、いつまでも側にいることは出来ないのだ。だから独りになっても生きていけるように、しっかりと身を護れる術を身につけて欲しかった。
 しかし、思ったよりも悪魔の介入が早かったのが計算ミスであった。ワタルはグリーンの父親の側近だ。つまりは、魔王の右腕に値する。そんな輩が直接やってくることも、あまり想定していなかった。

 どうして今更、こんな自分に父親が目を向けてくるのか、意味も分からない。確かに、魔女の血を継いだ人間を後継にするというのは、かなりのイレギュラーではあるが。王位継承権として優先順位の低い自分が、なぜ注目されているのか。
 嫌な予感は拭えない。それでもグリーンの行動は変わらない。魔界へ向かって、全面戦争を仕掛けるのは最初から決めていたことだ。

(ーーーーーー分かってる)

 こんな自分がそもそも、こうやってレッドと暮らせていること自体が奇跡なのだ。
 あるべき場所へ、あるべき姿に、戻る必要はどうしてもある。
 いつまでも仮初めの幸せばかりに浸っていてはいけない。



 冬を越せば、春を迎える。
 ただグリーンは、レッドの幸せを願うことしか出来ない。


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