-1- 悪魔と人間の女性が交わった存在は、魔女と呼ばれることになる。 初めは些細なきっかけである。悪魔の甘言に唆された女性が、秘密の契約を結んで力を得る。そうして魔法と呼ばれる力が生まれた。それは、人間を助ける力として活用することも出来るが、一方で災いをもたらす力であると忌み嫌われていた。 よって、能力を持った女性が次々と処刑されていくのが当然となった時代。 国は恐れたのだ。魔女が国を支配してしまう可能性があることを。常人ではない力は、早くに叩き潰してしまえ、というわけだ。 そんな過酷な中、どうにか身を潜め、存在を隠し、ひっそりと暮らす魔女達が多く存在していた。しかし、国が魔女狩りと称して活動範囲を広げれば、餌食となった女性達が多く処刑され、死んで行った。彼女達の悲鳴が、世の中にさらなる災厄をもたらしているのは事実であった。 憎しみと恨みが蔓延った世界は、人々に疫病をもたらし、災害をもたらし、しかしそれをまた魔女のせいにしては、延々と悪循環を繰り返す。誰もが止められない。 魔女は時折。子を成すことがあった。 それは人間だろうと悪魔だろうと、どのような相手にしろ。 不思議な事に。悪魔と契約出来るのは女性のみであるのだ。つまり、魔女から男の子が産まれたとすれば、それは貴重な人材となる。彼らは、魔法使いと呼ぶに近い。男でありながら魔法を使うことが出来る、稀な存在だ。 つまりは、そういった特殊な子供ですら、処刑の対象となる。 そして今日もまた、魔女の血を継いだ少年が、異端児として世の中から排除されるのは当然の流れであった。時代が、それを許している以上、仕方が無い。決して女性だけが対象ではないのだ。異端、と扱われるのは。少年は魔女の母を持ち、彼女はしばらく前に彼より早く火刑台へと上がらされてしまった。 兵士に捕らえられ、十字に組まれた太い丸太に縛り付けられた少年。火刑の準備が進んで行く。足下には多くの藁が敷かれ、臭い油が垂らされる。虚ろな黒い両目が、愚図な観衆を見渡している。 これはただの娯楽である。野次を飛ばされ、憎しみの目を向けられ、焼かれていく様を。誰もが見たくて堪らないのだ。そこに見い出される興奮は、このクダラナイ世の中にとって無くてはならないパフォーマンス。 ひっそりこっそり。森の奥で暮らしていた少年の生活を、暴き叩き潰し、国の兵士達は彼と母親を捕らえた。魔女である、ということだけで家畜以下の扱いだ。彼の母親は兵士共に強姦され、暴行を受け、とっくに光を失くした瞳を携えて、焼かれて死んでいった。最後に聞いた母の言葉は惨いモノだ。 「レッド。産まれたことを後悔していないかしら?」 生気が枯れ果てた母は、力なく笑っていた。 少年は怒りはしなかった。悲しみも抱かない。彼の母親が火あぶりにされる様を目の当たりにして、諦観したのだ。むしろ、この世界から脱却することを自ら望んでいた。後悔しているかどうかなど、明白であろう。 それが、この結果を生んでいる。抵抗は、何も導かない。 「さぁ、民衆の皆様おいでませ! 愚かな魔女の血を継いだコレが、今まさに火刑に処されますよ!」 高らかな宣言と、派手な掛け声と共に。火をつけろ、と一言添えられた。 兵士がそう命令を下せば、傍にいた別の兵士が松明を藁にかざした。一瞬で燃え移れば豪火となって襲いかかる。少年の両目で橙色が燃え始める。見開かれた双眸を、改めて観衆へ向ければ。皆が歓喜の声を上げていた。 (―ーーーーー母さん) しかし。少年の耳から全ての音が遠のいて、掻き消えれば、ただ一人の女性が目の前に現れた。熱が身体へ移りながら、叫び一つ上げないで、彼は全て受け入れるつもりであった。 もう何も要らない。そう、思った。もうすぐ、彼女の傍へも逝ける。 何て、幸せなことだろう。 煙が顔面を覆い、肺へ侵入してくれる。息が出来ない。皮膚を焼かれる痛みがじわじわ足元から襲ってくる。服にも燃え移ってくれば、いよいよ全身へ炎が巡ろうとした。それで良い。神経にまで届けば麻痺して何も感じなくなる。皮膚も筋肉も骨も焼け爛れれば原型を留めず、土に還ることが出来るはずで。 チリッ、とその黒髪を炎が撫でた。 刹那。 「いや、それじゃぁつまんねぇな」 邪魔をしたのは大きな羽音だ。 少年の目の前に、豪火をかき消して舞い降りてきた黒い翼。 いわゆる、悪魔だ。この世に魔女を生み出す原因となった存在。 少年に迫って来ていた熱も、あっさりと消え失せてしまった。 一瞬、空気が凍り付いた後、観衆が断末魔を上げた。傍にいた兵士達も恐れ戦いて、火刑台から身を離す。わらわらと逃げ出した人間達の姿はまるで、風に吹かれた塵芥のようで情けない。 武器を向ける兵士達の姿が、あまりに震えていて悪魔は笑えて来た。 少年は全く状況が分からない。 「ははは」 笑いながら、人差し指を軽く悪魔が振れば。兵士の身体が吹っ飛んでいく。辺りの民家に直撃して、意識を失っていった。当たりどころが悪かった者は死んでしまったかもしれない。そんなこと、悪魔には何一つとして関係がない。 「おい小僧。こんなことでくたばってじゃねーぞ」 獰猛な笑みであった。少年は、その瞬間に魅了されてしまった。高鳴った心臓の感覚が、焼き付いた。 悪魔は少年を軽々と丸太から解放し、掻っ攫っていった。はためいた翼に、誰も手を伸ばすことは出来ない。遠くに姿を消して行った悪魔と少年は、後世に語られる伝説となる。 悪魔の名はグリーン。と、言った。 * * * 「ほんと、お前才能ねーのな」 人里離れた森の中。木で出来た簡素の家が一軒。そこに二人は暮らしていた。 一本の木を前にして、息を上げているレッドに。グリーンは腕を組みながら呆れたように告げた。しかし、レッドは大量の汗を流しながら応えた。 「だって、グリーン、俺、やっぱり、無理だって」 「何言ってんだ、お前それでも魔女の子供かぁ?」 「火を吹けとか、それ、絶対、無理」 「なっさけねー。自分の身を護る為だろ、弱音吐いてんな」 それより火を吐け、と横暴にグリーンはレッドの背中をげしっと蹴る。つんのめって倒れたレッドは、涙目でグリーンを見返したが、今は教えてもらっている身として、横柄な態度も取れない。 そもそも。この悪魔に対して逆らおうとすることが、自殺行為だ。 「ほれ。やってみろ」 顎で指し示せば、レッドはよろよろ立ち上がって。また木に向かって気を集中させた。 風が穏やかで、晴れた日のことだ。 グリーンがレッドを火刑台から助けて以来、二人はここで暮らしていた。もう三ヶ月程、経っただろうか。 グリーンは正真正銘の悪魔だ。その頭から二本の角も伸びている。一方、レッドは魔女の子である。父親は誰か知れない。だが、母親の血を継いでいる以上は、魔力も持ち合わせている人間であった。 「何の為にお前を助けたと思ってやがんだ。能力使えなかったら意味ねーじゃん」 「そんなの、俺、知らない……!」 「あーぁ。とりあえず休憩だな。飯にすっぞ」 「えー。またイモリ?」 「文句言うな。身体に良いんだぞ」 一向にレッドから魔力の出現を感じないグリーンは、溜め息をついてインターバルを提示した。しかし、レッドにとってはこれもまた全く嬉しくは無い。この数ヶ月でだいぶ慣れて来たとはいえ、それでも食文化の違いに慣れることは難しかった。 火刑で死ぬ間際であったレッドが、こうやって生きていることは奇跡だ。それは、レッド自身が一番実感している。グリーンという悪魔は、レッドにとっては衝撃であった。腹の底を撫でられたような感覚と共に、魅了されてしまったのだ。 だが、いきなりからの共同生活はレッドへ負担をもたらした。それもそうだ。悪魔とは、人間とは全く懸け離れた存在であるのだから。 「うげぇ」 「一気に食えよー」 イモリをグリーンが魔法で焼いて、それを少しずつ齧るレッド。そんなことをしても味が余計に分かって辛い。しかし一気に食べるにも勇気がいって仕方が無い。レッドは、ここでも涙目になりながら口を動かした。 「魔法さえ使えりゃ、好きな食材調理出来るようになんだから、頑張れ」 「ううう……」 「はは、ほんとお前虐めたくなるよなー」 ぐしゃぐしゃと髪の毛を撫でられて、レッドの心に悔しさが湧く。余裕の表情でグリーンはイモリを一気に腹に入れると、立ち上がった。 「五分後、もっかい特訓すっぞ」 こうした生活を送って、よく身体が保っているなと、レッドは自画自賛するしかなかった。誰も誉めてはくれない。 その日も結局、レッドの口から火が出ることは無かった。陽が沈み、逢魔ヵ時の迫ってきた頃。疲労困憊になって、動けなくなったレッドを担ぎ、グリーンは家に戻った。 「お疲れさん」 「うー」 「また明日だな」 呻き声を上げるレッドをベッドに降ろす。すぐに彼は寝入ってしまった。確認して、グリーンは外へと飛び立った。あっという間に上空へ羽ばたけば、遠くの町並みで火の手が起こっているのが見える。 争いが耐えない世の中。クダラナイ人間の、欲で渦巻いた世界だ。そこに悪魔が加担している場合も少なくは無い。人間の闇につけ込むのが彼らの仕事となっている。 遥か昔は、悪魔もこうではなかったというのに。 「ちっ」 無意識に零れた舌打ち。 翼をはためかせ、グリーンは戦火の地へ向かった。 - - - - - - - - - - あとがき ハロウィン意識作品。 |