リハーサルネタ
※バンドネタ続き。いよいよ本番の迫る二人。※







 レッドとグリーンのコラボライブのチケットは、想像以上のスピードでハケていった。そもそも表立って活動して一定のファンを獲得していたグリーンと、滅多に表に立つことはないがネット上で確実にファンを獲得していたレッドがライブをするとなって、興味を持つ人間が大勢いたからだ。特にグリーンのファン層は、一時休止状態からの復活ということもあって、その波及効果がチケット完売の事態をもたらした。
 用意した「箱」は元々、二グループのファンのことを考えて少し大きめにしておいたが。それでもいっぱいいっぱいになりそうで、バンドメンバーに緊張が走っている。

「余裕を見積もって五百席で用意してたけど。それでもキツキツそうだな」

 明日の本番へ向けて、照明と機材、そして席の準備をしている全メンバーが嬉しい悲鳴を上げていた。それだけ、彼らのバンドが認められているという証拠でもあった。

「リハーサル三十分前です」

 準備を進行している担当からの声が上がり、全員が返事をした。グリーンは、無意識に自分の喉に指を伸ばした。ちゃんと、歌えるのか。緊張が大き過ぎてどうにかなってしまいそうだ。脈動する心臓の音の方が、むしろ大きい。リハーサルの段階でこんな状態であるならば、本番は一体どうなってしまうだろう。今まで、こんなプレッシャーを彼は感じたことがなかった。
 用意していたペットボトルの水を呷って、深呼吸する。そもそもデュエットをすること自体が初めてである為、何が起こるのか想像も付かない。何より、果たしてこの世界観を、見ている人々に受け入れてもらえるのだろうか、という不安。
 しかし少し距離が離れた場所にいるレッドは、むしろ飄々としていた。あれほどライブを嫌がっていた男が、どうしてここまで落ち着いているのか。グリーンは恨めしく思う。
 その視線に気が付いたレッドだったが、明らかに緊張しているグリーンのことを、鼻で笑った。

「カチンコチン、って表現がそこまで似合う人も、珍しいね」

 今まで燻っていたグリーンの胸にある火に、油が注がれた瞬間だった。あまり対抗心を燃やしたことの無かったグリーンが、レッドの言葉によって奮い立たされている。
 その感覚を素直に受け入れたくなくて、グリーンはこの想いを全て歌に乗せてやろう、と思ったのだ。









 二人が使用する曲は、グリーンの曲を原型として、それをレッドがアレンジしたものとなった。
 レッドが「グリーンの好きな曲を選んでいい」となった後、グリーンが考えた末の妥協案であった。自分ばかりが選んでしまっては不公平になると考えたのだ。
 アレンジというものをしたことがなかったレッドであったが、グリーンの提案を素直に受け入れた。こうしてレッドとグリーンの世界観の入り混じった曲が完成し、練習を行って、いよいよ本番を迎えることになる。
 バンドメンバーも彼らのグループからの選抜が行われた。その中に、ドラムとして選ばれたゴールドがいる。グリーンの推薦であった。

「グリーンさん」

 リハーサルも終了し、大量の汗を流しながら水分補給を行うグリーンの元へやってきたのは、同じく汗だくになったゴールドだ。その声には興奮が含まれている。どうにか声色で押さえ込もうとしているが、口の端々から漏れ出しているのが良く分かった。

「俺、今まで一番、最高な気分っす」
「そりゃ良かった」
「始めはどうなるかむしろ不安で、どうしようも無かったんすけど……俺、やっぱり良かった」

 先ほどのリハーサルで、ゴールドは素晴らしいドラム技術を披露した。それをレッドもまた感じただろう。曲の土台として、彼らを支え、さらには追い風としての役割を果たした。

「グリーンさんは、ほんと、俺にとって一番のボーカリストであり、創作者だ」

 しかし、それら全て、歌い手である彼らの想いが乗っているからこそ、であった。ゴールドはそこを汲み、アウトプットしたに過ぎない。
 グリーンとレッドの組み合わせは、想像以上に他のメンバーに影響を与えていた。彼らが一人一人だけで歌っていた時には表面化していなかった、彼らの奥深い想いが見え始めたのだ。

 そして、当人達が最も実感していただろう。
 舞台の真ん中で、一人でマイクを持って立つことと、そうでないことの違い。何より、彼ら二人であることの意味が、彼ら自身にも大きな意味を持ち始めた。
 一番、歌っていて気持ちがいいのは、レッドとグリーンであった。グリーン自身、ここまで攻撃的で精錬された、けれど尚且つ気持ちよく漂える空間に身を投じることが出来るとは、今まで考えもしなかった。新たな感覚と出会い、脳髄に電撃を叩き込まれている気分。高揚感が、ずっと続いていた。
 それはレッドもまた、同じであった。






「グリーン、これ」

 リハーサルも終わって、明日の本番に向けて帰ろうとしていた所、グリーンの元へやってきたレッドは、折りたたまれた紙を渡してきた。

「なんだ、これ」
「さっきのリハーサルの、僕の感想」

 グリーンは目を丸くした。
 先ほどまで、あれほど慌ただしく準備やら後片付けやらで、全員が奔走していた中、しっかり駄目出しをレッドは持ってきたのだ。

「あくまで、主観だけど」

 多分、君の思っている所と共通している箇所もある、と。

 レッドの表情には少しの疲労が見て取れた。それもそうだ。グリーンも同じようなものだったから。しかし、その紙を受け取ってグリーンは頭を軽く下げた。

「ありがとう」

 レッドと対面して、自分の世界観が根底から崩れ落ちたと思った。もう一度、自分の足で立てることは難しいかもしれない、と追い詰められた。しかし、こうやってレッドと歌える機会を与えられたことで、グリーンは今まで以上に広がった世界の中で、絶叫していた。
 レッドは破壊と再生の使者であったと、グリーンは感じている。やはり、この二つは表裏一体であるのか、と。
 かつて、グリーンが自分の命を壊そうとして、それがあったからこそ、復活していった様と、共通する部分があった。

「今更、何言ってんの」
「こーゆーのは、ちゃんと口に出さねーとな」
「それを言うなら、君の意見も聞かせてよ。僕が不安だから」

 口を尖らせて、レッドがそのように告げれば、グリーンはそうだなぁと少し考えた。紙にまとめるだなんて几帳面なことをしていなかったので、直感で今日のリハーサルを振り返って一番、伝えたいことを言うことにした。

「その髪型、変えた方が良いんじゃねーの」

 今度、目を丸くしたのはレッドの方で。
 未だに彼の顔にかかっている黒い前髪を一束摘んで、グリーンは引っ張ってやった。いてて、と声を漏らしたレッドだったが、直後に、二人は喉から笑い出した。

「確かに」
「だろ? 勿体ねーよ」
「いや、勿体ないなんてことはないさ。ただ、今日のライブじゃぁ邪魔にしかならなかった」

 レッド自身、自分の前髪を掴んで、そんなことを言った。
 これは、レッドのバンドメンバーからすれば驚愕の発言であった。前髪で顔を隠すことは、彼の心が全て現れた結果であったというのに。そんな彼が、前髪よりもライブでの歌いやすさを優先しようとしている。つまり心が、レッドの中で変化しているということだ。

「良いこと、言ってくれたよ。グリーン」
「おう。明日までに切れるか?」
「うん。どうにかする」

 じゃぁ、明日。
 と、一言告げて、今日は解散した。
 いよいよ本番が秒刻みで迫ってきていた。
 昂ぶる胸を抑えきれず、グリーンは無意識に自分の胸に手を当てた。

(早く)

 あの燃え盛るような空間へ、身を投じたい。
 その一心であった。



- - - - - - - - - -
あとがき

×
「#お仕置き」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -