color WARing -35- 初めてのプレゼントは「月の石」だった。 「これを使うと、進化するポケモンがいるんだ」 手にとって、その質感を確かめて、一見その辺りに転がっていてもおかしくはなさそうな石であるのに。ポケモンへとてつもない影響をもたらすことが出来るのだ。 父からそれを聞いて、僕は心の中に湧き上がる興味を止められなかった。 ポケモンが進化する、その発言は感動を呼んだ。そして、実際に進化するのを目の当たりにした。ニドラン♂から育てたニドリーノを、月の石でニドキングに進化させた時のことだ。駆け抜けた衝撃は、一気に僕を引きずり込んだ。 その頃にはもう、気が付けば夜になるまで石を探し続ける日々が始まった。それは大人になった今でも変わらない。石にはどれだけの可能性と力が秘められているのかを、求めずにはいられなくなった。 これが、僕の使命だ。 (それは、あいつも同じだったろうに) 握りしめた指輪が、現実を知らしめる。 あの日。もう一人の僕が置き去りにした指輪だ。 手持ちのポケモンは、僕のせいで全て消滅したと彼は言っていた。それは、あのレッドというトレーナーと同じ気持ちであるのだろう。誰もが、誰かのせいにしなければ、その憎悪の置き場をどうすることも出来ない。 きっと、僕も同じ状況であれば。同じように、行動するだろう。もしかすればほんの少しでもズレが生じていれば、彼の位置には僕が居たかもしれない。それを思うと、頭がどうにかなってしまいそうだ。 誰にも、何の罪も無い。ならば、どうしてこんなに全員が苦しまなければならないのだろう。 ホウエン地方、サイユウシティはチャンピオンロード、ポケモンセンター、そしてポケモンリーグが存在するのみで。ホウエン地方のトレーナーの頂点を決する為だけに使われている土地だ。かつて、この場所で、あのリーグの頂点から、世界を見下ろしていたと思うと。今、見上げる立場になって、感慨深い気持ちを抱いた。こんな状況でも、やはり自分がポケモントレーナーであることを思い出させてくれる。一瞬でも、安らぎを与えてくれるのだ。 デボンコーポレーションがホウエン地方にもたらした技術は素晴らしいもので。それを作り上げた父はとてつもなく偉大だ。その一方で、僕は世界に存在するあらゆる石を求めて、駆け回っていた。その中には多大なる力を秘めた石もあった。出会う度に、僕は子供の気持ちに戻って、最大限に楽しんでいたのだ。もう、そんなことも出来なくなってしまった。そして、この先も。 かつてマグマ団とアクア団によって、グラードンとカイオーガがこの地方を危機的状況に追い詰めた事もあったけれど。多くのトレーナーの結束によって解決に導いた。それが今ではどうだ。むしろ、トレーナー同士の争いと化している。潰し合いだ。底なしの沼に、全員が両足を突っ込んでる。 僕の周りの転がっている数多の屍体もまた、沈んだ結果だ。 (いよいよ、ポケモンの全消滅が近付いて来たか) 今回、襲ってきたテロ集団は全員が「銃」と呼ばれる武器を所持していた。今までであれば手持ちのポケモンを使うトレーナーが多かったというのに。それは、向こうの世界の消失がもう、限界を迎えていることを示していた。 しかし、彼らの所持していた銃では、僕の鋼タイプポケモンにはほぼ抵抗出来なかった。全ての弾は強固な皮膚により弾き飛ばされる結果に終わる。そしてボスゴドラ、メタグロスを連れていた為に、地震と破壊光線で全滅させることは容易かった。ーーーー命を奪うことは容易かった。たった一つ、攻撃命令をするだけだ。そう、物理的に命を壊すことは僕にでも出来る。こんなにも大量に、一度に。 そこに、精神的な躊躇いさえ無ければ。 もう、僕の感覚も、すでに本来の人間性を失っている。 いや、そもそも本来の人間性というものも、何だろう。 命を奪わないことが、本来の人間性というのだろうか。そもそも、どうして命を奪うことは罪であったのだろうか。それは一体、誰が決めたルールであったのだろう。今では、これほどの命を奪っても誰も僕のことは裁かない。むしろ、命を奪うことを望まれている。別の世界の命であるから、許されるのか。もはや、正しいだとか、間違っているだとか、そんな観点で物事を見てはいけない。 命を奪うことが悪とか正義だとか。そんなレベルの話はとうに終わっている。問題は、自分の命がどうであるか、それだけだ。自分の命が奪われる危険があるならば、その危険を孕んだ存在をこちらから消さなければ。殺さなければ。自分が、死んでしまう。 死ぬのは、嫌だ。 その気持ちが、全ての気持ちを上回った時に。躊躇いは消失した。そして、一つ奪ってしまえば。後は、どれだけ奪っても話が同じであると知った。もう、元には戻れない。 ドォンッーーーー! 全てを置き去りにして、去ろうとした時。 少し距離が離れた場所で、爆発音が響いた。 衝撃が体に届いて、吹き飛んで来た瓦礫から身を守る為に、メタグロスを咄嗟に呼び出して、サイコキネシスを繰り出した。全ての瓦礫を回避する。 立ち込める煙は、その向こう側にいる存在を予兆させる。予感はした。こんな死体の積み重なる土地に、しかも平然と攻撃を加えて、足を踏み入れてくる存在。 「見事に、やってくれたな」 砂塵の中から現れ、吐き気を催す腐敗臭を切り裂いて聞こえてきた声に、僕は覚えがあった。赤が、染める人物。 至極、楽しそうな声で。神経を逆撫でるには充分。 「やぁ、久しぶりだね」 「やっぱり。この銃じゃぁ、対抗出来なかったか」 「……この集団は、実験台だったのか」 「まぁ、あんたが死ねば、そうじゃなかったって話なだけだ」 飄々と、まるでこの風景が見えてはいない。どうでも、良いのだろう。こいつの感覚は、俺のそれよりもさらに上の場所にある。向こう側のリーダーとして、恐怖を武器に殺戮の指揮をとる。それは、一体、どんな思考であろうか。理解したくもない。 「さっきの攻撃は、その妙な機械を使ったのかい?」 「そうなんだよ。俺達の世界の、新作だ」 彼の両腕で構えられた、長い金属製の筒。てっきり爆弾に近い何かかと思っていたが、そうではなかったらしい。その口からはもうもうと煙が上がっている。こんな、両手で抱えられるようなサイズの筒から、あれほどの衝撃を生み出すとは一体、どういう仕掛けなのか。 「これで、殺せるんだ」 その笑みと共に、湧き出た殺気が、一瞬で空間を覆った。 僕は、反応が遅れた。 それが、余りにも、人間のする顔ではなかったのだ。 逃げなければ、という本能が、恐怖で抑え込まれてしまった。 「ポケモンと一緒に逝けるなんて、幸せだな」 俺は、そうはなれなかったんだ。 その声が、届いて。 直後、爆音が届いた。目の前の筒から、何かが一瞬で発射された。メタグロスへ攻撃命令を加えようとしたが、遅い。間に合わない。 強固なメタグロスの体を、その何かが貫通した。嘘だ、と思った。鋼ポケモンの体が、貫かれるなど。 それは、そのまま俺の眼前に迫り来る。 ーーーー死にたく、無いのに。 内臓から、霧散する。 直後、痛みを感じる間もなく。 全身が四方へ弾け飛んだ。 main ×
|