打ち合わせネタ ※グリーンの自傷行為があるので、ご注意ください。※ 「ねぇ、グリーンくんも研究者になるの?」 小学生の頃から、グリーンの脳みそを削って埋め込まれてきたセリフ。 グリーンの両親は有名な物理学者で、父方の祖父は生物学者の権威でもあった。いわゆる研究者一族の家系に生まれたグリーンは、見てくる周囲の視線がある程度偏っても仕方がなかった。グリーンは、今となってはそれらの視線は差別であったと思っている。 たとえ本人達にその気が無かったとしても、許されないことだと感じていた。だが、幼いころに、その視線に抵抗出来なかった自分の弱さもまた、グリーンは悔いていた。 言葉の力とは恐ろしいもので、グリーンが成長していく度にまるで鎖の如く彼を雁字搦めに縛り付けた。周囲は何の悪気も無かった。しかし、その一人一人の少しの期待が、塵のようにグリーンの背中に積もって行った。それだけのこと。 そして期待と反対のモノも、同時にグリーンへ伸し掛かっていったのだ。 「あら、グリーンくん。こんなことも分からなかったの?」 些細なミスや失敗を、周りがそのように「評価」することもまた、グリーンの中へ降り積もる塵を加速させた。二重苦だ。しかしこれもまた、周りに悪気があったわけではなかった。ただ、グリーンを圧迫する要素になっただけだ。キリキリと喉を締め付けられて、いつしかグリーンは呼吸の仕方が良く分からなくなってしまった。 そして気が付けば。グリーンは立っていられなくなってしまった。己の両足では。立とうとも、しなくなっていた。 何をしたいかも、何をすれば良いのかも、なぜ自分の人格がここに存在しているのかも、グリーンにはもう分からない。どうでも、良かった。 「グリーンッ」 ある日、グリーンの姉であるナナミの絶叫が響いた。 高校へ行く時間になっても起きてこなかったグリーンを心配して、部屋を見に行ったのだ。すると、グリーンがベッドではなく机に突っ伏していた。そこから大量に滴っていたのは血液だ。カーペットに染み込み、鉄臭が部屋を覆い、グリーンの体温は死んでいた。 グリーンの腹部には包丁が突き刺さっていた。台所から持ち出していたのだろう。ナナミが急いで救急に連絡をした段階ではかなりの出血量だった。 今から思い返すと、自死に至ろうとするにはあまり効果的な手法ではなかったとグリーンは感じている。より、もっと的確な方法は他にもあった。 だが、それでもグリーンがこの手を選んだのは、己の生を他者に委ねたかったからだ。命が助かれば、まだグリーンには生きている意味があるのだと思えた。そこで死ねば、そこで終了。何て自己中心的な考えで、迷惑で、周囲のことを全く考えていない行為だろうか。と、いくら非難されようとも関係が無かった。 なぜなら、どちらにせよグリーンには意味を見いだせなかったからだ。生きている意味も。死ぬ意味も。そもそも、自身の人格が存在する理由が。何一つとして思い付かなかった。グリーンという人格でなくても良かったはずなのに。どうして自分はここにいるのか。全く別の人格であっても良かったはずなのに。こんなにも傷ついて、押し潰されて、息も出来なくて、この世には何の価値がある。 「…………あーぁ」 白い病室で、天井を見上げて、 グリーンは、一命を取り留めたことを知った。 つまりは、まだ何か、意味があるのだ、と思いたかった。自分には、生まれてきた何かの理由がある。腹部には傷が残った。それが、グリーンに告げている。お前はまだ、死ぬべきではなかったのだ、と。見舞いに来る人間の言葉はそれぞれで。どうしてこんな行動に至ろうとしたのか気になって仕方がないだろうに、それを聞けない者や、ハナからグリーンの行動を叱責する者、グリーンの行動を嘆く者、様々で。しかし、どの言葉もグリーンには響かなかった。それよりも、自分の意義を見つけることに頭が必死だった。何かが欲しい。生きて居て良いんだ、と教えてくれる何かが。 だが、頭を動かしているだけでは見つけられるはずが無かった。 そもそも。グリーンの世界が狭すぎたのが問題であった。それに中々気が付けないのは、学生の性なのかもしれない。家と、学校しか往復しない世界では、考えの視野が狭くなっても当然のことだ。 だからこそ、一歩外へ踏み出せるきっかけがあれば。一気にその世界が変貌する。 それが、グリーンにとっては。音楽の世界だったのだ。 しかし。彼の中での評価への恐怖心は、未だに拭えることはない。特に、人格を否定されるような発言は、過度なストレスを引き起こす。よって、今回の事態が発生した。いくら忘れようとしても、経験を完全に消し去ることは不可能だ。 「曲は、君の持ち曲で良い。決めてくれ」 レッドからの提案で、一緒に歌うことになったグリーンは。未だに混乱した頭で、ファストフード店で打ち合わせをしていた。基本のメンバーも、レッドのメンバーとグリーンのメンバーからそれぞれ選出することになった。そのような形を取るならば、練習もしなければ客へ見せられるライブにすることは出来ない。 一体、レッドが何を考えてこの行動に至ったかが分からない為、その腹を探りながらグリーンは会話をしていた。 「なぁ、どうしていきなり俺と歌おうって思ったんだ」 「……言っただろ。君が、僕と似てるって気づいたからだ」 それは、グリーンのアパートにレッドとゴールドが訪ねて来た時に、一番最初に言われた言葉だった。 しかしそれだけではグリーンは納得がいかない。グリーンに致命的な一言を与えてきた人間が、どうしてこんな短期間で一緒に歌いたいなどと言ってきたのか。 「どこが似てるってんだ」 「それは、歌えば分かる」 全く、本心を晒す気は無いようで。グリーンはやり辛くて仕方ない。何より、レッドを見ているとどうしても、言われた言葉がチラついて頭が上手く回らない。曲を決めろと言われても、自分の曲を提示したところで、レッドが果たして受け入れるのか。 「俺の歌は、下品なんだろ。歌いたいって、思うのか」 ボソっと、まるで独り言のように呟いた。店舗の喧騒の中で聞こえたかどうかも怪しかったが、レッドに届いたようで。 「言葉じゃぁ、足りないんだ」 レッドもまた、まるで独り言のようだった。 「僕の選んだ言葉が正しいか間違っているかなんて、もう考えるつもりはない。ただ、君がどう受け止めたかは分かった。僕は、ただ、思ったことを口にしたまでだ。訂正するつもりもない、謝るなんてそもそもおかしいだろ? けど、どうやら僕が伝えたかったニュアンスは伝わらなかったみたいだから、一緒に歌おうって思った」 単純なことだ。 気持ちを伝えることはとても難しい。言葉だけであると、その裏に隠された気持ちを読み取ることが出来ない場合が多くある。だからこそ、表現が存在するのだ。伝えたい事を、最も想いを乗せやすい形で、表すことで。心に響くことがある。 グリーンは、今度は何も言えなくなってしまった。その気持ちに、共感することが出来たからだ。 少しだけ、二人の間の空気が和らいだ。 そして、本番に向けて打ち合わせをようやく、気持ちを入れて行うことが出来たのだ。 一体どんな世界になるかは、二人にも想像が付かない。 だからこそ、面白い。 本番まであと一ヶ月のことだった。 - - - - - - - - - - |