閑話ネタ
※訪問ネタに繋がるシーン。※







 その日、ゴールドはファストフード店で、一人用のカウンター席に座りつつ夕飯を済ませようとしていた。
 ボーカルのグリーンが体調不良で休息している間、バンド活動が出来ない。よって、手持ち無沙汰な日々を送っていた。
 グリーンに休め、と言ったものの。その間の活動をどうするかまでは考えていなかった。それぞれ自主練をすることは出来るが、やはりボーカルが居なければ合わせて練習を行うことが難しかった。バンドメンバーの士気も下がっている。

(なーんでこんなことになっちまったかなぁ)

 ブラックコーヒーを飲みつつ、携帯を弄る。
 あれほど、グリーンの体調が悪化していることに、ゴールドは気付けていなかった。それが悔しくて仕方がない。何をきっかけにそうなったのかを考えるものの、分からない。

(何か俺達にも問題があったのか……)

 もしそうだとしたら、とてつもなくショックだった。
 項垂れるように両手を組んで、ゴールドは頭を乗せた。もしこのまま、グリーンの気持ちの面で回復が見られないとすれば、もう活動することも難しくなる。歌うことは表現だ。その意欲が失せてしまえば、作っても歌っても、周囲の心に響かない。
 ゴールドは。グリーンの世界観が好きだからこそ、彼が歌う時にドラムを打つことが、ゴールドにとって至上の価値がある。あの、全身全霊で自己を剥き出しにしている後ろ姿を見る度に、勇気付けられるのだ。
 グリーンの歌は聞く者に対して、ありのままの自己表現をして良いんだ、と奮い立たせてくれるのだ。それに励まされる人間が、確かにいる。

 活動を一時休止すると、サイトでコメントを載せれば。多くのファンからメッセージが届いた。あのライブを見ていたファンからすれば、グリーンの体調を心配するコメントもあった。そして、再開するのを心待ちにしている、と。
 こんなにも待っている人達がいる。ゴールドにはもどかしい気持ちが湧いた。グリーンに無理をさせる訳にはいかないが、活動をいつまでも休止している訳にもいかない。

 (あーもー。どうしろってんだ)

 ガシガシと頭を掻いて、グリーンにメッセージでも送ろうとゴールドが携帯を弄りかけた時。
 見覚えの合う人影が、ゴールドの隣に座ってきた。

「ーーーーーーーぇ」

 ぽろっ、と手から携帯が落ちた。
 その音を聞いて、彼がゴールドの存在に気づく。

「…………あれ、君は」

 鬱陶しい黒い前髪は、ゴールドの記憶に残っている。第一印象というものは恐ろしいもので、一度も話したことはなくても勝手なイメージが埋め込まれている。
 だがこの男は、グリーンがあの日、ライブで崩れ落ちた時にも駆け付けた男であった。

「確か、ドラマーの」
「……あの時はお世話になりました」
「彼は、元気?」

 グリーンのことを指していることは分かったが、その問いにすぐ答えるには心が少し引っ掛かってしまった。それは、この男が何を考えているのか、コミュニケーションが全く取れていないからだ。
 グリーンの情報をどれだけ伝えて良いものか。

「まだ、休んでます」
「え。じゃぁ歌ってないの?」
「無理してまた倒れたら意味ないっすからね」
「……」
「あの、お名前なんて言うんでしたか?」
「僕はレッド。君は?」
「ゴールドです」

 得体の知れないレッドと、このように肩を並べることになるとは思いもしなかったゴールドは、一体どのようにコミュニケーションを取れば良いか分からない。

「ねぇ、いつ活動は再開するの?」

 色々と考えが巡っていたゴールドの耳へ、不意打ちな発言が飛び込んできた。予想していなかったことに、なんとレッドの方から話しかけてきたのだ。目を瞠ってすぐに反応が出来なかったゴールドは、慌てて、間を取り繕った。

「いや、まだ再開は未定で」
「君達の歌を待っている人がいるんだろ?」
「そりゃそうっすけど、グリーンさんの体調が優先っすよ」
「そんなにまずいの?」
「体調と、何か精神的な問題っすね」
「精神? どういうこと?」
「俺から見て、ですけど。覇気が無いっていうか。声にも元気なくなってたんで」
「なに、彼そんなにヤワな性格だった?」
「……あんた、グリーンさんのこと、知らないでしょ」

 聞いていて、苛立たしくなったのも当然だ。
 ゴールドは口調を強くした。突然現れたレッドの発言が、許せなくなってきた。そこにはグリーンを少し、侮辱するニュアンスが含まれている気がしたからだ。

「俺だって、まだまだ分からない部分があるんだ。会って間も無いあんたに、何が分かる」

 ゴールドの睨みつけるような視線に、レッドが肩を震わせた。怯えたようだった。その様子に、ゴールドは違和感を覚えた。無意識ではあったが、「いじめ」てしまったような感覚になる。

「ご、ごめん」
「……
まぁ、俺も、今回なんでグリーンさんがあんなに辛そうなのか、良く分かってないんすよ。ちょっと前までは元気だったのに」

 そこまで話して、ふとゴールドは思い出した。
 しばらく前にグリーンが零していた言葉がある。

「そういえばあんた、一回グリーンさんと待ち合わせして会ったんでしたっけ?」

 何の話をしたんすか?と、ゴールドは純粋な興味で訊いただけであった。それがまさか、真意に辿り着ける一歩となるとは思いにもしなかっただろう。

「あぁ……あの時ね」
「会えるのが楽しみって聞いてて、でもその後どんな話したかまで聞いてないんっすよね」
「僕は、感想を伝えただけだ」
「感想?」
「そう。君達の歌はーーーーー僕には合わないって」
「ーーなんだって」
「僕からすれば下品だ、って」
「それ、グリーンさんに言ったのか」
「……そう、だけど」
「あーなるほど」

 ゴールドは、ようやく状況を把握した。
 どうしてグリーンがあそこまで体調を悪くしたのか。
 そもそも、元気でなくなってしまったのか。
 項垂れて、机に突っ伏したゴールドに、少しレッドは慌てた。

「まさか、僕のせいで精神的に弱った、とかそんなこと言わないよね」
「俺は、あんたのせいって思わないけど。グリーンさんが弱っちまったのは確実にその言葉が原因っすね」
「一つの評価をいちいち気にしてたらやってられないだろ?」
「その通りっすね。表現をする以上は、誰かから認められることもあれば否定されることもある。それを一つ一つ考えてたって仕方ない。だけど」

 ゴールドは聞いたことがあるのだ。
 グリーンの、生い立ちを。
 それは、グリーンがゴールドに信頼を置いたからだ。どうして、自分が音楽活動に足を踏み入れたのか。そのきっかけ。
 その話をレッドに聞かせることは、きっとグリーンは望んでいない。ゴールドは分かっている。だが、どうしても知っておいて欲しいと思ったのだ。レッドに悪気がなかったのは確かだろう。それでも、グリーンは傷付いてしまったのだ。

「これ、話したこと絶対、グリーンさんに言わないでください」

 ゴールドの真剣な目が、これから話される事が軽々しく聞いてはいけない内容であることを伝えていた。レッドは、少し息を飲む。



 そして、この話をきっかけに。
 レッドは、グリーンの家を訪ねることを決めたのだ。

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