剣道ネタ
※高校生パロ。オリジンレグリ。※




 少し、想像してしまったことが悪かった。

 格子のような面から垣間見えた真剣な表情や、流れる汗。息づかい。そして真剣に俺に竹刀を向けてくる姿。嫌な予感はしていたのだ。俺は確かに、興奮していた。「そういう意味」で。

 決して、このような展開にならないように心がけていたというのに。人間というものは、しないように、と思えば思うほど逆のベクトルに話が流れて行くのが常であるらしい。ならば、俺の欲求のままに感情を赴かせれば良かったのかと自身に問うてみれば、――――最悪の状況しか予想出来ない。
 俺自身に責任がある。だが一度湧いた欲求を簡単に抑えられる程、俺は理性が発達している訳でもなかった。高校生という経験値の低さが伺える学年であることも一つの原因。
 幸いにもこれは練習試合で―――いや、幸いなどと言ってる時点で俺の集中力がいかに脆弱なものであったかを認めていることにもなるけれど。とにもかくにも俺は試合後にすぐにトイレに駆け込むことが出来た。その姿にきっと大多数の部員達は「なんだよ試合前にちゃんと行っておけよなー」と批判をしているに違いない。それが今の俺にとっては救いであった。
 しかし。問題なのは練習相手だ。俺の行動に何を言ってくるかも分からない。それでもトイレに駆け込んだのは気を落ち着かせたかったのもある。
 試合直後に話せばロクな会話にならなかっただろう。だから、少しでも俺が落ち着いた上であれば、まともな話も出来る。トイレの個室で深呼吸をした。体育館のトイレは独特な臭みがあって長時間居たいとは思わないが、そのおかげであまり人が寄り付かないのも有り難かった。

「ふっざけんなよこんのクソレッド!」

 ほんの僅かに落ち着き始めた心臓を直撃した怒声に両肩が跳ね上がった。予想していたとは言え、その衝撃に負けてしまいそうになる。苦笑いが浮かんだ。嫌な汗も流れる。どう言い訳をしようか、とそればかり頭を巡る。その整頓が付く前に、残酷な試合相手は俺の入っている扉に対して盛大なノックをしてきた。

「とっとと出て来い! もう一回だ! あんなの俺は練習試合とも認めねーかんな!」

 その怒りは非常に分かる。俺だって、さっきの俺みたいな奴を相手にしたら抗議の声を上げるだろう。その理由が如何であれ、許せない感情が先行するに決まっている。
 かといって。今の俺が彼ともう一度、試合をした所でロクなものにならない。分かっている。彼は、分かっていない。これをどうやって伝えたら良いだろうか。はっきり事実を伝えてしまうことは俺が死の淵に立たされたって出来ない。そんなこと、きっと俺自身がさせない。

「あーうん。グリーン。ごめん、もうちょっと待って。今日も、結構お腹痛くてさ」

 苦しそうな声が少しでも伝わればいい。実際、結構苦しい。願わくばとっとと彼がこの場を去って、とっとと俺は処理を終えて、スッキリして、何事もなかったかのような顔をして部活に戻りたいのだ。

「あ? 何だよ、お前、試合前はそんなこと言ってなかったじゃねーか」
「朝起きたときに痛かったのが、学校着いたらマシになってたんだよ。でも試合中にやっぱり出て来てさ、ほんとごめん。俺が薬飲んでおけば良かったんだけど……この埋め合わせ絶対するからさ」
「ほんっとお前、腹弱ぇんだな! しゃーねーけど。しっかりしてくれ」

 しばらくトイレに居させてくれ、とニュアンスを込めて訴えれば、グリーンはしぶしぶと「じゃぁ、俺は戻っとくから」とトイレから出て行く。足音が遠のいて、俺は心底安堵した。良かった。だがこれからがまた大変なのだ。虚しさは、この後の方が余程襲いかかってくるのだから。




 俺が「おかしく」なりだしたのはいつの時からかと言えば。ちょうど二年生に学年が上がった辺りからだ。高校生と言えば全体的に思春期で、それこそ「エロい」ことにだって当然興味が湧いている年頃。小学生や中学生の段階からじわじわと募って来ている欲求だってある。しかし俺はどうにもその辺りが薄かった。周りに比べると。そういった話題が嫌いなわけじゃなかったが、俺にはかといって必要かと問われるとそれほどでもない。
 いわゆる草食系と言われる部類であったのだろう。それが崩壊したのが彼とのある接触だ。接触と言っても、直に触れたわけではない。夏休みの強化合宿の際、練習試合をして、同じ更衣室で着替えていた時のこと。ちょうど隣同士で、胴着を脱いでいった時のこと。
 ふと視界に入った、汗塗れの姿だとか、その臭いだとか、うだる熱さにやられていた目元だとか、そういったもの全てが俺の視界に直撃してきたのだ。だが本来、そんな姿を見た所で「やっぱ夏は熱いよな」などという他愛ない会話で終われば良かったのに。
 俺は下腹の奥が疼くのを感じて、それから何もかもが駄目になってしまった。

 それから極力、彼と近づくことを避けた。見事なまでに。部活だけじゃなくて普通の学校生活でも。あからさまにするわけでもなく、それでも半径一メートルには入れないように。ありがたかったことに同じクラスでは無かったし、帰るときも逆方向で、接触を避けることは俺の意思で行うことが出来た。ただ、こういった練習試合だとか部活の時間では難しい部分があった。
 こういった事態になるのは数度目で。その度に腹痛で誤摩化しているが、きっとこれから厳しくなってくる。彼も疑い始めているのが目に見えているし、他の部員にも示しが着かない。

 トイレの中でこれからの方策を練るしかない俺は、どうにも先が見えないループの予感に溜め息をつくしかなかった。

- - - - - - - - - -
あとがき
ちょっと危ない感じのレッド。

×
BLコンテスト・グランプリ作品
「見えない臓器の名前は」
- ナノ -