俺の10才の誕生日パーティーは、レッドとレッドの母さんも招待して盛大に披かれた。姉ちゃんの手料理は相変わらず美味しいし、レッド達の引越パーティーの時のような豪華さだった。でもどこか俺の気持ちは沈んでいて、頑張って喜ぶ顔を見せようとしたのに、ちくりと痛む心を放っておけない。 とうとうポケモントレーナーとして旅に出る時が来たのだ。俺とレッドが。じぃさんには話が通っているらしく、明後日にはポケモンを選んで俺達は旅に出る。マサラタウンを離れることすらなかなか想像しにくい。とりあえず一番近いトキワシティに向かうのがセオリーだろう。姉ちゃんと何回か訪れたことのある町。ポケモンに出くわしてもその時は姉ちゃんが対処してくれたっけ。これから先全てを自分の力でやりきらないとならない覚悟を持って進まなければ、きっと途中で挫けてしまう。でもその分ワクワク感だってある。今まで見たこともない世界が広がっている。それを見ることが出来るのは勿論楽しみで。どんなポケモンに出会えるのか、どんなポケモンとバトル出来るのか、今から考えるだけでも指が足りない。 そんな正反対の入り混じった思考にさらに畳みかけて来るのはレッドの存在。あいつはどんな風に旅をするんだろうか。自分のことで本当は手がいっぱいなのにレッドのことが気になって仕方がない。あいつの方が俺よりも先に行ってあいつの方が俺よりも強くなるんじゃないか。そんなの嫌だ。負けたくない。対抗意識が渦巻いて止まらない。 「グリーン、大丈夫? 皺が寄ってるわ」 デコピンをするように眉間に姉ちゃんの指が当たる。いてっ、と漏らしてその箇所を擦った。それに笑いながら姉ちゃんが料理を俺の空いた皿に取り分けてくれる。どれだけ食べさせるつもりなんだか。もう結構お腹は膨れてきたっての。でもそれは幸せなことで、これからはもう姉ちゃんの料理だって食べられない日が続くのだ。だから俺は何も言わないで料理を受け取る。 「考え事? こんな楽しい時に」 「うん、まぁ」 「グリーンはしっかりしてるから大丈夫よ。でも怪我とか病気には気を付けてね」 「分かってる」 「もし手持ちの鳥ポケモンが空を飛ぶを覚えたらマサラにも帰りやすくなるから」 必ず、帰って来るのよ。 さっきまで笑っていた姉ちゃんの真っすぐな目に、俺はちょっと驚いた。そうだ、何をぐちゃぐちゃと考えていたのだろう。必ずここに帰って来る。それが最大の条件。何があろうともそれだけは守るべき事柄で、強くなった俺を見てもらわないといけない。楽しみにしておいてもらわないといけないのだ。ここで待っていてくれる人達に。 姉ちゃんの目を見て真っすぐ頷いた。そうすると何だか気持ちも楽になってくる。レッドがどうのこうのなんて本当は関係がない。自分自身を見つめていかないと。せっかく旅に出て何も変わってません、じゃ話にならない。 レッドはレッドで俺は俺だ。でもやっぱり、レッドには負けたくない。それなら強くなればいいだけじゃないか。あいつよりも努力して、あいつよりも経験を積んで、勝って勝って勝って。そうだ。それなら大丈夫。不安要素が一つ消えた気がして、自然に笑えた。 「俺、強くなる。世界で一番」 食事も一段落ついて、俺はレッドと初めて会った時と同じように部屋へ誘った。旅に出る前に最後のゲームをしようと提案すればあっさりとレッドが乗ってきたからだ。一対一のバトルゲームじゃなくて二対二でコンピューター相手にレッドとチームでバトル。これからきっと嫌でも一対一のポケモンバトルをするんだ。それなら最後に協力ゲームをしたくなった。相変わらずゲームの腕前が光っているレッドが仲間ならあっさりと勝ってしまうけれど、不思議とつまらなく感じなかった。 そういえば初めて俺がレッドに負けた時、この部屋にあるぬいぐるみのピカチュウを一体あげたんだっけ。そんなことも遠い記憶になってしまっている。 「グリーン、どうしたの」 おそらくボケッとしてしまっていたのであろう俺はレッドの声でハッと我に返る。しまった、ボーっとしていたと思っても遅く、不機嫌な顔のレッドに顔を覘きこまれた。顔が近い近い! 慌てて顔を引くとそれに合わせてレッドがまだ顔を近づけて来た。どうしてそうなる。 「何で避けるのさ」 「あっ当たり前だろッ」 「近づいちゃ悪い?」 「なに、なにする気っ」 「何もしないよ。それとも何か期待した?」 訳の分からない押し問答。続くにつれてグッと迫ってくるレッドにたじたじなる俺。あぁ、やっぱりこいつには勝てる気がしない。何を考えているか読めないし。どうもペースを持って行かれる。もうゲームなんて俺達の目には映っていなくて、代わりにお互いの顔が覘いていた。なんだこの状況。わざわざ俺の部屋にレッドを呼んだのはこんなことを目的にしていたわけじゃない。本当に一緒に遊べるのは最後だからと思って提案したんだ。なのになのになのに。ふざけんじゃねぇよバカ。レッドは俺と遊びたくなんてなかったのか。 なんて、言いたいことが全然口から飛び出してくれない。 「グリーン、言ってよ」 苛立ちの含まれた声だ。けれどどうしてイライラされなければならないのか理解出来ない。そうされているのは本当は俺の方のはずなのに。レッドのせいでもう滅茶苦茶になってしまったじゃないか。ゲームだっていつの間にかゲームオーバーの画面で止まっている。文句だって言いたい。怒鳴り散らしてやりたい気分だ。けれど唇がモゴモゴするだけ。無性に恥ずかしくなってきた。どうしてこうなる。せっかく今日は俺の誕生パーティーで、せっかくレッドと楽しく遊べると思ったのに。旅に出ることの不安だってちょっと解消されたのに。 嫌な無言の空間。何も言えないでいるとやっとのことレッドが目の前から身を引いた。溜め息を吐きながら。溜め息を吐きたいのはこっちの方だ。しかしそんなことよりもやっと距離を置いてくれたことに安堵する。けれど不意に両サイドから顔を掴まれて、「へ?」と気の抜けた声が出たのも束の間。今度はレッドの顔が落ちて来た。 ━━━落ちる? 「あれ、もしかして初めてだった?」 数秒後、ゆっくり顔を離したレッドが告げる。初めて、それってどういう意味だ。っていうか何だ今の。俺の唇とレッドの唇がくっついた。ポカンッとしていればレッドが眉間に皺を寄せながら尋ねて来た。 「グリーン、知らないの」 何を。 そう問い返せば先程よりもずっとずっと深い溜め息をつくレッド。俺、何か悪い事言ったかな。レッドに呆れられてしまったように感じて焦る。でも本当に意味が分からない。さっきのは何なんだろう。ありのままレッドに問えば「分かんなくて良いよ」と冷たく言われる。どうしよう。嫌われた。だって分からないからしょうがないだろ。どうしてそんな言い方されなきゃいけないんだ。 ズキンッと胸が痛くなったけど必死に耐える。ダメだ。もう絶対にレッドの前じゃ泣かないって決めたんだ。これから旅に出る奴に弱い所を見せちゃいけない。両手を思いっきり握って爪が皮膚に食い込む痛みで悲しみを紛らわせようとした。ふーふーと息を吸って吐いて落ち着かせる。大丈夫。俺は泣かない。 そんな様子に今度焦ったのはレッドだ。慌てて俺の両手を開かせようと触れて来た。でもまだちょっと危なかったから思いっきり握り続ける。 「止めてよグリーン、痛いでしょっ」 レッドの言葉なんて聞かない。しばらくしてやっと心が落ち着いてきたから、じわじわ力を抜く。それを察して急いでレッドが手の平を開けた。爪の食い込んだ跡が綺麗についている。血は出ていないから問題は無い。それに気付いてレッドもホッとしたらしい。少し後悔の色を浮かべた顔を向けてくる。 「ごめん、違うんだ。グリーンを傷つけたかった訳じゃ」 「じゃぁ、何なんだよ。さっきの」 「分かんなくて良いって言ったのは、本当は僕が教えたくないだけ。いつか分かってくれたらそれで良いんだ」 何だよそれ。自分勝手だな。 でもどこかレッドも傷ついているような気がして、そうとは言えなかった。どうして俺はレッドの考えてることがこんなにも分からないんだろう。レッドは俺の思っていること、結構当ててくるのに。さっきもそうだ。俺がレッドの言葉に傷ついたってことをちゃんと察してくれた。それなのに俺は何でレッドが傷ついているのか分からない。 「これからあんまり会えなくなるのに、あんまりグリーンが楽しそうにしてるから。ちょっとイライラしたんだ。寂しくないのかなって」 面と向かって言って来たレッドに目を丸くした。寂しい? レッドが? 俺と会えなくなるということで? 一瞬だけ理解が出来なかったがすぐ顔が熱くなっていく。うわーうわー。そんなこと言ってもらえるとは思っていなかった。俺だってレッドと会えなくなるのは寂しいって思ってた。だから今日は思いっきり楽しんですっきりした気持ちで旅に出ようと考えた。どうやらレッドは違ったらしい。でも、嬉しかった。 「おっ、おれだって寂しいからな! だから今日はレッドと遊びまくろうって思ったんだよ。やり残したこととかないように。これからライバルになんだかんな」 「ライバル?」 「そうさ。俺とレッドはライバルだろ? 仲良く遊ぶなんてこと出来なくなるんだ。だから今日は思いっきり仲良く遊びたかった。それなのに楽しくなさそうにしてたら悪いだろ。ってことで俺はずっと楽しむようにしてた」 キョトンするレッドの顔。けれどすぐに柔らかい笑みに変わった。どうやらここまで俺の考えを読めていたわけではなかったらしい。つられて俺も笑う。本当に、どうして俺達は旅に出る直前までこんな風なんだか。 レッドだって俺と同じように旅に出る寂しさや不安があるんだろう。きっと。それが分かってちょっとだけレッドが俺と同じラインにいる気がした。良く考えてみれば生きて来た年数が変わらないのに、そんなに考え方に違いがあるわけじゃない。何を馬鹿みたいにレッドに敵対心を抱いていたのだろう。 無意識に指を唇に持って行く。レッドの唇の感触が微かに残っている気がした。 title *というわけで、出会い〜旅に出る直前。次からは旅に出ます。旅立つまでが長ぇよばっきゃやろー! 何だか全体を通してgdgdしてしまいました、でもとりあえず書きたいことは書けたので満足です。しかし問題はグリーンがいつキスの意味を知るかどうか……* ×
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