(前話で、寒さと精神的な疲労諸々でレッドがグリーンを襲い、しかしレッドがグリーンとの行為で「息を吹き返した」感じです。要は目が覚めた感じです。それから続く話)




 気が付けば意識が飛んでいた。

 次に目覚めた時。真っ先に感じたのは暖かさだった。鉛のように重い瞼を開いて見えた朱色。リザードンの背中。どうやら火を炊いてくれているようで、洞窟内に先ほどまで無かった温度が生まれていた。
 服はもうしっかり直されていたが、体内に残る気色の悪い感覚は残っていた。それもそうだ。こんな場所で処理するもへったくれもないだろう。

 つまりは事実であったということだ。
 俺は、レッドに犯された。

 疲労が襲って指一本動かすのも大変だ。腰の痛みと怠さが酷い。とてもじゃないけれど起きられない。それでも俺は呼吸をして、生きていた。
 なんとなく。俺は死ぬんじゃないかと思っていた。レッドが行為に及ぼうとした時に。むしろ死んでしまえば良いと感じたはずだった。それなのに、どうしてか最中に無性に叫んでいたのは「死にたくない」だなんて。まるで幼稚だ。上辺だけの言葉を口にするばかりの、ただのガキであった。しかし剥き出された本心は脆いようでいて、実は強固であったらしい。
 そして。俺がそう訴えた時に見えたレッドの瞳もまた、同じ色をしていたものだったから確信した。あぁ、レッドも同じなのか、と。数年ぶりに、俺とレッドの思考が一致した瞬間であったのではないだろうか。特に喜びを見いだすことは無かったが、心のどこかで少しの安堵を覚えたのは事実。

 だって。そうだろ。誰だって。本気の本心では死にたくなんて。ないんだ。そんな単純なこと、どうして分からなかったのだろう。俺がどうしてあんな事があっても生きていたのかって。それだけのことだ。考えようとするはずもない。
 俺は。俺自身の命を諦めたことは一度として無かったのだ。今更、気が付いた。

 うつら、うつらと。瞼をどうにか押し上げてはまた閉じることを繰り返して。数十分は経ったのだろう。しばらくして耳の遠くから「ざりっ」と上手く表現出来ない音が何度も聞こえて来た。何だと思いながらも、意識がはっきりしないから確認も出来ない。
 ようやく。俺の意識が緩やかに覚醒した時。見えたのは―――――レッドの後ろ姿だ。座り込んでいる。リザードンの炎で照らされた洞窟に、ぽつんっと居る。だが、違和感を覚えた。おかしい。レッドであるはずなのに、そうでもないような。

 目を凝らして。俺は瞠目する。

「お前、髪の毛」

 無意識に放った言葉は、あっという間にレッドの元へ届いた。
 振り返り、レッドは俺を見る。その頭部は随分とスッキリしていた。つい先ほどまであったはずの彼の髪の毛が大方無くなっている。右手には俺の持って来たナイフが握られていた。両手もまた切られた髪の毛の残骸塗れ。
 レッドは、笑顔であった。随分とその表情には熱が戻っている。凍えかけていた数時間前とは大違いだ。
 だが、俺の背筋には悪寒が走った。

「おはよ」
「……おはよ、じゃねーだろ」
「あぁ。そうかもな」
「どうしたんだ」
「なんか。ナイフの行き場がないなって」

 そうじゃないだろ。と、俺は言えなかった。
 レッドの周囲には。髪の毛の残骸が巻き散らかされている。中にはリザードンの炎に焼かれているものもある。茶色の色素が炭と化して行くのを見て、俺はギリっと歯を噛み締めた。

 断髪など、何の意味を持ってして行いやがったのか。

「髪切るぐらいなら虚勢でもしとけよ」
「はは。グリーン、酷いな」
「お前が言うのか」
「そうだね。ごめん」
「謝んな」

 投げやりな言動をしながら、どうにかこうにか。両手をついて上体を起こした。そこで気が付いたこととして、俺の体の下にはレッドが持っていた防寒具一式がひかれていた。それでも体の節々が痛かったけれど。
 こんな中途半端な労りなどいらない。こんなものくれたって、俺にとっては何の意味にもならない。眉をひそめた。変に心臓が軋んでいる。

「これからどうすんだ。レッド」
「逃亡生活って奴だ。しばらく身を隠すよ」
「どこに」
「色んな所に」
「アテあんのか」
「アテは作る。自分の力で」
「俺の事は無視か」
「……グリーンは、好きにしたら良い」
「好きなことってなんだよ」
「マサラへ帰るんだ」

 きっぱりと。断定された。
 瞳は真っすぐだ。そう。俺は真っすぐな瞳で、突き放された。

「グリーン。お前は帰れ。博士も待ってる」

 そんなこと。どうしてお前に分かるんだ。
 じぃさんがどうして俺のことを待っていると言える。じぃさんは、きっと俺にはもう諦めていた。とうとう。希望が潰えたのだと思う。
 俺がレッドの元へ向かおうとした時に、引き止めることもしなければ何も言葉も掛けなかった。ただ苦痛な顔をしていただけだ。きっと、もう俺が帰った所で―――――あの人にとっての負担にしかならない。ならば、意味が無い。

「俺は、帰れない」
「―――どうして」
「俺の居場所はもう、マサラに無くなった」
「それじゃぁどうする」
「分かんねーよ」
「だって。このままじゃぁグリーンがどこにも行けないじゃないか」
「人間。足掻けばどうにでもなるだろ」

 言いながら、はたと気付いた。
 足掻く、だなんて。俺からそんな言葉が出てくるなんて思いもしなかった。俺自身が一番驚いてしまって、そしてレッドもまた、驚いた表情をしている。それが、かつて子供の頃に見たレッドの顔と一致していたものだから。
 俺の心が酷く、落ち着いていくのが分かった。

 諦めることしか俺には出来ないと。
 そればかり考えていたのに。
 どうしてこんな言葉が口を出るのか。

「―――――グリーン」

 レッドの頬が緊張でピクっと動いたのを見逃さない。
 おそろしくゆったりと時間が流れている。俺達がここに来てもう何十時間経っただろう。それでも世界は何一つとして変わっていない。変化しているのは。

「俺と、来るか」

 たっぷりと間を空けられた後、提案。
 まさか。そんな事を言われるとは考えもしていなかった俺は、とてもじゃないがすぐに応えることは出来なかった。
 それは、一体、どういう意味なのか。
 はたと。先ほど切り落とされた髪の毛の死骸に目を落とした。何の意味を持ってして行われたのか。断髪は、決意を表す。もしくは、自己断罪の一種ではないか。つまりは、責任だ。

「……お前、俺に責任感じてんのか」

 確認をしたかった。
 それが有るか無いかで、先ほどのレッドの問いへの応え方を考えなくてはならない。しかし、そう訊いておきながら、俺はその返答を酷く恐れた。
 また泣きそうになるのは。おそらく心の整理がつかないからだ。先ほどまでの安心感が薄れている。否、恐怖が上回り始めた。責任をもし感じているとすれば、レッドと一緒になんて居られない。俺の方が罪悪感で押し潰されるに決まっている。そもそも、俺がこんな風になっていなければ、レッドだってこんな風にならずに済んだのだ。
 俺の問いかけにレッドもまたすぐ応えられない。しばらく黙って、目を泳がせて、俺の方は見ず、長い長い沈黙の後に深く息を吐いて。やっとのこと吐き出されたのは。

「俺は、グリーンに責任を感じてるわけじゃない」
「じゃぁ、なんでさっきみたいなこと」
「俺が、単純にグリーンと――――」

 ひゅっ、と。レッドは息を呑んだ。
 唐突に。レッド自身が自分の掌で口を押さえた。俺は頭に疑問符を浮かべるしかない。俺と――、の後はなんだ。続きを待っていると、しばらくしてからポロリっと指の隙間から零れ落ちた言葉。

「グリーンと、居たい、のかな」

 そんな確認されるように言われたって、こっちとしては知らない。
 目を丸くした。俺と居たい、とは。それって、それこそ、どういう事なのか。
 しかし、どうやら。レッドはその応えに対して、何か気づいたようだ。みるみる内に表情が変わって行く。生気が、増したように思えた。

「そっか。何で気づかなかったんだろう」

 レッドの笑顔に。俺は既視感を覚えた。
 かつての幼い頃。純粋で、屈託の無い、あの時のレッドの笑顔だ。先ほどまでの悪寒が走るようなものではない。
 だからこそ。続く言葉が彼の本心であると。思えた。

「グリーン。そうだ。もう一回だ」

 そして断定する。レッドの言葉に迷いが消えた。
 唐突に立ち上がり、俺の近くへ来たレッドから反射的に遠ざかろうとしたが間に合わない。伸ばされた手が俺の手と重なった。再会した時とは真逆の構図だ。
 レッドが近い。目と鼻の先にいる。

「もう一度。俺と、旅をしよう」

 それは非常に困難で険しいものになるのだろうけれど。
 昔のようになんて、絶対に行かないのだろうけれど。
 それでも俺は。レッドの確信に、同じように、確信が出来た。

 あぁ、そうか。俺もずっと腹の底で、求めていたのだ。

 ぼろっと溢れたのは、もう悲しみでも苦しみでも虚しさでも無い。 頬に流れる息吹があった。俺はまだ、こんなにも熱烈な感情を内に秘めていたのだ。





 レッドの背中に腕を回して、俺は産声を上げた。
 それをレッドは、ただずっと、抱きしめ返してくれた。









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終わりました。タイトルを考えることに苦しまされた作品となりました。
ここまで読んでくださった方々、本当にありがとうございます!
また別の形とかでこの二人のことを書いてみたりもしていみたいものです。


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