涙の理由は僕の所為でいいから
※初めてのカイグリです。いさやさんへ送る!※




私が初めて出会ったトレーナーは、酷く暴力を振るう人間であった。


 生まれてからまだ数ヶ月であった私の両親は、まだ私が一人立ちも出来ていない段階で黒い服を来た人間達に殺されてしまった。両親の暖かい腕の中からいきなり放り投げられた私は、訳も分からないまま、それでも母さんが必死に私のことを逃がしてくれたのを覚えている。
 声を上げれば見つかってしまう、と両手で口を覆いながら森の中を逃げた。途中で何度も転び、怪我塗れになりながら。そうしてようやく事が落ち着いた時。私は独ぼっちになっていた。どうやって食べ物を得たら良いのか、バトルをすれば良いのか、生きて行けば良いのか、何も知らないままにふらふらと草むらの中で歩くしか無かった。
 寒さだけが、心に残っていた。涙など、枯れ果てていた。

 ある日。あるトレーナーと草むらで出会った。体力も随分と落ちていて倒れそうになっていた所、突然怒声を浴びせられて、攻撃を仕掛けられて、訳も分からないまま傷ついてモンスターボールに入れられて、捕まってしまった。それからそのトレーナーのポケモンとして手持ちに加えられたのだけれど、バトルの仕方もままならなかった私は、そのトレーナーからすれば役立たずで。意味の分からないまま、散々殴る蹴るを繰り返された。思えば、逃がさないまま暴力を振るわれていた時点で、私が何かしらストレスのはけ口にされていることに気づくべきであった。私は、そんなこと微塵にも考えられなかった。なぜなら、他のトレーナーが一体どんなものであるかなんて、知らなかったから。手持ちになる、というのはこういうものなのか、と思っていた。
 そうやって体も心もボロボロになりながら日々を過ごし。そんな私を救ってくれたのが彼であった。

 飼い主であったトレーナーにバトルで勝利した少年が、私を無理矢理引き取ってくれた。散々、トレーナーから罵声を浴びせられた彼だったが、何一つとして気にせず、彼の意見だけを叩き付けたのだ。

「おっさん。あんた、ポケモントレーナーとして最弱で最低で最悪なのに、よくやってられるよな」

 冷めた目が、彼を貫いて。
 私はこのトレーナーの手持ちとなった。

「お前は強いよ。これからよろしくな」

 暴力を加えられることだけが、手持ちポケモンとしての役目でないことを、彼から向けられた初めての人間の笑顔に、気付かされた。私は泣いた。ずっと、一晩中。枯れ果てていた涙が、溢れて止まらなかった。何かしらの安堵に包まれて、私の人生はそれから大きく変わって行ったのだ。

 バトルの仕方も彼が教えてくれた。丁寧に、一つずつ。甲斐あって、私は少しずつバトルで勝利する回数が増えて来た。その度に彼が私を誉めてくれた。喜んでくれた。だから私は、もっと彼に誉めてもらいたかったし、喜んでもらいたかった。強くなろうと、決意した。
 その途中で、私は初めて進化をした。とあるバトルで勝利した後のことだった。何が起こったのか分からず、色がより黒くなった肌に、一回り大きくなった体をキョロキョロと見回して、不安気に彼を見た。そんな彼も目を見開いていたものだから、これがもしかすると不味い事態でないかと焦りかけた時。

「やったなワンリキー!」

 笑顔で飛びついてきてくれた彼を思わず受け止めると。その小さな体に驚く。さっきまで、同じぐらいの背丈であったのに。ギャップについていけない。

「ちょっと待てよ、図鑑で調べるから」

 熱の上がった声に彼は必死に鞄の中から赤い図鑑を引っ張り出して、すぐに私のことを調べてくれた。「ゴーリキー」と言う名前のポケモンに進化したらしい。つまりは、より一段強くなったことだ、と彼が教えてくれた。
 私はそこでようやく安堵した。良かった、これでまた彼の役に立てる。これからもずっとバトルで勝ち続けよう。どんなトレーナーを相手にしようと、彼を勝利に導き続けよう。と誓った。そうしてさらに私がレベルを上げていったある時。進化について詳しいトレーナーから、新たな情報を手に入れた。

「ゴーリキーは通信交換でさらに進化するぞ」

 聞いた彼が、目を輝かせながらその時に通信交換を行った。それをまた返してもらった時には、私は「カイリキー」という名前になっていた。さらに大きくなった体に、腕が四本になった。嬉しかった。こうして私は彼のことをより守れるようになった。
 彼の手持ちになった時には、同じぐらいの身長であったというのに。あっという間に小さく見える彼の体に。どこか寂しさもあったけれど。私は強くなることしか頭になかったから、それで良かったのだ。
 彼を勝利に導くことしか、私の存在意義が無いと信じていた。そうして私は、この世界にいることが出来る。意味がある。



 しかし。どうして私は、彼の幼馴染みである、赤い帽子を被ったトレーナーには、勝つ事が出来なかった。



 他のトレーナーには完全無敗であった。ただ、そのトレーナーだけだ、勝つ事が出来なかったのは。
 セキエイリーグのチャンピオン戦でも、全力でぶつかったというのに、私は負けてしまった。彼も負けてしまった。許せなかった。自分の弱さが。
 戦いの後。彼は随分と雰囲気を変えてしまった。かつて見せてくれていた笑顔が見られなくなってしまった。それもこれも、敗北したせいだ。私はどうすることも出来なかった。彼には、笑っていて欲しいのに。私を救ってくれた、あの笑顔を見るために、私は全力を尽くして来たのに。これじゃぁ、何の意味もない。
 不甲斐なさに歯噛みをして、ボールの中で私は何度もその壁を殴った。どうすれば彼を元気にさせることが出来るのか。おそらく彼の幼馴染みに勝つことが出来れば、何かしら違うとは思うのだけれど。
 彼は、最近めっきりバトルもしなくなってしまっていた。それほどまでに、ショックであったのだ。

 そうして私自身もどうすればいいのか酷く悩んでいた時。彼が唐突に私をモンスターボールから出してくれた。

 意図が分からず、しばらく目を白黒させていた。彼の部屋だった。特にバトルで呼ばれたわけではない。
 久しぶりに見た彼はベッドに座っていて、少し痩せていた。目の下の隈も濃い。きっと、私なんかよりも悩んでいたに違いない。その姿がまた痛々しい。勝たせてあげることが出来なくてごめんなさい、と謝罪を伝えたかったけれど。言葉も喋ることも出来ない私では、意味が無かった。

「なぁ。カイリキー」

 しばらく黙っていた彼が、私のことを見上げた。
 その表情から嫌な予感しかしなかったのだけれ。止めることは出来ない。
 彼が、とうとう力なく告げる。

「俺、お前達のこと逃がそうと思う」

 あまりに、想像していなかった発言であった。
 私は息の根を止められた。瞠目して、何も反応出来ない。
 パァンっ、と脳が破裂してしまった気分であった。

「あれから色々考えて。俺、多分、お前達に酷いことしてたんだって気づいたんだ。だから、逃がすよ。ごめんな。今まで」

 巫山戯るな、と声に出せるものなら良かったのに。
 泣きそうになりながら、そういう彼に。思わず腕が伸びた。そのまま胸ぐらを掴み上げる。突然の私の反抗に驚いたのだろう、彼は両手で私の太い腕を掴んで来た。しかし、何の意味もない。



 私は。あなたに出会って、救われて、ここまで強く、変われることが出来たというのに。
 酷い事をしてきた、というのは、一体どういう意味で言っているのか。




 怒りを纏っていたものだから、彼を怯えさせてしまった。
 しかし。気づいて欲しかったのだ。何一つとして、彼は酷いことなどしていないことに。
 酷い事をしたとすれば、私が、彼を勝利に導くことが出来なかったことだ。
 そう思うと泣けて来て、私は彼を掴んだままその場で崩れ落ちてしまう。つられて、彼も泣き出してしまった。二人して、泣いていた。いつの間にか抱きしめていた体は、やはり小さい。

 伝わらない。声と、想いが。


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あとがき
カイグリについても色々考えると掘り起こせそうですよね!ね!というわけでサイト至上初のカイグリでした。またぼちぼち書くかもしれない。

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