戦闘ネタ 賭け事なんて、いつの時代でも存在する人間の娯楽だ。 カードや乗り物、サイコロや生き物など、その媒体は様々であるのだけれど。この時代、最も大勢の人間が利用する賭博ゲームがある。生身の人間の仮想空間における生死に対して金を積み上げていく、いわゆるバーチャルシステムを利用した戦闘賭博ゲームだった。 人間が頭に取り付けた帽子型の機械でネット世界へ飛び込み、競技場へ舞い降りる。武器はそれぞれ「イメージ」によって作り出されるもので、その威力や形状も様々だ。また参加出来るゲームにもランクが存在し、一番下は「Arbuda」(アブダ)と呼ばれ、一番上は「Mahapadma」(マカハドマ)と呼ばれる。 ルールは簡単だ。制限時間の決められたフィールドにおいて、複数人のプレイヤーが投入される。その制限時間でどれだけの敵を消滅させたかで、懸賞金がリアルタイムで跳ね上がって行く。観戦者は画面上でゲームを確認が出来るので、自分の賭けたいプレイヤーをクリックして金を賭けて行くだけだ。制限時間が終わり、結果賭けたプレイヤーがどれだけ敵を倒したかでお金が手に入る。 近年。そのゲームに参加する「キャラクター」で、特に際立っている者達がいる。大抵そういった参加者は稼いだ総額の懸賞金が億を超える者達だ。そういった上位層にランクインする者へはMahapadmaへの参加権を得る。それだけ懸賞金も跳ね上がるので、常に莫大な金を動かしていく。 「っしゃぁ!」 コンクリートの廃墟が映し出された空間。所々飛び出た鉄の棒や、広がる夜空。これが今回のステージだ。 ズシャぁっ、と一刀両断された首から鮮血の溢れる音がして、目の前のキャラクターが分解される。一粒一粒に成り果てた電子が霧散していった。勝敗が決すると必ず起こる現象だ。負けたキャラクターは現実世界へと強制帰還される。己の身長よりも長い銀色の大剣を携えた青年は、嬉々として次から次へキャラクターを屠っていった。その度、この会場の中央に表示されている大画面の画像の中にある懸賞金の数値が跳ね上がって行く。 「どいつもこいつも生温ぃぞぉ!」 青年の戦闘名は「G」と登録されている。主な武器は「剣」。Arbudaから這い上がり、ここまで上り詰めた強者だ。齢はまだ十九。 周囲のキャラクター達を煽り、自分へ向かわせようとするが、おおよそ周囲は冷静であった。実力を見分けなければこの戦闘では生き残れない。 そうして逃げようとしたキャラクターを、しかし彼は逃さない。笑みを浮かべていた。 「そして、遅い」 Gを中心に、細く長い剣が幾本も瞬間的に伸びた。離れようとしたキャラクターの全てに突き刺さっていく。悲鳴が上がった。しかし剣の侵攻は止まらない。すぶすぶと体のあらゆる部分に剣が刺さって行くキャラクター達は、それでも消失することが出来なかった。まだ致命的な損傷では無いからだ。 「あーぁ。可哀想に!」 笑い声が不気味に響いた。まるで他人事だ。直後、その剣の一つ一つが自転を始める。刺さった状態で剣が回転すれば体が抉れて行くことは目に見えていて。響く断末魔の合唱が、一種の地獄を再現していた。ぶちぶちと筋肉や骨の引き裂かれていく音が響く。剣を大量の血液が中心にいるGへ流れ落ちていく。 ガクガクと震えて血の泡を吐き、意識を失って行くキャラクター達は、しばらくして漸く消失を辿った。こういったGのパフォーマンスは、高い評価を得ている。だからこそ彼に賭ける人間が多いのだ。賭ければ賭ける程、期待に応えてくれるのがGであると、観衆は疑わない。悪趣味な世界であるのだけれど、誰もがこの興奮に対して金を使う。決して自分では行えないからこそ。そしてここは仮想空間である以上は、現実に起こっていることではない。だから観衆は何の罪悪感もなく、そういった光景を求めるのだ。 すぐに剣が消滅すれば、彼はすぐ残っている敵を探す。随分とフィールドの気配が無くなっている。おおよそ、彼が消滅させたキャラクターが大半であった。 「は、つまんねぇ」 ほとんど多人数ゲームとして成立していない。だが、まだ生き残っているキャラクターがいる。 Gは最初から、その相手にしか興味が無かった。その為に、自分達以外の余計なキャラクターを省いた最高の舞台を作り上げたのだ。それどころか。このゲームが始まる前の段階から、その相手にしか照準を当てていない。彼がこの最高ランクのMahapadmaに参加し続けているのも、理由があった。 先ほどまで使っていた大剣を出現させて、彼は上を仰いだ。神経を集中させる。ほんの僅かな電子の動きすら見逃さないように。バーチャル空間の星空はまるで宇宙を見ているようで。人工的過ぎて気分が悪い。が、その星屑の一つに違和感を覚える。 「―――あ?」 その時点で、勝敗は決していたのだ。 彼が呟いた、その次には。彼の右目に銃口が突きつけられていた。まるで空から落下してきたかのようだが、ただ見にくい星屑に隠れていただけだ。Gは一瞬呼吸を止めて、すぐ体をずらした。が、振って来た体を受け止めきれず地面に叩き付けられる。 「ッが、ぁ」 「遅い」 ギリギリと押さえ込まれそうな両手をどうにか振り絞り、Gは抵抗した。油断していたわけじゃない。なのに、その速さに対抗出来なかった。それだけだ。しかし、許せなかった。衝撃で大剣も吹っ飛んでしまっていた。 なにより、マウントポジションなど、取らせてしまうなんて! 「このっ、卑怯、だ!」 「君に卑怯だなんて言葉、使う権利ないよね」 そしてGに伸し掛かる男の腹部から、ヌッと現れた大きな銃口。両手を塞がれ、両足も押さえつけられた今、腹部を護る術を持たない彼は、瞠目した。このままでは。 「やめ」 「ざーんねん」 制止の声など届かない。容赦なく、バァンっ!と炸裂した弾丸が、腹筋を割いて腸を散らかし、Gを敗北へ導いた。飛び散る体内の臓器が虚しくも霧散していく。 最後に見えた男の笑みに、Gは心底「殺してやりたい」と、思った。 「あー絶対ぇ許さねーあいつ!」 バァンっとパソコンの前で幾本も配線の伸びたヘルメットを叩き付けて、青年は頭を抱えた。現実世界へと帰還したのだ。そうして嫌みのごとく、画面にはゲーム終了の文字。どうやら、あの男と自分しかもうフィールドには残っていなかったようだ。 「ムカツク……」 ギリギリと歯を噛み締めて、青年はすぐに先ほどのゲームを繰広げていたホームページへアクセスした。結果を見てみると第二位で彼の戦闘名が表示されていた。尚更、腹が立ってくる。 そして。輝かしい第一位は、先ほど彼に弾丸を放った男。「R」という名前の、キャラクターだ。 唯一。この青年がこのゲームで勝てない相手で、幾度となく今まで挑戦してきたが、一勝も出来ていない。 ネットによる評価も、このRという男への賞賛の言葉が大きい。そしてGはRに勝てない、という話題も常に囁かれ続けている。そういったコメントなど気にも止めなければ良いものを、青年のプライドはへし折られ続けている。 「まーた次のゲームまでお預けかよー」 この男は、毎回このゲームに参加しているわけではない。だからこそ、Gは機会を逃さないようにゲームへは必ず参加するようにしている。いつ戦えるか分からないそのキャラクターの為に。 青年は座る椅子に項垂れた。小さな一人暮らしのアパートは、電気が一切付けられていない。ただチカチカと光り続けるパソコン。周辺機器も様々であったが、その分この部屋には他に何も無かった。 唐突に、パソコンの横に置いてある青年の携帯に着信があった。気が付いて、嫌々そうな顔で青年は通話ボタンを押した。 「グリーン君、残念だったね」 「うっせぇよ」 「はは。でも僕はちゃんと賭けてあげたよ」 「それはそれはどーも」 「ねぇ。次のゲームって来週だよね? 何回ぐらい会えるかな」 「先約がもう何人かいるから、あんたとは最高でも二回ぐらい」 「分かった。その予定全部僕で埋めといて」 「りょーかい」 「場所はいつものホテルでねー」 用件だけ済めばピっと通話を切る。眉間に皺を寄せて青年は―――グリーンは黒い携帯の画面を眺めた。これがもう一つ、彼の懸賞金を上げている理由だ。 ああいった戦闘シーンを見て、中には変質的な観衆が、欲情してくるケースはある。人間同士の血生臭い争いを見て興奮するのだろう。その中でも裕福層を狙い、彼は約束を取り付けて、懸賞金を賭けてもらえるように「お願い」をしていた。 対価は彼の体だ。そんなもの、グリーンからすればいくらでもくれてやれるモノだった。 今の彼はただ、高額な懸賞金を維持し続け、Mahapadmaのランクから落ちないことだけが重要であった。 ただ、Rに勝つことだけしか、見えていない。 (……次は、勝つ) 今度はどんな武器を組んでやろうかと。ぎらついた瞳孔が、パソコンへ注がれる。 neta ×
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