生まれ、生きて
「おめでとう、グリーン。俺は君が生まれて来てくれたことに、本当に感謝してるんだ。それと同時に、どうして自分が生まれて来たんだろう、とか。どうして君が生まれて来たんだろう、とか。考えることもいっぱいあるんだ。俺達って出会ったのは偶然なのかなぁ。本当に。偶然にマサラタウンに生まれて、偶然に俺はポケモンと出会って。グリーンと出会って。なんかさぁ、一種の流れに感じるのは俺だけなのかな。グリーンはちなみに、どう思ってる? 何も思わない? それはそれで悲しいけど。俺はさ、もしかすれば俺達が生まれるもっともっと前から、この流れは決まっていたことで、俺達が出会った人達も決まっていたんじゃないかって、すっごく思うんだ。もしそれが正しいなら、俺はグリーンと出会うのは当然のことであったわけで。しっくり心に落ちてくる。俺達はライバルになる為にこの世界に生まれて来た! なんかすげぇことな気がするんだ。だから、俺はポケモントレーナーであり、グリーンのライバルだ。その称号を掲げる為にこの世にいる。それって、幸せなことななんじゃないかって感じる。もしそれが違ったとすれば、俺はこうして今、グリーンとは喋っても居ないし、お互いの存在をきっと認識もしていない。あ、もしかすればオーキド博士っていう存在を耳にしていれば、君が彼の孫っていうことは知っていたかもしれない。でも、違うだろ。君はオーキド博士の孫っていう称号を掲げているわけじゃない。グリーン。君は俺のライバルだ。いつまでも。俺と君が死ぬその時まで。俺達はきっとライバルだ。俺はグリーンのライバルになる為に生まれて来た。存在意義がここまではっきりしてることって、すげぇよな! まぁ、こんなの俺があくまで一方的に思ってることだから、君がどんな風に思ってるかなんて知らないけど。君にハッピーバースディ!って伝える度に、俺は自分の命も噛み締める。だからおめでとう。本当に。俺は君のおかげで生きていられる。ありがとう。グリーン無しじゃぁ、俺は今の俺では無かった。どうかこれからいつまでも、俺とライバルでいてください」
くしゃっ、と。紙が微かに潰れる音がした。
ベッドサイドにある柔らかい光のランプで照らされた文字列は、確かに誕生日の祝辞も書かれてはいるけれど。それだけでは妙に納得のいかない内容であった。それで結局、言いたい所はそれだけなのか、と。手紙の宛先であるグリーンは思う。
まさに、今自分の隣で全裸に近い格好で寝こけている男から、こんな言葉が出て来ることは予想にしていなかった。同じベッドに入って、グリーンだけが起きて、この手紙を眺めていた。
誕生日の前祝いをしたい。そう幼馴染みから言われた彼は、勿論断る理由もなく、その要望を受け入れた。毎年であれば家族や友人を含めて大大的にパーティーを開くのだけれど、今年は幼馴染みの先約により全て断った。どうしても二人で祝いたいのだ、と彼からの熱烈な要望があったのだ。ならば、今年ぐらいであれば良いか、と家族とのパーティーの日をズラしてまで、グリーンはこの男と一緒にいることを決めた。
出会ったのはもう数年前。いつの間にか、恋人になっていた。どちらから好意を向けていたかなんて分からなかった。もしこの手紙の内容を参考にさせてもらうならば、きっと、それもまた必然であったのだろう。
グリーンは先ほどまで自分を抱いていた男の横顔を眺める。無事に零時を過ぎて誕生日を迎えた瞬間に、一気にキスをされてベッドへ引きずり込まれた。そんな強引な男が、今となっては綺麗なまでに寝息を立てている。それが情事中であると、その眼光が獰猛な獣のようになるのだから、世の中ってものは存外信用出来るものはない。二面性なんて誰にでもあるものだし、それがどういったベクトルに向いているのかもバラバラだ。それでもグリーンが思うのは、彼のその目はポケモンバトルをしている時の目とさしてニュアンスは変わらないと感じている。
だから、好きなのだ。
「普通、ライバルでいてくださいって。頼むことか」
ポツリと零しても、すぐに部屋の中へ掻き消えて行くのだから仕方が無い。
決して、隣にいる幼馴染みへは届かない。それで良いと思うから、呟いた。妙に笑いが込み上げてくる。にっと口の端をつり上げて、グリーンは手紙を綺麗に封筒へ戻してサイドテーブルへ置いた。部屋には誕生パーティーの後であるワインのボトルやら食事をした後が残っている。今年は二人で過ごせたことへの証であるから、朝まで置いておきたいと思ったのだ。寝て起きても、この事実を認識していられる為に。
モゾっとベッドへ戻って。幼馴染みと同じ位置で横になる。どうして手紙では「恋人」に関係したワードが一切出て来なかったのか。そこだけ気になって、だが彼の体温を感じてふと、思ったことがある。
もしこれから先。グリーンと彼が「恋人」でなくなったとするならば。彼らに残るのは「ライバル」という関係だ。切っても切れない、関係だ。恋人なんて、いつ終わってしまうか分からないような関係性ではない、もっと強固で手放せないモノだ。言ってしまえば、この幼馴染みはおそらく、恋人という関係に関してはそれほど重要視をしていないに違いなかった。それよりも、いつまでも残り続ける、いつまでも残っていて欲しい関係性を、紡いでいたいのだ。
そこで問題になるのが、グリーンからすれば、彼と一体どういう関係を最も望んでいるのか、というところで。この手紙でも何度かグリーンへの問いかけや、逃げと思われる部分が見受けられた。グリーンはどうであるのか。ふと考えてみたけれど、そうそう答えは浮かぶはずもない。
その横顔に手を添えてみて。ぼーっと眺めても。特に結論が出るはずもなかった。グリーンはこの幼馴染みとどうありたいのか。恋人なのか。ライバルなのか。幼馴染みなのか。そのどれに優先順位がおかれているのか。おくべきなのか。そんなこと、本来ならば考えることでもないはずなのに。
こうやって歳を取って。来年になって、果たしてこうやってグリーンはベッドで共に横になっていられるのか。もしかすれば来年には別の人がいるかもしれない。この幼馴染みの隣にも、別の存在があるかもしれない。そんな未来を迎えたいと思っているのか。それとも――――――――嫌、なのか。
(………面倒臭い)
ほいっ、と思考を投げ捨てて、グリーンも目を閉じる。そうやって同じ朝を迎えて、欠伸をしながら挨拶をして。繰り返して行ければ良いと思う。この先どうなるかなんて考えた所で仕方が無い。それを言ってしまえば、いつグリーンや彼が死んでしまうかだって分からないのだから。
今のこの瞬間にある体温を、分かち合えれば、ただそれだけで、良いと思う。
二人が生まれて来たからこそ、共有しあえる、この体温を。
2013/11/22