臆病者はあの夏を繰り返す ※くおんさんリクエスト。「ロスタイムメモリー」(いわゆるカゲプロシリーズの一曲(じんさんの作詞作曲))にインスピレーションを得ています。※ グリーンは僕の「死に方」を奪い取った。 許せなかった。 そんなグリーンなんて死んじまえ。 だなんて。 死んでしまったグリーンの遺影に吐き捨てた。 泣いていた。多くの慟哭が僕の耳へ入り込んでは、霧散していく。くだらない。 たとえお葬式が終わったって、薄れることはない。グリーンの死は、カントー地方全土に衝撃をもたらした。報せ自体は、全地方へ及び、多くの著名人がその最期を見届けに来たのだ。 その行事は。僕の頭の中で湧いたウジ虫のごとく、脳みその隙間をずるずると這いずり回るような気持ち悪さをもって、僕を苛んだ。煩わしい。なにもかもグリーンのせいだった。グリーンが死んでしまったからこんなことになるんだ。 僕が最後に彼に会ったのはいつも通り。シロガネ山の山頂だ。甲斐甲斐しく食糧を運んできてくれる彼。笑顔で言ったのだ。「またな」って。僕は信じた。信じて待った。待ち続けた。のに、彼はもう二度と来なかったのだ。不審に思った。マサラタウンへ戻ってみた。そこで報されたグリーンの死。原因は病だ。そんなもの、僕は聞いたことが無かった。実はずっと、彼は闘病していたと聞かされた。一言も僕には教えてくれなかったことだ。 どうして僕には伝えてくれなかったのか。グリーンの姉であるナナミさんから聞いた。レッドに教えたら心配されて、山を登らせてくれなくなるかもしれない。それは嫌だったのだ、と。ふざけるな。冗談じゃない。グリーンは僕のことを誰よりも分かってくれていると信じていたのに。それは間違っていたのだ。 病に冒された幼馴染みのことを、最期まで知ることが出来なかった僕は、一体なんなのだ。グリーンにとってなんなのだ。僕は、幼馴染みだと思っていたのに。そんなの、幼馴染みの関係とは言えない。何でも話し合えるのが幼馴染みではないのか。 裏切られた。それだけが心を巡る。ずっと胸が、何度も氷柱で抉られるように痛いまま。いっそのこと血反吐を巻き散らかして、俺も死んでしまえば良いのかもしれない。グリーンの後を追って、あのとんがり頭をぶん殴ってやりたい。そう思えば視界に浮かんでくるぼやけた影法師が、ゆらゆらと揺れ始めた。あぁ、これも僕をイライラさせる一つだ。まるで幻影のように、亡霊のように、僕に付きまとう。部屋の隅に現れては、気が付くと消えてしまっている。枕の一つでも投げつければ、すぐに掻き消える。 シロガネ山へ登ることは止めてしまった。ずっとマサラタウンの自室に籠り続ける。色々な知り合いが僕を尋ねてくるけれど、一切面会は断った。母親だけが僕へまともに話しかけられる唯一の存在で。「レッド。いつまでも引き蘢っていても、前へ進めないわよ」と泣きながら訴えてくるのだけれど。そもそも僕は前へ進む足を持ち合わせていなかった。それすら、グリーンに奪われてしまったのだ。あぁ、全部グリーンが悪い。僕がこうやって進めなくなったのも、グリーンのせいだ。グリーンさえ生きていてくれれば良かったのに。ちくしょう。 僕が出来ることと言えば。ずっと後ろを振り返り、ずっと過去の幻に浸り、幸せだった時のことを思い出すこと。グリーンが洞窟へやってきてくれた日々。いや、それよりももっと前。ポケモントレーナーとして旅をしていた時代のこと。チャンピオン戦。思い出せば涙が止まらなかった。喉が焼けるようだった。どうしてなんだ。グリーンの命が無くなるにはあまりに早過ぎやしないか。僕はまだ、グリーンと一緒に笑っていたかったのに。他愛ないことで。 そうしていると。グリーンの温度を忘れて行く僕がいた。彼がどういう風に笑っていたかも、僕の頭からどんどん薄れて行く。止めてくれ。どうか、これ以上僕からグリーンを奪わないでくれ。グリーンが奪われて行けば行くほど、僕は自分の死に方が分からなくなる。どうやって僕はこれから生きて行けばいいのだ。戻らない日々に、何度も手を伸ばそうとした。するだけで、何も変わらないのは目に見えているのに。 グリーンはどこへ行ったのだ。グリーンは。グリーンを追い掛けなくてはならない。グリーンを返せ。 あらゆる僕が叫び始めて、頭を反響する。止めてくれ。これ以上、僕を苦しめないでくれ。分かっている。グリーンに会いたいのは当然だ。 「レッド。そうさ。もう止めよう」 ふと。浮かんだのは誰だったのだろう。 凄く耳に近い所で聞こえた声。別に隣に誰かいるわけでもない。それでも聞こえた。 自室のベッドの上で縮こまっていた僕。両手で耳を塞いで嗚咽を零して。そんな惨めで救いようがないどうしようもない僕に、誰が話掛けてくるというのか。 「グリーンは帰らない。それだけだ。世の中は、お前に冷たい牙を向ける。嫌なら、一緒に脱却しよう」 手を差し伸べられた気がした。見た事のあるグローブが付けられた手。あれ、どこで見たんだっけ。無意識に僕はその手を取った。冷たい手だ。冬の温度が身に沁みる。瞬間、その手に引っ張られた。きっと意識の話だったのだけれど。気が付けば僕はシロガネ山の山頂に立っていた。さっきまで自分の部屋へ居たのに。 しかし。そんなことはどうでも良かった。僕は呆然とした。目の前に、グリーンがいたから。笑っていた。その笑顔だ。僕が求めていたのは。最後に見ることが出来なかった、彼の姿。どうしてそれがここにある。 「追い掛けて」 後ろから、背中を押される。 グリーンだ。待ち望んだグリーンがそこにいる。駆け出した。白い世界へ。その先がどうなっていようと関係がない。僕は突っ込んで行った。浮遊感を覚えた。足下がなくなる。グリーンはそれでも立っていた。僕だけが落ちて行く。その笑みが、最後まで僕を見ていた。怖かった。僕だけが落ちて行く。嫌だ。どうしてグリーンは来てくれないのか。気が付けば遅い。僕だけが、落下していった。 「ほら、聞こえる? もうすぐグリーンに会えるよ」 ふと。落ちる僕を見下げる「僕」が、見えた。 あぁ、お前だったのか。と、口が動く前に。 ガンっと強烈な衝撃を覚え、そのまま吹っ飛んで行ってしまった。 おそらく。体と心が。 マサラタウン南方の海岸から、一人の青年が消えた。 誰もがどこかで、その理由を察していたのだけれど。 終にその体と心が見つかることは無かった。 - - - - - - - - - - あとがき ツイッターやサイトでお世話になっているくおんさんへ捧げます。ロスタイムメモリーをインスピレーションに、グリーンの死ネタでした。素敵なネタ提供ありがとうございましたくおんさん!少しでも楽しんでいただければ幸いです。 |