color WARing-33- ――あっちの世界のリーダーが、自死を試みようとした光景に。 ――俺は何かを感じたかと言われると。 ――何も無かったように思う。 ――いや、何も無いように感じた、のだろうか。 ――とにもかくにも、あの凶器が彼の喉を貫通し、血飛沫が吹き出す様を見た所で。 ――俺は動くことも出来なかったし。 ――動かなければ、と思うことも出来なかったし。 ――助けなければ、と焦燥に駆られることもなかったし。 と、思いながらも。トキワジムのエリートトレーナーを勤めるヤスタカは、ひたすらに病室の白い扉の前に突っ立っていた。その奥には彼のリーダー、ではないリーダーが、いる。あちらの世界の、グリーンだ。無事に終了した手術。奇跡的に、あんな傷を受けておきながらも生きながらえることが出来た彼。そして、それに貢献したのは彼のリーダーであるグリーンだ。彼の血が無ければ、おそらく助からなかったことは明白であろう。 ヤスタカは。目の前の扉を横に引くことが出来なかった。引きたい気持ちはあるのに。中には、二人のグリーンがいる。一体、どんな顔をして扉に手をかければ良いのかすら、分からなかった。 この一件でトキワジムのジムトレーナー達が決意したことがある。それを伝えようとした時に、ヤスタカが声を上げたのだ。皆で行けば良い、と他のトレーナーが言ったのに。なぜかヤスタカは拘ったのだ。理由は分からない。そうしろと、心が叫んでいた。 それは、あの時。あの状況で。何も出来なかった自責の念であったのか。しかし、それならば、誰もが抱いた感情だ。ヤスタカだけではない。分かっていても、彼は追い立てられたのだ。一体、何に。 ジムトレーナー達は、己達の性格を良く把握している。ヤスタカが、普段はのらりくらりとしていても、決めた事は必ず曲げないことも知っている。どれだけ意固地で、妥協を知らないかも分かっている。だから、最終的に周囲が折れたのだ。 だからこそ。尚更、ヤスタカには責任があった。重責だ。グリーンにジムトレーナー達全員の想いを伝えるという、義務。ヤスタカだけの想いだけじゃない。 背中に乗った仲間の声を、確実に、届けなければならない。 ならば、このような扉の前で立ち止まっている時間など無いはずなのだ。ヤスタカが引っ掛かっている所は、違うのだ。もっと根本的な部分。心の、腹の、奥底にある何かだ。 その正体が、ヤスタカにも分からないから、一歩が踏み出せずにいる。 「……」 何もしていないのに、ドッと流れて行く汗。喉元を手で拭えばびしょ濡れだ。眉を顰める。ヤスタカは息を吐きたかった。のに、上手く吐けない。 もうどれほど扉の前に突っ立っていたかも分からない。唐突に、ヤスタカの力を借りずして扉が開いた。中にいた、彼のリーダーが出て来たのだ。 「!、ヤスタカ」 勿論、驚くに決まっている。 そしてグリーンは、偶然ヤスタカがやってきたのだろう程度にしか解釈しなかった。まさか、その場にヤスタカが小一時間も立っていたことなんて知る由も無い。 どうやらグリーンの声は中のベッドに入っているグリーンにも聞こえたらしい。 ヤスタカが病室の奥へと目を向ければ、そこにはグリーンがいた。まだ術後であるからか、顔が真っ青だ。それを言えば、彼のリーダーも真っ青なのだけれど。互いに血を使い過ぎて、回復しきっていない様子が伺えた。 おそらく、本当は彼のリーダーであるグリーンも安静にしておく必要がある。あれだけ大量の輸血をしたのだから。まだベッドで寝ているべきであろうに。 「すみません、リーダー」 「謝る意味が分かんねぇよ。何しに来た」 「リーダーに、俺も含めて、トキワのジムトレーナー達からお伝えしたいことがあって」 不審がられているのは丸分かりで。それでもここまで来ればヤスタカは伝えるしか無い。 むしろ、皆の想いを伝えるチャンスが巡って来たと考えるべきで。 やっと彼は呼吸が出来た。吐き出して、しっかりグリーンを見て告げる。 「俺達は絶対に。誰も殺さない。殺されもしない。誰かが誰かを殺そうとするならば、全力で止める。俺達は本部に依存しない。俺達は自分で考えて、決定したことを実行する。俺達は独立した組織だ。俺達は誰にも縛られない。俺達は大切な人を護る。たとえそれが向こうの世界の人間であろうとも」 大きく見開かれたグリーンの目が、見えた。 「これからトキワジムのジムトレーナー達は本部への徹底抗戦を誓います。それは暴力では無く、自分達の信じるモノにおいて」 そして。ベッドで寝ているグリーンすら、言葉を失っている様が見えた。 「リーダーに、許可をいただきたい」 これが、トキワのジムトレーナー達の想っている、全てである。と。 内心。ヤスタカには微かな違和感が生じていた。どこか、自分の言葉が上滑りしているような感覚が、なきにしもあらずであった。グリーンにどのように伝わるのか、怖い。グリーンからの返答はしばらく無かった。完全に固まってしまった彼の様子に、それでもヤスタカは待ったのだ。 ジムトレーナー達は、ジムリーダーがいるからこそ、トレーナーをやっていけるのであって。 そこでリーダーの許可しない行動を行うことは、出来ない。 許可無しに行ってしまえば、それはジムトレーナーとしての資格を自ら燃やしてしまうのと同じだ。 彼らは、全員、トキワのジムトレーナーでありたいのだ。 グリーンというリーダーの元で、一緒に居たいと願うから。 「――――――お前ら、それ、意味分かって言ってんのか」 「……はい」 「本部へ何かしら、反逆行為をした場合。お前達のポケモンだって標的にされる。レッドのポケモンを見てるだろ。あの首に付けられた爆弾もそうだ。何をされるか分かったもんじゃない。お前達やお前達のポケモンを危険に遭わせることを、俺が許可すると思ったのか」 「いえ」 「なら骨折り損だな。俺はそんなこと、許可しない」 「でもね。リーダー」 否定して、ヤスタカの横を通り過ぎようとしたグリーンは。 「多分。そうさせてくれないと。皆、死んじゃうんだ」 誇りが、死んでしまう。 その、あまりに弱々しい声に。愕然とした。 あのヤスタカが。トキワジムの小手調べを謳うヤスタカが。こんなにも弱った声を出すことが今まで、あっただろうか。 それこそ、最も驚いた。今度こそグリーンは、本当に言葉を失った。ヤスタカの顔が、もう泣き崩れてしまいそうな、子供のような顔をしていたから。 「リーダー。お願いします」 そうして頭も下げて。ヤスタカは固まった。グリーンが許可を出すまで顔を上げないつもりであることは明白だった。グリーンは、病室にいる自分と同じ顔をした彼に、視線を飛ばした。先ほどよりもよほど、真っ青になっている。 先ほどのヤスタカの言葉に。向こうの人間であろうと、殺さない。殺させない、というニュアンスが込められたモノがあったのを、彼は聞いていた。 だから、だろう。 「……お前達を順番に雇っていった時。こいつら、賢いなって思ったんだ」 ふと零された言葉に、ヤスタカの耳がピクっと動いた。 「同時に、すっげぇ馬鹿だってことも分かってたけど」 ここまで大バカの集団であることは、さすがのグリーンでも把握をしていなかったらしい。 それが、許可の言葉であることが分からない程、ヤスタカはグリーンのことを知っていないわけじゃなかった。 main ×
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