color WARing -32-




 サカキは地を踏んだ。
 かつて。己がジムリーダーとして君臨していたトキワシティの崩壊を目の前にし。
 何も言わず。足を進める。
 踏みしめる土に愛しさが込み上げて来た。笑みすら溢れる。

 数多に転がる人とポケモンの死体はもうとっくに腐り果てて。原型など留めていない。骨も剥き出しになり、乾ききった黒々しい血。
 サカキが思うに。これこそが世界の本性である。何かしらきっかけさえあれば、呆気なく剥き出しにされる醜さ。かつてロケット団の首領として眺めた世界と、ほとんど変わらない。汚いことは汚いのだ。そこにレベルなど無い。
 ならば。今、テロ組織の出現で大混乱に陥っているこの世は、本当にクダラナイ。心底、しようのない世界だ。

 かつて。ロケット団がレッドと名乗る少年に壊滅させられた。というように世間は報道したが。実質、別段レッドがいたからロケット団は解散したわけではない。ただ、サカキが解散させただけだ。トップの人間がこの組織を放棄した、ということなだけ。
 サカキがあの時に見たレッドは、純粋なトレーナーであった。何も疑うことなど知らない目で、サカキの目の前に現れた、ただの少年だ。
 その視線が、どうにも今でも忘れられない。
 きっと、とっくにレッドはそんな瞳など持ち合わせてはいないのだろうけれど、今でも焼き付いて離れない
 だからサカキはロケット団を解散したのだ。世の中の腐った部分を直視し、その中で生きようとしていた彼に、しばしの思考時間を与えさせた。そうして。月日が経ち、かつての部下が少し騒動を起こしもしたけれど、こうしてサカキは自分の原点へと帰って来た。改めて、新たに感じられるものがあるかと思ったのだ。

 人間、ポケモンが殺戮されていく現実。
 しかし。サカキにとっては、その事が何かしら精神的に影響を及ぼすことは無かった。むしろ、ショックを受けている人間がいることが信じられないぐらいだった。
 この世でいつ、何が起こるかなど、誰も予測は出来ない。だが、それだからこそ、何かが起こったとしても、それを受け入れて進まなければならない。
 その覚悟の甘い人間達が、これほどまでに世に蔓延っていたことの方が驚きであった。

 前に進めなくなった人間は、その時点で死んだのだ。

「―――」

 腐った香りが鼻に届いて、自然に帰っていく遺体の音が耳に届く。
 目を瞑れば、この地で起こった断末魔すら映像で浮かんでくるようだ。
 それでも。この命達がここで、最期を迎えたことを受け入れる。否定など、誰がする権利があるのか。

 きっともう、世の中は元になど戻らない。当然のことだ。常に時代は流れ、変わっていく。その流れに抗いたいと思うことは、愚かな人間だ。
 己の死を受け入れてこそ、やっと生きていることを実感出来るというのに。
 どれだけ泥沼になろうと、生きて行かなければならないことを、実感出来るというのに。

「臆病者ばかりか」

 だからこそ、世界は馬鹿らしく、同時に、サカキは手放せない。
 空が随分と広くなった。人間が作った建物なども壊されているからだろう。牙を向く暴力の嵐に、人々やポケモン達はもっとこれからも犠牲となっていくのだろう。
 それがサカキの喉元に届きかけたとするのなら、勿論することは決まっていて。
 目の前に立ちはだかる脅威など、踏み潰して行くのが彼の信念である。
 それが、彼の出した答えだ。
 ロケット団を解散させてから、再度、ようやく至った、彼の道。

 遠くから地響きを感じた。また争いが起こっていることを示している。
 サカキは昇る黒煙をトキワの森の方角に見つけて、そちらへ足を向けた。

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