color WARing -31-


 私の一族は、迫害を受けていた。


 理由としては「ポケモンと人間の血が混じった混血種」である存在を人間としてもポケモンとしても認められないから。幼かった私は意味が分からず、どうしていつもいつも住む場所を変えて、世間から身を隠すように一族の皆が生きているのか常に疑問だった。成長していけば大人達の会話も聞こえてきて、ああそういうことか、と納得するに至ったのだけれど。しかし、納得することと、その現状を受け入れられるか、は話が違う。私は許せなかった。私を迫害する世間も、その状況から逃れられずコソコソと生きている一族も。

 復讐を誓ったのは十五歳。人間の手で殺されそうになった時だ。

 こうやって隠れていても、やはりどこかで情報は漏れるもので。極端に私の一族を嫌っている人間に拘束された私は、左目を抉り取られる結果になる。直後、一族の者が私を救出しに来たけれど、もう二度と片目は戻らなくなってしまった。母が泣いていた姿が視界の半分を占めた。もう半分は暗闇だ。どうしてこんなことになったのか。理由は良く分かっていた。
 私が、ポケモンと人間の間に生まれている、ただそれだけの理由だ。他にあるものか。ならば、ポケモンも人間も、無茶苦茶になってしまえば良いと思った。ポケモンが死のうが、人間が死のうが、関係がない。なぜなら、私の生は世界から求められていない。それなら、私もこの世に存在する数多の生になど、興味が無い。

 プラズマ団を立ち上げたのは二十歳の時だ。ポケモンを人間の手から解放するという名目で、この二つを世界から抹消する為に動き出した。一族の人間を私は見放した。彼らと一緒にいたところで、私の目的が達成出来るはずが無いから。
 じわじわと宣教活動を広げて、支持者も増えだした頃。私の元へ一通の手紙が届いた。母からの手紙だった。

「―――が亡くなった」

 私には一人の姉がいた。もう結婚もしている。私たち一族は、こうやってひっそりと暮らしているものだから、彼女の結婚相手も限られていたのだけれど。相手は私にとって叔父にあたる存在だった。その手紙に書かれていたのは姉の名前だった。信じられなかった。どうして姉が死んでしまったのか。手紙の続きを読んで私は、声も出なくなる。

「難産だった。生まれた男の子は助かった」

 つまり。姉は出産して、自分の子供の命と引き換えに逝ってしまった。
 やはりこの世は理不尽なことばかりだ。どうして姉が死ぬ必要があったのだろう。しばらくして、私は母の元へ訪れた。その腕には幼子が抱えられていた。姉の夫である叔父は暴力行為が常だったと聞いていたから、きっとそんな男の元には子供を託すことが出来なかったのだろう。
 冷めた目で幼児を見下ろした。母は私の姿を見て泣き出した。

「ゲーチス。聞いて欲しいことがあるの」

 嗚咽が混じりながらも、母は告白した。
 私たち一族は、生まれた子供に対しては必ず遺伝子検査を行う。それは独自の技術ではあったものの、ポケモンと人間の遺伝子がどうなっているのかを知る上では貴重な資料だった。確かに、この一族にはポケモンと人間の血が混じっているのだけれど、随分とそれが薄れているデータがここ最近では取れていた。つまり、人間の血が徐々に強くなっていたのだ。それは、偶然に私たち一族の元へ嫁いできた女性や男性が少ないものの、存在していたからだろう。
 だから、もしこのまま行けば、人間と近づいていける希望が差していた。
 それを、この子供が破壊してしまったのだ。

「この子は、ほぼ半分がポケモンの遺伝子なのよ」
 
 いわゆる、隔世遺伝。
 その形は、人間のように見えるのだけれど。
 内部に流れている血は、人間でもポケモンでもない。その中間である。
 私は絶望した。まさか、こんなところまできて。こんな地獄を見せられる瞬間が来るとは思わなかった。
 だから私は、そんな事実が無かったとする為に、その子を連れ去った。母は止めなかった。おそらく、一族の誰もがそう望んでいたのだ。皆が信じたくなかった。

 プラズマ団にまで連れて帰れば、団員には不思議な顔をされたけれど、全て無視をして自室へと飛び込んだ。ベッドに子供を沈めて、その細い首に片手を伸ばした。締め上げようとした。この子は、居てはならないと。心底感じた。何も知らない、まだ何一つとして汚れていない内に。喜びも苦しみも、何一つとして知らない内に。
 この子の為にも!それが!一番!良いのだと!

 覗いて見えた、その幼子の目の奥に、焦燥しきった私の姿を見た。

 息が詰まった。手が離れた。殺せなかった。
 心臓が馬鹿みたいに跳ね上がっていた。ドッドッドッと責め立てるようだった。ベッドの上で仰向けになった子供と、ただ冷や汗と荒い呼吸に塗れた私。滑稽だ。
 子供は笑っていた。何も知らないまま。その声だけが部屋に響いて、私はこの子供を育てることを決意した。理由など無かった。ただ、殺せなかったからだ。
 子供は成長していく。それと同時に人間への不信感を募らせる為にも、傷つけられたポケモンばかりを相手にさせた。簡単だった。子供は何も知らないから。塗り替えていく。そしてその途中、驚異的な事実も判明した。この子供は、ポケモンの声が分かるという。私は、自分がポケモンの血を引き継いでいることを理解しているようで、実感はしていなかったようだ。この子供は、ポケモンと「声」でコミュニケーションを行うことが出来るのだ。その遺伝の力の凄まじさを思い知った。それと同時に、これを利用出来ないわけがないと思った。


 子供の名前は「N」とした。
 そして、その頃からだ。「銃」を開発しようとしたのは。


 プラズマ団として。まずは人間とポケモンの間に大きな確執を作ることを最優先とした。ポケモンを拘束していると感じた人間達が手持ちのポケモンを手放していく。裏切られたと思うポケモンと、悲しみと後悔に暮れる人間。その些細な亀裂が大きな波紋になることを理解していた。ポケモンが人間を襲う。人間がポケモンを襲う。
 そして。そうなれば。人間もポケモンも、アテに出来るとは限らない。ならば、もっと物理的な手段をもってして、護身に努める必要があった。そうでなければ、誰かを言い訳にしてしまう。自分の力で護ることができなければ、意味が無い。
 だからこそ、銃が必要となるべきだったのだ。
 構想だけは続けていた。実現するかしないかは別として、ずっと私の頭の中で創られ続けた新たな武器。ポケモン解放の宣教活動を建前で続けて、秘密裏に続けていたプロジェクト。もし完成すれば、人間もポケモンも敵では無い。

 銃の原型が出来たとき。すでに私の頭にはさらなる構想が進んでいた。しかし、銃が完成した段階でプラズマ団は崩壊せざるを得なくなった。犯罪者として仕立て上げられ、私はプラズマ団を手放すしかなくなった。Nを逆に、利用しきれなかった私のミスも多くある。

 本当であれば、銃のプロジェクトが進んでさえいれば、より高度な性能へと進化を遂げていたはずなのだが、なかなかそう上手くはいかない。計画は頓挫した。
 しかし、まさかそれが復活の一途を辿ることになろうとは思いもしない。

 ポケモン達の消失から、全てが始まった。
 私にとっては、それが新たな始まりだった。

 銃の開発を持ちかけてきたのは、赤い帽子を被ったトレーナーだった。どこからその情報を仕入れてきたのかと思ったが、この世の異変の犠牲者として奔走している内に七賢人の一人と出会い、銃の存在を知ったらしい。そして政府の人間とも協力することになり、この世に銃が生まれ落ちた。
 彼の名前はレッドと行った。全ての手持ちのポケモンを失い、ただ憎しみに駆られた青年だった。かつての、私と同じ目をしている。それをどうすることも出来ないことは、私が一番よく知っていた。


「へー。これが新しい型なわけ」

 興味深そうに、その銃身を撫でる彼の姿に、周囲には緊張が走るだけだ。
 私は、目の前に鎮座する新たな武器を、ただ眺めることしか出来なかった。
 これが銃の進化だ。
 そして、大量の命をまた奪うであろう、武器。

「ちなみに、威力はどれだけ?」
「硬質なポケモンの体を貫通する威力は備えている」
「例えば」
「岩タイプ、鋼タイプの全ポケモンの模擬して作った皮膚で実験したが、どれも破壊することが出来た」
「ふーん。そっか」

 擲弾発射機と名付けられたそれは、手に収まるサイズではない。長い銃身で、威力は銃よりも数百倍に跳ね上がった。これさえあれば、より殺戮の範囲も広がる。より多くのポケモンや人間を、死に至らしめることが出来るだろう。


 かつて。私が望んだ世界が訪れたというのに。
 どうしてこんなにも虚しさだけが、心を占めるのだろう。
 このトレーナーを目の前にして。そんなクダラナイ感想しか述べることが出来ないのは。
 もうとっくに、私がこの世界に、諦めてしまったからなのかもしれない。




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