color WARing -28- バトルフィールドに集まったのは、任務へ赴いていないトレーナー達だ。 突然の報告に、カントー地方のジムリーダー達は真っ先に反応した。そして、レッドも。あたくしは、とてつもない嫌な予感が頭を走って一瞬、足が竦んだのだけれど。偶然、傍にいてくれたカスミがあたくしの腕を引っ張って行ってくれた。 「エリカ、行こうっ」 傷ついて、ようやく回復したばかりの親友は、力強くあたくしの腕を握ってくれた。 これ以上は何も、心の中に積み上げたくないだろうに。あたくしなどより、よほど。涙が出る。もう何もかも無茶苦茶で、ぐちゃぐちゃで、何が何だか分かりたくもなくなっていたのに。どうしてこんなにも、追い打ちがかけられてしまうのだろう。 それが、当然だとでも言うのだろうか。 「っ、グリーン」 息を切らしながら辿り着いた先にある、フィールド。 中央に距離を置いて立っている二人は瓜二つ。 急いで飛び込んできたものの、フィールド内に入ってこれから起こるであろうバトルを止めることは出来なかった。あまりに二人の顔が真剣であったから。互いをにらみつける、その間には見えない糸が張られていた。大量に。このフィールドを全て覆ってしまいそうな、巨大な繭だ。部外者では決して破れない。聖域。 きっとあたくしの声も届いたはずだろうに。彼らはピクリッとも反応しない。 そもそも、どうしてこのようなことになったのか。 彼らの間で一体何があったのか。 知らせてきたのはグリーンをよく慕っているヒビキという少年だ。大急ぎで各地方のジムリーダーや四天王、チャンピオンに知らせ回ったらしい。あっという間に任務へと立っていないトレーナー達が集まってきた。この本部にはポケモンバトルをすることの出来る施設が整えられている。敵をポケモンを使って相手をするなら、鍛錬を怠るわけに行かないからだ。 しかし。このようにトレーナー同士を相手にするバトルは禁止されている。本部の人間に知れればどうなるか分からない。しかも彼は重要参考人扱いだ。これから先の処置を検討されているところであろうに。 「絶対に周りの人間に手ぇ出すなよ」 「分かってるって言ってるだろ」 あのレッドですら、あたくし達と同じ距離から二人を見ていた。 あたくし達ではきっと、止められない。それならば、彼であればどうかと思っていたのに。 予想を反してその目には、何も浮かんでいなかった。 代わりに真っ黒で、底無しで、どこまでも落ちて行くしかない黒い瞳孔が見えた。 息を呑む。 彼は、止める気が無いのだ。 最初から。 この二人のバトルを。 どうして。 気が逸れている間に、両者がボールに指を掛ける。 「いけ。ナッシー」 同時に響いた言葉ですら、同じだった。 出現したのは、全く同じポケモン。 彼ら以外のトレーナー達は瞠目する。 しかし。何も気に留めない彼らは。 すでにバトルを開始していた。 彼らは、グリーンと言う名で確かに、世界に存在していて。 互いが、生きている。のに。 争う理由など、無いはずで。 どちらがあたくし達にとってのグリーンであるかなど。 もう分からなくなってしまいそうだった。 その姿も。手持ちのポケモンの姿も。 全てが酷似していたから。 そして、向こうの世界にいるという自分の存在が頭に浮かんでくる。 いつか、あたくしもこうやって、自分と戦わなければならな時が。 来る、というのだろうか。 「そ、んな」 誰かが呟いた声に、現実へ帰ってきた。 その声が隣にいたカスミのモノであることは、すぐ声色で分かる。 え、と下を向いていた目線を上げれば、そこには有り得ない光景が。 きっと、幾度か攻防を繰り返した後だったのだと思う。 二人のナッシーはそれぞれ、傷を負っていたから。 だが、明らかにおかしい事態が起こっていた。 あちら側のグリーンのナッシーが、輝きに包まれている。 少し黄色味の混じった、白光だった。 フィールドに集まった全てのトレーナーの目に焼きついた。 その美しいと表現するしかない風景。 まるで光の粒子が舞っているようだった。 その元となっているモノは何なのか。 あちらのグリーンの手持ちのナッシーが、消えていく。 細胞の一つ一つが千切れて。 そのまま空間へ霧散していく。 二人のグリーンはただ、固まっていた。 こちら側のグリーンはもう、言葉も失って。 しばらくすればナッシーの痕跡は完璧に掻き消えた。 まるでそこには最初から、何も居なかったかのように。 主張する。 現実。 長い時間に感じたけれど。 おそらくほんの一瞬の出来事だった。 「――――」 誰も、何も、言えない。 もう。何も。 全身が震えて止まらない。涙が零れる。嗚咽が止められなかった。 ポケモンが、消える現実。 武器を使われたわけじゃない。攻撃を受けたわけじゃない。 見事な消失だ。 これが、これが、彼らの世界で起こっている、脅威。 説明されなくても分かった。 この現象が、あちら側で発生している。 原因など分かるわけが無い。 ぐずぐずで、どうしよもうない視界で、それでもあたくしは前を見ようとした。 見届けなければならなかった。 あちら側のグリーンは、きっとこれを覚悟してバトルを申し込んだのだ。 あたくし達に、見せ付ける為に。 何が起こっているのかを、経験させる為に。 「ウィンディ」 ナッシーの粒子が完璧に消え去って、少しの沈黙を保った後。 あちら側のグリーンが次のポケモンを出した。 こちら側のグリーンは、ただ唇を真っ青になるまで噛み締めて。 ナッシーを仕舞えば、ウィンディを出現させる。 高らかな咆哮がフィールドを震わせると、相手のウィンディも共鳴するように鳴いた。 二匹とも、泣いていた。 きっと彼らの方がよほど、潔い。 人間のあたくし達よりも、よほど。 ボロッと零れ続ける涙が、止まらない。 ポケモンが泣いているのに。 何も、出来ない。 非力は、罪だ。 「ウィンディイッ!」 叫んだのは、こちら側のグリーンだ。 消え始めたのは、あちら側のグリーンの。 彼はもう、何も泣き喚くこともなく。 ただ、その様をじっと見つめていた。 バトルじゃない。こんなの、バトルじゃない。 公開処刑だ。 誰も楽しめるはずもない、誰もが傷つくだけの。 駆け出したグリーンを嘲笑うかのように。 粒子と化していくウィンディに両腕を伸ばそうとした、彼を。 一瞬にして、一匹のウィンディだけが、フィールドに残される。 「あ―――-ぁ」 「続けるぞ」 消えて行く粒子の中で。 膝から折れたグリーンを見下して。グリーンは告げる。 彼の手持ちはすでに、後四匹。 存在自体が、四匹。 ボールが一つずつ、彼の手から落とされる。 不要になったボールが。 コロンッと。転がっていって。 グリーンの膝に当たった。 ――これが、殺戮―― 何が原因かも分からない。 意味不明に唐突に始まったという、ポケモンの消失。 その、経緯。 あちら側の世界のレッドや、他のトレーナー達のポケモンも、きっとこうやって。 大切で、愛しくて、離れたくないポケモン達が。 消える。 「ボールを投げろ。オーキド・グリーン。バトルは終わっちゃいない」 宣告が続く。 なぜ、彼が、立って居られるのか。 理解が、出来ない。 彼のポケモンが消えて行っているのに。 どうして崩れているのはこちらのグリーンで。 泣いているのは、このフィールドのトレーナー達で。 異様で矛盾の絵の具塗れの一枚絵。 「俺のポケモンを、侮辱するつもりか?」 けれど。 その言葉で、察してしまった。 分かってしまった。 彼は、きっと。 自分のことなど、どうでも良くて。 ただ、もう消えていくしか道が残されていないポケモン達の。 誇りを、何よりも。 守ろうと。 「俺のポケモンを本当の意味で殺したくないなら。立て」 茫然自失に誘われていたグリーンが、その言葉に耳を震わせる。 しばらく座り込んでいたままでいた彼が次に足を動かした時。 ボロボロに、泣いていた。それでも、彼の目には生気の火が灯る。 満足したのか、もうすでにボールに指を掛けていたグリーンが笑う。 「ポケモンバトルで見送ってやらなきゃ、意味が無いだろ」 カイリキー。ドサイドン。バンギラス。 連続で飛び出てきたその三匹のポケモンもまた、一匹ずつ粒子となって空間へ溶け込んでいった。 その様がまた、目に焼きついて離れない。 あまりにもやはり、美しくて。 まるで大きな渦を巻くように飛翔して行く粒は。 あのグリーンを撫でているようだった。 ただ独りだけ、置き去りにされていくグリーンを。 その風をきっと、彼も感じている。 誰よりも一番。 気が付けば。 もう、彼の手持ちも残り一体で。 今まで出てこなかったポケモンは、たった一匹。 それをカントー地方のジムリーダーは、誰もが知っている。 レッドも。 「ピジョット」 二人の声に合わせて、彼らの隣に出現した大きな鳥ポケモン。 思わず両手で口を押さえた。 叫びたい気持ちを、どうにか止める為に。 二人がしばらく、お互い見つめ合って止まっていると。 ピジョットも当然、それに従った。 指示が無ければ羽一枚動かさない。 グリーンがずっと昔から、信頼を置いてきた一匹だ。 結果は分かりきっている。 だが、それをいつのタイミングで始めるかが問題で。 「ゴッドバード」 「恩返し」 初めて、二人の命令が異なった。 おそらく両者の考える、ピジョットの最強の技だった。 しかし、こちらのグリーンのピジョットへ突撃するように滑空したあちらのグリーンのピジョットは、そのまま粒子となって掻き消える。 彼のモンスターボールは全て、空っぽになってしまった。 呆然と。ただ先ほどまで自分のポケモンが戦っていたはずのフィールドを、見上げている。 彼は、本当に、独りぼっちになってしまった。 たった一人こちらに残されて、それでも手持ちのポケモンが居てくれたというのに。 「―――あぁ、そうか」 ぽつりっ、と。微かに空気を振るわせた微弱な声は。 それでもはっきりと、あたくし達の耳に届いて。 「こういう、気持ちで」 フィールドの天井を見上げながら。 ただ独り残されてしまったグリーンがゆっくりと。 着ている上着の中から出してきたものは。 あの、黒い凶器だった。 この光景にヌッと現われたその色が、イヤに浮かび上がっていて。 理解が追いつかない。 危険物は確実に全て、政府側に回収されたはずで。 いや、そもそも彼はその凶器を持っていなかったはずだ。 彼の、幼馴染が。あちら側のレッドだけが、持っていたはずなのに。 「!」 グリーンが絶句して、周りに居るトレーナーも硬直してしまう。 しかしそれは間違った行動であった。 この瞬間に、動いていなければならなかったのに。 後悔なんて、してからでは遅いのに。 「そうだよなぁ。そんな」 ―上手い話が最初から、あるわけが無かった― 悲しいほど、空しい笑顔だ。 泣きながら。 震える両手と、全身。 ガッと音を立ててその黒い口を。 己の口へ突き付けた彼。 白い歯で噛みしめるように。 瞬間、全てのカントー地方ジムリーダーが、動いた。 非常に、遅い。 彼の喉仏が一瞬、大きく痙攣した後。 その頬を流れる涙が、一筋見えた。 ――――――――ドォッ― ウナジから、鮮血が弾け飛ぶ。 main ×
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