大学生と黒猫
レッドが拾った黒猫は全身が傷だらけで、見るに耐えない程衰弱していた。
定刻で帰れると思っていたのに予想外に別の仕事が入ってしまって。そうして深夜に帰宅した己のアパートの自転車置き場に全裸で蹲っているその子を見つけた。黒猫だった。黒い耳に黒い尻尾をつけた、しかしなぜか髪の毛の色は茶色の。珍しい。遺伝子異常か、とレッドは考えたが、暗がりの中よくよく見てみると赤い傷が幾本も走っている。さらに打撲痕が酷い。最初はえらく面倒なものを見つけてしまった、と思ったのだが。レッドの気配に気づいたのだろう、黒猫が瞼を上げて彼のことを見てきた。その瞳が、助けて、と訴えてきたものだから。
一瞬瞠目したレッドは、気づけば自室へその黒猫を運び込んでいた。感染症だとか、そういった危険性も顧みずに。とりあえず傷だらけで染みるかもしれないが、風呂に入れることにする。もはや抵抗する力も無いらしい黒猫は、そのまま彼の両腕に抱かれながら大人しくしていた。しかし浴槽へと足を踏み入れると猫の様子が変わる。ビクッと体を震わせ怯え始めた。しかし体力が無くてレッドの腕から逃げることは出来ない。だが首を横に振り始めて、どうにか拒絶の意を示そうとしていた。
「大丈夫だ」
猫は水やお湯が嫌いだというから。そうった性質の一つかとレッドは判断した。けれど実際は違ったのだ。黒猫はその浴槽という環境に怯えていたのだ。この場所に無理矢理押し込められて暴力を振るわれ陵辱される恐怖が、黒猫の記憶の半分を占めていた。残り半分はベッドの上での暴行、強姦。一気に頭に溢れる映像に、猫は息が出来なくなりそうで。不自然に体が跳ね呼吸が乱れ始めてレッドは驚いた。ぎりぎりと胸を握られて爪を立てられる。痛みが走ったが、それよりもどうにかしなければならない。
最善の行動だったか分からないが、咄嗟にレッドはギュッと体を抱きしめてやった。何に怯えているのか分からないが、ここには彼の恐れるものなど何も無いはずで。耳元でずっと「落ち着いて」と囁き、背中を撫で、黒猫が落ち着くのを待つ。過呼吸を起こされる心配もあったが、しばらくすれば息が落ち着き始めた。規則的な胸の膨らみを感じる。
「良い子だな」
その茶色の髪に指を埋めて、まるで赤子をあやすようによしよしと撫でる。レッドのその言葉か、もしくはその仕草か、もしくはその両方か。どれに反応したのか良く分からないが、黒猫は目を見開いて彼を凝視すると、くしゃりと顔を歪ませた。ぼろぼろと、ついでに溢れ出した涙に。おそらく何かしらの酷い事情があったのだろうと、レッドはどこかで予想して。シャワーの栓を回す。上から降り出したお湯が二人へ降りかかる。黒猫の汚れた部分が次々に飲み込まれて流れ出した。
こうして一人と一匹の生活が始まった。
(あとがき)
大学生なスペレと黒猫なスペグリ。酷い目に遭わせたのはロケット団的ポジションの人達。