イフリート(火)とジン(風)
そもそも、火と風は元来相性が良いはずなのだ。はず、なのだ。
火が起こった所に風が吹けば、より炎が燃え上がる。
火で温められた空気があれば、自然と風が生み出される。
一見、互いにとって良好な関係に思えるのに、どうにも魔人となると話が変わってくるらしい。
「だぁもうまたお前かよリーフ、いい加減にしろ!」
「俺だって別に好きで来てるわけじゃねぇよッ、ファイア!」
ぎゃんぎゃんと吼える二人の魔人。周囲の人々はそれを遠めに微笑ましく見守っていた。この町にとってはいつもの光景だった。しかしもはや皆の中で定番化されていることをこの二人は快く思ってはいないのだろうけれど。
「どうして俺の時ばっかり薬買いに来るんだ、嫌がらせか」
「偶然だ、お前こそどうして俺が買いに来る日に限って店番してんだよ」
「しゃぁねぇだろレッドの野郎は隣町まで商売しに行ってるし母さんは香木探しに行ってんだから!」
「だったら俺が客として来たって仕方ないだろ、グリーンは空の上からここ一週間の天気がどうなるか調べに行ったしナナミ姉さんは商品になる蓮の葉探しに行っちゃったし!」
互いが互いに好き勝手なことを言うだけでは決してその会話に収集は付かないというのに。それを分かっているのか分かっていないのか、とりあえず己の言い分を通そうとすればするほど、ただ二人の体力が消耗されていくだけだった。
そして散々バカにし合って少しの暴言も吐いたところで。ふと空気が静まる瞬間がある。ここまで至るのにおよそ数十分。少し二人の息も上がっているように思われた。
「……で、今日は何の薬だ」
「……部屋の中を温めてくれる奴」
「それぐらいだったらわざわざここに来なくても良いだろ」
「効力が違うんだ、やっぱりこの店のが一番良い」
ぶすっ、とふてぶてしい顔をしながらリーフと呼ばれたジンは告げた。本当ならおそらく認めたくない事実なのだろう。ファイアと呼ばれたイフリートが気に食わない以上、そういった態度を示しても仕方ない。
「はいよ」
「うん」
茶色の袋に入った商品を受け取ればリーフは代金をファイアに託した。寒くなろうとしている時期に、この店の商品は良く売れる。ファイアのイフリート家系は非常に優秀な遺伝子が引き継がれていて、かつては王族であったと言われている。それでもこの町に庶民的に溶け込んでいるのは一重に彼らの人格の賜物だろう。
リーフの一族は数十年前に没落した貴族だった。リーフ以外の家族はそうなって良かったと思っている。ジンの貴族社会は面倒くさい。いや、他の種族であろうとそうなのかもしれないが。彼の兄や姉は今の生活を楽しく送っている。しかし、リーフだけはどこか納得が行かないでいた。階級が上であることに越したことはない。権力があるのは良いことじゃないか、と思う。
だから、ファイアの家系がかつて王族であると知った時。さらに納得が行かなかった。それがさらに彼らの仲を険悪にしている。ファイアの兄や母ではなく、ファイアを特に敵視するのは単純に同い年だからだろうけれど。
「なぁ」
用事も済んだので店を出ようとしたリーフの背中に、声が届いた。
唐突なお呼ばれだったので、何の疑問もなく振り返るといきなり胸の前に飛んできた物体。反射的にパシッと両手で受け取る。小さな、桃色の飴だ。
「今、子供のお客さん連れてきた人にサービスしてんの。お前も持って帰れ」
にやっ、と。その笑みに腹が立つ。
子ども扱いされた。がああああ!と頭に血液が集中する。しかしその飴を手放すことは出来なかった。リーフは飴が大好きだ。それはもう、子供の頃から。あの口の中で溶けていく甘み。決して噛んでしまわないように。
どう足掻いたって捨てることが出来ないことをファイアは知っている。そのまま店を飛び出していったリーフに、彼はただ笑っていた。そして、どうせまた訪れるジンの幼馴染の姿を想像しながら、店番を続けた。
(あとがき)
タマには精神的主導権握っているファイアを書いてみようかと。