一般人と死神








 初めてその大きな鎌を目にしたとき。
 一般人はただ一言。

「あぁ、稲刈りの季節だもんね」

 と納得した様子を見せた。






 いや、違う。何か違う。と死神はその違和感を拭えないで居た。
 目の前で大鎌を見ても怯えない人間。死神にとっては予想外の事態だった。普通なら怯えるなり全身が硬直するなり、何かしらの緊張を見せるはずなのに。その男はただにへらっと笑って、先ほどの発言に及んだのだ。

「あ、後さ。いくら冬が近いからってそんな真っ黒な全身ローブはさすがにセンス無いと思うよ」

 さらに、言いたい放題である。
 死神は何もいえなかった。ただ、鎌を構えたまま。これから目の前の男の魂を刈らねばならぬというのに。動けないでいた。完全にペースを持っていかれている。どうにかして主導権をこちらに戻さなければ、いつまでもこの間抜けな空気に身を置くこととなってしまうだろう。

「それに君がいるべき場所はあっちの田んぼじゃない? ほら、見事にお米が実って揺れてるでしょ。美味しそうだよね」
「―――いや、そうじゃないだろ」
「取れたてで精米仕立てのお米の美味しさって尋常じゃないんだ、何杯でもお代わりしちゃいそうになっちゃう」
「お前、怖くないの」
「何が? 君が? 鎌が? それともこの状況が?」

 上げられた選択肢の全てに出来れば、恐怖して欲しかったのだが。
 死神の肩から力が抜けた。とんだ精神を持っている人間だ。ひとまず鎌を下して頭をガリガリと掻く。さて、どうしようか。このままでは非常に仕事がやり辛い。

「ねぇ、死神さん。俺の魂が欲しいの?」

 瞠目した。
 にやにやと、意地の悪い笑みを浮かべるこの人間は、死神が死神であることを認識しているらしい。ならば尚更商売上がったりだ。怯えてくれない死神なんて居ていいのか。いや、今まで彼が仕事をしてきた中で、怯えられなかったことは一度としてない。おそらく、この人間がやはりおかしいのだと思う。
 どうして冷静に受け止めているのだろう。

「その鎌で刈りに来たんだね。いいよ、別に俺の魂なんて持っていって」
「死にたいのか」
「どうせ死ぬんだ。それが早いか遅いかの違いでしょ」

 ここは病院のとある個室。重病の患者のみが収容される、言わば檻だ。ここに一度入れられてしまえば生存してここから出られる可能性は五パーセントにも満たない。死神は神様からの命令で動いている。死ぬ人間の魂がこの世に残って迷わないように肉体と切り離して導くために。
 だから、本来ならこんな清清しい笑顔なんて浮かべられない状況であるはずなのに。この男は死神に対して非常に朗らかな様子を見せていた。

「俺だってこれでも驚いてるんだよ。でもさ、死ぬ間際なんてこんなもんなのかな。もう怖いものなんて無くなってるよ。今、目の前にゾンビが現れたって平気だね。あ、でもさすがにそれには驚くかな」
「お前が死ぬのは後五時間後。突然の発作による」
「あ、そ。ありがとう、わざわざ教えてくれて」

 何を言っても、無駄であるらしい。
 死神は困った。この調子では仕事がやり辛くて仕方ない。どうして死神がこんな黒い服を着て大鎌を持っているのかって。死ぬ間際の人間に恐怖を与える為だ。その方が恐怖の中で魂と肉体を切り離すことが出来る。この作業には苦痛が伴うから、そうやって恐怖に頭を支配されている状態の方が人間にとっても楽なのに。
 こんなにも安らかな顔をされた状態では、刈りたくない。走る激痛にきっと耐え切れず断末魔を上げるだろう。それなら恐怖に襲われ泣きながら絶叫してくれている方がどれほど気が楽か。死神にとっても。

「でもさ、やっぱりお迎えってあるんだな」

 ふと、声色が変わる。
 死神が視線をやれば、先ほどまでのオーラとは随分と違って、静かになった男が目の前に居た。どこか、遠くを見ている。
 一瞬驚くと、男がこちらへ視線を寄越してきた。目が合う。一瞬。

「あ。あんた、結構可愛い顔してんのね」

 真顔で言われてしまえば、死神は良く意味が分からず。
 理解すればすぐに、男に対してビンタをお見舞いしてやった。
 鎌は使わないのか、という男の発言など、全て無視をして。



 残りたった五時間の、男と死神の会話が始まる。






(あとがき)
 一般人ヨシノリと死神ヤスタカ。だから分かりづr(ry






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