狼男と神父








 神父として当然の善行だったのに。
 それは彼に不幸を招き、彼に屈辱を与えるきっかけとなった。

「狼男なんて、死ねばいいって思ってるでしょ」

 あ、もしくは俺限定?
 だなんてフザケタ調子で抜かす男を、神父である彼はただ睨み付けることしか出来なかった。もはや、それしか抵抗らしき抵抗も出来ないほどに神父は甚振られていたのだ。左足の膝は折れていたし、肋骨も何本か折られてしまっていた。右腕には長い裂傷が走り、神父の服装もズタズタで見る影もない。
 この狼男から与えられた暴力にもはや体力の一滴まで奪われてしまっていた。
 息をするのもやっとだ。胸に痛みが走ってロクな呼吸すら出来ない。

「いやーでも、まさか人間か狼男かの区別も付かないまま、とりあえず協会に転がり込んできた血塗れの俺なんか助けちゃって、神父様も本当にしょうがないお人ですね」

 グッと喉が詰まった。比例して、ズキンッと走る激痛。
 悔しかった。神父はただ悔しかった。ただ、困っている人を助けるのは当然で、救いを求める人に手を差し伸べるのも当然で。ただ彼は、神父として正しいと思うことをしただけだったのだ。
 それがまさか、狼男を助けてしまうだなんて。あの時、神父は判断を誤った。暴風雨の酷い中、突然協会へ転がり込んできた男に、無意識に手を伸ばしてしまった。それは彼が今までこの協会で神父を務めてきたが故の反射だ。
 だから、それを悔やむのは神父自身、許せなかった。
 最も許せないのは、そうやって助けた人に対してこのような行為に及ぶ、この狼男だ。なぜそのような精神で居られるのか、神父には理解出来なかった。

「神父さん、あんたが思ってることは世界の全てじゃないし、理でもない。正しいことなんてちっぽけで薄っぺらいこの世の埃みたいなもんさ。役に立たない。害になる」

 綺麗に体を清めて、傷口には手当てをしてやった。温かいベッドも用意して、温かい食べ物だって与えて。そうやって泣いたのだ。かつてこの狼男は。あれすら全て演技だったのだ、と今更神父は痛感するハメになる。
 体力が回復した狼男は、協会から出るフリをして神父を拘束した。そのまま自分の住処へと連行したのだ。監禁生活は、いとも簡単に始まった。

「でも、それでも神父さん。あんたがもし本当に俺のことを『救いたい』と思うなら」

 もはや神父の体に纏わり付くだけとなっている黒い生地を狼男は取り払った。鎖骨から腹部に掛けて肌が晒された神父は、小さく悲鳴を上げた。そこに広がるのは暴行によって描かれた赤紫や青紫色の打撲痕。そして骨折により不自然に赤く腫れている胸部。

「俺のこと、受け入れてよ」

 その肌に優しく指を這わせながら、太い爪を使ってさらに傷を作っていく狼男に。
 神父は泣きそうな息を吐くしかなかった。







(あとがき)
あまり狼男ヤスタカである必要が無かった。






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