color WARing -26- ユウキの発言は正しかった。正しすぎて何も言えない。だが、あまりに残酷だ。あの彼にとっては。 イッシュ地方からのトレーナーや博士を出迎えての、いきなりの口論だった。同室になる予定であった僕と同じような緑色をした長髪を携えたトレーナーに、突然手を叩かれてしまったユウキは、喚いた彼に見事な切り返しを持ってその場を収めてしまった。こちら側の人間はもはや、あのように喚く人などいない。分かってしまったから。それがどれだけ無駄なことなのか。あの、黒い武器を持ったトレーナーを見て。 本当に、本当にどうすればいいかを考えることが何より優先された。しかし意外に覚悟しなければならないことはシンプルなことで。それさえ出来ればきっとスムーズに話は進む。 己の手で命を奪うか。相手の手で命を奪われるか。 こちらの世界に置き去りにされたあのトレーナーは言ったのだ。殺す気で行かなければ、こちらが殺されると。殺す覚悟を決めろと。殺すことを決めたのなら相手を殺すにはどうすればいいかを考えればいい。もし殺すことが出来ないというのなら殺されるまで待てばいい。ほら、こんな二つの選択肢しかない。だからシンプルだ。 殺すとは、一体どういうことなんだろう。 「荷物、ここに置いても大丈夫ですか?」 黒縁のメガネをかけた彼はイッシュからのトレーナーだった。部屋に入ってから自己紹介をし合って、名前がチェレンということを知った。あまり馴染みのないイントネーションだ。だがそれは彼にとっても、だ。僕はミツルといいます、と言えばしばらく復唱していた。真面目な人だなぁ、というのが第一印象。 「はい、大丈夫ですよ。また後で整頓しましょう」 「ありがとうございます」 「いえ、チェレンさんこそ長旅お疲れ様でした」 そしてすぐに、廊下へと踏み出した。大会議室へも一緒に向かう。他の人たちも続々と向かっている姿が見えた。その列に紛れ、皆が部屋へと吸い込まれていく。凄い人数だ。六十人は超えているだろうか。 空いている席へと座り、他の人達が全員席に落ち着くまで待つ。嫌な緊張がして息苦しい。薬は飲んでいるがいつ持病が発症するか分からない。なるべくストレスを与えてはいけないと言われたがこんな状況では不可能だ。と、お医者さんには言えなかったけれど。 チェレンさんの方が冷や汗を掻いている。それもそうだ。いきなり見ず知らずの土地に来て、見知らぬトレーナーに囲まれ、挙句先ほどのユウキと緑髪のトレーナーさんのやり取りを見た。こちらの地方とイッシュ地方での何かしらの意識レベルの差を痛感したに違いない。 おそらく、こちら側の標準に自分のことをすぐにでも合わせようとしているのだ。彼は賢い。頭の中がきっと高速回転しているに違いない。しかし、それは焦りしか生まないだろう。「落ち着いて」と一言、喋りかけた。極力、笑顔で。ビクッ、と肩を震わせて僕と視線を合わせ、チェレンさんはそのまま深呼吸をした。自分自身を落ち着ける術を身につけている。 「すみません」と謝る必要はなかったのに謝罪する彼。けれどまだ汗は止まっていない。なかなか自分をコントロールするのは難しいな、と実感する。 「それでは始めよう」 大会議室の中心席で起立したのはドラゴン使いのワタルさんだ。常に議長は彼が務めることになっている。最も人望が厚いから、と言えばそうだ。かつてジョウト地方のマツバさんが亡くなった時のトレーナー達の暴走も、冷静に彼は収めようとした。なかなか出来る行動ではない。 「まずイッシュ地方からいらっしゃった皆様へ。本当にありがとうございます。さて、早速本題に入りますが」 その言葉に、一度閉められたはずの会議室の扉が再度、開いた。 誰か遅れてやってきたのか、と皆が視線をそちらへ向ける。しかしそこから現れたのは体の前にある両手に白い布が掛けられた男性。その隣には、彼のと顔も体型も全く同じの男性。 あの、グリーンさんだ。そして、グリーンさんもいる。 「『彼』が居た方が話が早い。こちらへ」 イッシュの人達は全く、話が読めないだろう。 双子か、と思っている人が大半であるに違いない。しかしそれは誤りだ。 あのグリーンさんにはきっと手錠が掛けられている。そのまま、グリーンさんと共にやってきた彼はまた大衆に晒されるハメとなった。全くもって強靭な精神を持っている。僕ならきっと耐えられない。だって、周りの全てが敵であるというのに。どうして堂々と立てるだろう。憎しみだけしか向けられないのに、なぜ。 「イッシュの皆さん。彼こそが我々の敵の象徴だ」 「ちなみに、俺とこいつは双子じゃない」 指で交互に自分と彼のことを指し、そう説明したグリーンさん。えっ、という空気がイッシュの人達に漂った。チェレンさんも瞠目している。 そして説明が始まった。はっきり言って、もう僕は聞きたくもない。平行世界に住んでいる、顔も体も同じ人間が敵であるなど。しかし、出会ってしまったなら仕方ない。もうそれを認めなければ。一歩も前に進めなくなる。だがどうしても想像出来ないのだ。自分と同じ顔、もしくは大切な人と同じ顔をした人間を、殺せるのだろうか。こちらが殺されるからという理由をもってして、本当に殺すことが出来るのだろうか。そして、たとえ殺せるようになったとしても、向かえる結末はあの顔だ。 僕達に銃を向けてきた、あのトレーナーと同じ。 「そうか、お前らか」 一通り、ワタルさんの発言が終了し、イッシュの人達が真実の敵を知り、絶句して、その後のこと。 ずっと沈黙を保っていた、あちら側のグリーンさんが突如として口を開いた。彼の視線の先にいるのはイッシュ地方からやってきた、妙な服装をした七人のおじさん達だ。 「こっちの世界じゃどうか知らねぇが、あいつに銃を渡しやがったのはあっちの世界のこいつらだ。ポケモン解放がどうのこうの叫んでる集団だって、言ってた。お前らのことだろ?」 顎で彼らのことをさすと、会場に動揺が走った。 銃、と言えば、あのトレーナーが向けてきた、あの武器だ。マツバさんを殺し、ピカチュウをも殺した、あの武器。 「七賢人が何だって?」 「貴様、なぜその武器の名を知っているっ」 おいおい、もう訳がわからないぞ。 様々な声が飛ぶ。ワタルさんが声を張り上げて場内を静かにさせたが、おさまらない動揺の波。 誰も話の展開についていけていない。そもそもあのイッシュ地方の人達は何なんだ。確かに大層立派な服を着ているからタダモノではないと思っていたけれど。チェレンさんにこっそり耳打ちをして聞いてみると、どうやら『プラズマ団』と言う組織のメンバーだったらしく、かつてポケモンを人々の手から解放する為に活動していたのだ、と教えられた。ポケモンを解放するとは良く分からなかったが、彼の口ぶりからしてあまりよろしい組織ではなかったようだ。マグマ団やアクア団のようなものだろうか。彼らもかつて、陸を増やすことと海を増やすことに執着していた。彼らにとってはそれが全てだったのだ。しかし世間の評価ではかられた彼らは、悪者として扱われた。 当時は僕も彼らは悪者だと思っていた。しかし、こういった状況になって自分の価値観など崩壊した。どんな見方をすることが正しいのか、間違っているのか、自分で判断することが出来ない。ただ、今を生きることに必死で、自分が傷つかないようにすることで必死で。それしか考えられない。 「海外の組織と手を組んだっつってたが、俺はお目に掛かったことが無かったが。まさかこっちで会うとは思ってもみなかった」 「銃は、完成しているというのか」 「あぁ、そうさ。ポケモンが消え始めてから、政府の人間がお前らにお願いしたらしいぞ。人間が攻撃出来る強力な武器を開発しろって。それですでに殺された人間とポケモンがいる」 胸に小さな痛みが走った。 「どうしてそんなもん作ったんだッ!!」 絶叫は、反響して掻き消えた。 怒りと憎悪に支配された瞳が見える。息を飲んだ。彼がこの世界に残されて、初めての激昂。けれど、それは僕達に向けられたものじゃない。きっと、あの七賢人という人達にすら、向けられたものじゃない。 「お前らのせいであいつは戻れなくなった、お前らのせいで、あの武器のせいで、銃なんて作りやがったせいで、あいつは、あいつは、もう戻れない、お前らさえいなければ・・・!」 ただこうなってしまうしかなかった、必然という逃れられないモノに対してだ。 彼の嘆きは、それでも天には届かない。 main ×
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