color WARing -25-

  イッシュ地方からの飛行機での長旅を終え、カントー地方の政府本部の入り口へと到着した私達を待っていたのは大勢のポケモントレーナー達。ジムリーダーからチャンピオンまで集結している様は壮観で、息を呑んだ。誰もが凄腕のトレーナーであることはその目を見れば分かる。そしてこの状況をどうにかして打破しようとしている意志が強いことも当然伺えた。
 そうして並んでいるトレーナーの中、白衣を着た集団が中心に集まっていた。こちらの地方の博士達だ。その内の一人が私の存在に気が付いて、足を向けてくれる。

「オーキド博士、お久しぶりです。アララギです」
「元気そうで何よりじゃ、長旅ご苦労」
「ありがとうございます」

 世界学会で一度、お目にかかったことのあるポケモン研究の第一人者。かつて、壇上に登り見事に講演をしてのけた彼の表情は、今では疲弊しか浮かんでおらず、こちらの状況も芳しくないことがよく分かった。やはり、誰も彼もが精神を病ませている。こちらの被害がどれほどのものなのか分からないが、多少の想像は出来た。――つもりでいた。
 直後、その考えが甘かったことを知る。

「イッシュでの被害はどれほどのものかね」
「こちらとほぼ同じだと思います。テロリスト達が住民達やポケモンを襲い、死者は一万を超えました」
「彼らが主要トレーナー達か」
「えぇ、そうです。ジムリーダー達はイッシュ地方に残らせて、テロリスト達への対策を任せています」
「誰もまだ、死んでおらんか」

 ズガンッ、と。落雷にあった気分がした。
 彼の発言に、瞠目した。
 まだ、とは。

「こちらでは、ジムリーダーが一名、亡くなってしまったよ」

 悔しさと、憎しみが見える。震える声で瞼を閉じるオーキド博士に、心臓が捩れた。
 言葉を閉ざした私は、もう二度と口が開けない気がした。
 大勢の命が亡くなっていく。それは一つ一つが平等で、価値も重みも同じだ。けれど、それは私の周囲の人間ではない。甘すぎた。まだまだ、私は。氷塊が内臓にのしかかる。
 その情報はイッシュから私と共にやってきた、他のトレーナーにも伝わってしまった。全員に緊張が走ったのが分かる。もはや命の危険など迫っていて当たり前の状況であるのに、それでもどこかで自分が生き残る未来を想像していたことに気が付いた。
 馬鹿らしい。そんな都合の良い話、通用するわけがないのだ。

「それぞれ、部屋は相部屋であるが用意してある。色々と話したいことは山のようにあるが、ひとまず休まれてくれ。疲れたじゃろう」
「お気遣いありがとうございます、けれど事態は急を要します。荷物を置いたらすぐにでもお話を伺いたい」

 嫌な汗が背中と頬を流れた。心の底からそう告げると、オーキド博士は少しだけ思案すると、分かった、と了解をくれた。

「それなら荷物を置きしだい、一階の大会議室へそれぞれ来るんじゃ。この通路の突き当たりにある。それでは皆、相部屋の相手も探してイッシュからの客人を案内してあげなさい。相部屋の担当で無い者はすぐに大会議室へ」

 彼の一言で、大勢の人間が動き始める。どうやらこちらの地方の誰かと共に部屋で過ごすことになるようだ。私の元へとやってきたのは金髪の美しい黒服の女性。どこかで見たことがある。

「シロナと申します。よろしくお願いいたします。アララギ博士」
「―――あなた、チャンピオンね?」
「ご存知でいただけるとは光栄です」

 丁寧にお辞儀をしてくれた彼女。思い出した。テレビか何かでかつて見たことがある。イッシュから遠い地方には女性のポケモンリーグチャンピオンが存在すると。この世界はまだまだ男性権力が強い中、よくトップに立てたものだと感動した記憶がある。同じ女性で、風当たりが強い世界の中頑張っている人が他にいることは私にとっても励みになった。まさかこんなところでお目に掛かるとは。
 願わくば、もっと別の機会にお会い出来れば良かったのに。

「あなたの噂は聞いています。こちらこそよろしくね」
「アララギ博士のお名前は私も存じております。お会いすることが出来て非常に嬉しいですわ」

 そうして手を引かれるように部屋へ案内される。どうやら女性は女性、男性は男性、としっかり割り振ってくれたらしい。こんな状況であるのに配慮をしてもらうことがどこか申し訳なかった。と、そこまで考えて、ハッと振り返る。他のトレーナーは良いとして、一人だけ気に掛けなければならない子がいた。

 Nだ。

「あの、あの緑髪の子は誰と一緒になるかしらっ」
「あの子? あの子は―――」

 直後、響き渡る殴打音。
 ハッとしてそちらへ目を向けると、Nが手を上げていた。まずい、と思って掛け寄ろうとする前に、怒声がこの空間を埋める。

「どうしてどいつもこいつもこんなに悠長にしていられるんだ、『トモダチ』が殺されているんだぞ人も殺されている、どうしてそんな『悟った』ような顔をしていられるんだ、おかしいじゃないかッ!」

 おそらく、Nに叩かれたであろうトレーナーはまだ青年という表現には満たない、しかし少年というには少し大人びている白い帽子を被った男の子だった。Nと相部屋になる予定であるに違いない。叩かれたのは手の甲だろうか。もう一方の手で擦っている。
 肩を上下させながら辺りを睨み付けるNは手負いの獣のようだ。嫌な予感はしていたが、まさかいきなりこちらの地方の人たちに対してこのようなことをしでかすとは思いにもしない。顔が青ざめる。どうしよう、と足を進めようとしたが、それをシロナさんに止められる。

「大丈夫よ、皆子供じゃないから」

 彼女は微笑んでいた。その言葉にえっ、と声を零して、直後にまだ変声期を迎えていない声が辺りへ響く。

「もしあなたが、今ここに居る僕達がおかしいとおっしゃるなら、それはそれで正論でしょう。貴方の考え方がありますから。こんなにも命が奪われている中、どうしてこれほど冷静にいられるのか。答えは簡単です。それはもう『冷静であること』しか僕達には出来ないからです。感情に身を任せては失敗することを学んでいるからです。全てを抑制し、理性だけで行動していかなければ、命はない。それは僕も、ポケモン達もだ。感情で動いたからこそ、失われた命がある。そして、無意味な言い争いをして無駄にした時間もある。その間にもまた敵は動き続けているというのに」

 Nに叩かれた彼が、淡々と告げていた。そこに感情は見えていない。しかし、その声の震えには果てしない怒りが乗っている。ゾッとした。まだ、あんな年の子供が。いや、もはやこの空間では子供も大人も関係がない。
 そして彼は、Nにポケギアの時計を見せた。

「今の貴方の行動により五分の時間が過ぎました。その間に皆が部屋へ向かい、荷物を置き、大会議室へ向かい、話合いが行われる予定だった時間を、貴方は五分奪いました。勿論、この間に過ぎ去る時間を僕は奪っています。そして、この間に今、命はいくつ消えたでしょう」

 すみません、皆さん。と彼は謝罪の言葉を述べる。
 Nは絶句して彼を凝視していた。何にショックを受けているかなど分からない。原因がありすぎたから。

「部屋へ向かって、荷物を置きましょう。貴方は僕達とこんな言い合いをする為に来たわけではないでしょう? 情報を共有し合い、建設的な話をしなければならない。今すぐに」

 再度、彼はNに手を差し伸ばした。
 ギリッ、と唇を噛み締め、Nはその手を取るしかない。自分よりも幼いはずの同性にこのようなことを言われるとは想像もしてなかっただろう。だが多少は仕方ないのだ。彼はまだまだ世界を見ていなさすぎる。プラズマ団の王として閉鎖的環境に閉じ込められ、偏った考え方で凝り固まった成長を遂げ、しかしそこからやっと解放されたばかりだったのだ。やっと、彼自身が自らの足で歩もうとしていたところだったのだ。そこに突如として発生したテロリストの存在は、彼が知ろうとした世界を見事に叩き潰した。
 けれど、今そんなことは言い訳にも出来ない。そもそも言い訳など役に立たないからだ。何か一つでも進んで行かなければならない。無理にでも。その為には必要なことしかしてはいけない。それ以外の余分なことは全て切り捨てる。そう、それは己の感情ですら。

 ぞろぞろと皆が行動を再開した。無事に彼の後ろについていくNの姿に少し不安もあったが、ホッとした。ここで言い争っている暇などない。確かに、あの彼の言う通りだ。

「イッシュ地方の様子は分かりませんが、こちらの地方ではもはや直接敵と相対したが故に皆が覚悟を決めています。今までになかった、本当の覚悟を」

 重たい一言を、シロナさんから告げられる。
 ハッとした。私達が最も知らなければならない、敵。
 それをこちらの皆さんは知っている。直接、出会ったから。
 だから私達はここまで赴いたのだ。

「もう立ち止まってなんて、いられない」

 その声色のどこかに、寂しさを感じた。


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