キスネタ
監禁ネタの続編です。暴力表現は無いですが色々と注意。狂気レッドと諦めたグリーン。死ネタです。※



 もう時間感覚も狂ってしまった。とうに、ここに連れ込まれて何度太陽が沈んで、上がっていったのか。


 案外、環境適応能力ってものは高いらしく。この状況に「慣れて」しまった俺は、とっくに「諦め」も覚えてしまった。
 笑いたければ笑えば良い。俺は、もうそんな気力すらも無くしてしまった。
 最近。頭と体が分離している感覚が続く。ぐるぐると色んなことが脳内を駆け回るのとは正反対に、身体は動かなくなっていく。走馬灯ってやつ?
 最近は、自分の汚物も自分で処理出来ないぐらいには、衰弱していた。当然だ。とっくに死んでいてもおかしくないだろうに、ただ気力だけで微かに繋ぎ止めている命だ。
 俺の世界はこの狭い部屋とベッドと――――幼馴染だけ。

「起きた?」

 ゆっくり、ゆっくり、瞼を押し上げる。その動作すらどれほど労力がいるのか。
 もう色彩すら無くした視界に埋まるレッドの顔。顔。顔。 
 笑みを携えて、覗きこんでくる。ついでに、目の前にブラ下がる灰色のパン。

「グリーン。ご飯、最近食べられてないけど」

 大丈夫?、だなんて。
 それは、俺の口腔、食道、胃、小腸、大腸、他全ての消化器官が機能をとっくに無くしているからだ。なんだ、俺は無くしてばかりだな。もしかすれば、とっくに命だって無いのかもしれない。ばっかみたいだ。
 もう骨と血管と皮しか残っていないような全身。浮き出ている骨を、レッドは大切そうに撫でてくれた。そう言えば最近、暴力行為もなくなった。おそらく、これ以上衝撃が加えられれば俺が簡単に壊れてしまうことを悟ったのだろう。
 いや、こうなることを、最初から計算していたのだろう。

 今になってようやく、理解出来たこととして。レッドは俺のことをギリギリまで甚振りたい、ということだ。だから、まだ体が「元気」だった時の俺に対しては。容赦なく拳を振るい、蹴りを加え、ただ怯える俺の姿を見ていた。今になっては、もはや気力など残りカス程度にしか無い俺に、今度はただ優しくするようになった。それは、俺がもう二度とこいつから逃れられないことを確信し、後は精神的に俺を甚振りたいだけだからだ。
 支配欲だ。こいつが持っているモノは。それ以外、何も無い。レッドはただ俺を己の手に封じ込め、逃げられないようにしたいだけ。そして自分の手で、きっと、俺の最後までも、操作したい。
 
 ―――最期、までも。


「ねぇ。グリーン。昔話をしよう」

 肺の萎縮を感じた。
 もはや呼吸ですら、覚束無い。

「僕がグリーンと初めて会った時のことだよ。覚えてる?」

 そんなこと、よく覚えてる。
 マサラタウンの俺の隣の家に引っ越してきた、同い年の少年。

「僕は、グリーンを見た時から思ってたんだ」

 まさか、そいつまでもがポケモントレーナーになって、俺と最終決戦まで上り詰めるなんて、考えもしていなかった。あの頃は。

「グリーンが、欲しいなぁって」

 負けた時は悔しくて。頭がどうにかなってしまいそうだった。
 それでも、お前が勝ったことをどうにか、自分なりに処理して、考えて、受け入れて。
 だから。俺は俺で自分の道を歩もうとしていた。

「だってグリーンがさ、すっごいキレイだったから」

 レッドがその後失踪して、シロガネ山で発見されるまで。
 俺は必死にトキワジムリーダーとして、君臨していた。
 これが、俺なりの、俺の生き方だと、確信しながら。進んでいたのだ。
 もはや、過去の事。

「僕のモノに、したかったんだよ」

 頬骨をレッドの指が撫でる。俺の肌とレッドの肌の触れ合う感覚が、もう良く分からない。こいつの指も、俺の肌も、何の違いがあるのだろうか。
 向けられた表情は、ただ慈愛だけが浮かんでいる。
 そして、極限にまで歪められた優しさだ。

「シロガネ山で考え続けて、やっとこうやって君を手に入れられて、僕は幸せだね」

 それは、俺の幸せを代償にして、得られたモノ。
 こいつにとっては、そんなこと、塵程にも興味の無いことだ。

 グッと胸の奥の奥が、急に深く沈んでいく感覚がした。がんっ、と。別に外的な衝撃も何も無かったのに、脳にいきなり圧迫が掛かってきた。息が出来ない。とうとう肺が潰れてしまった。今まで動かすことが出来なかった手足が断続的に跳ねる。無意識にレッドの胸ぐらを掴んでいた。拍子に俺の体からぼきぼきと音が聞こえた。全身の骨がその衝撃に耐えられなかった。脆い。なんて。脆い。
 瞬きを忘れて、飛び出そうな眼球をレッドへ向けた。まだ、こいつは笑っているだけだ。ああ、もう終わるのだ。とうとう。俺が。
 声が出ない。こんな時ですら。俺は、こいつに何も伝えられないのか。

 ―――――――恨んで、やるッ!


 真っ黒な世界へ、飛び込んでいく俺を、俺はもう、止められなかった。













 微かに、僕に届いた叫びを終わりに。
 グリーンは、目を見開いたまま、硬直を迎えた。
 僕は、無表情にその様を、見下ろすだけで。

「楽しかったよ」

 随分と、沈黙を保った後。
 色を無くした顔でそれだけ告げれば。
 グリーンだった体の、額に一つだけ。
 キスを落とす。

「次に逢えたなら、今度は」

 ―――是非、君が、僕を殺してね。




- - - - - - - - - -
あとがき

バッドエンド! それぞれの幸せの形について。
×
BLコンテスト・グランプリ作品
「見えない臓器の名前は」
- ナノ -